権力は人をどう変えるのか?
リーダー育成や組織運営のために知っておきたい
「社会的勢力感」の仕組み
横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 准教授
佐々木 秀綱さん
どんな企業組織にもトップに立つ経営者や役員がいて、部門ごとに従業員を束ねる管理職がいます。組織の成長のためにより良い判断を下してメンバーを率いていくリーダーがいる一方、権力を得たことによって行動や発言が変わり、職場へ悪影響を与えてしまう人がいるのも事実。権力者の心理について研究する佐々木秀綱さん(横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 准教授)は、「人は権力を持つことで自己本位になったり、短絡的な意思決定をしてしまったりする可能性がある」と言います。さらには「問題は経営者や管理職以外の従業員にも起き得る」とも。権力の使い方を誤らないためには何が必要なのか、佐々木さんに聞きました。
- 佐々木 秀綱さん
- 横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 准教授
ささき・ひでつな/1988年生まれ。早稲田大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。一橋大学特任講師を経て2019年より現職。専門は経営学(組織行動論)。組織における権力や政治的行動といったテーマに関する研究に取り組んでいる。主な業績に「組織における権力者の心理:社会的勢力感をめぐる知見の整理と組織研究への示唆」(組織学会編『組織論レビューⅢ』(白桃書房)収録)など。
部下や他部署を思い通りに動かせると感じる「社会的勢力感」
佐々木さんが権力者の心理について研究するようになった経緯をお聞かせください。
私は経営学を専門としていますが、この分野の人間としては珍しく、営利企業のビジネスにはもともとあまり強い関心を持っていませんでした。企業のイノベーションやもうけ方よりも、役所や病院、学校などの身近な組織がどうすればうまく機能するのかに興味があったのです。
大企業の経営を研究することも重要ですが、人々の暮らしに密着した身近な組織の問題を研究することも世の中のためになると考えていました。「普通の組織が普通に動くにはどうすればいいのか」が私の根本的な問題意識だったように思います。
どんな組織にも共通する要素として「権力」の問題があります。おかしくなってしまう組織には、一部の人が権力を持ち、それがきっかけで健全に機能しなくなっていく傾向があります。こうした事実について研究するなか、社会心理学の分野で提唱されている「社会的勢力感」(sense of social power)という考え方に出会い、さまざまな実験や調査を通じて検証しているところです。
「社会的勢力感」とは、どのような考え方でしょうか。
わかりやすく言えば「自分には力がある」という感覚を持っている状態です。ここで言う力(power)は、相手に言うことをきかせる力のことです。もう少し形式ばった言い方をすると、「自分が持っている有形・無形の資源を用いて、自分以外の他者に影響を及ぼしたり、他者からの望まない介入を拒絶したりできると感じている」とき、その人の社会的勢力感は高い状態にあると言えます。
企業組織では、上司が嫌がる部下に無理やり異動を命じたり、人事評価でばっさり切り捨てたりするなど、誰かが誰かに命令して意志を通すことが起こり得ます。このような状況は上の立場にいる人が社会的勢力感を高め、「相手の意向より、自分の意向を優先させる権力がある」と感じていることから起きると考えられます。他部署に無理を通そうとすることや、逆に誰かの要求を一方的に断ることも同様です。
社会的勢力感は、権力を実際に行使できる場面に直面したり、権力を行使できる役職についたりしたときに高まると考えられます。逆に、権力を行使されたり、自分が行使しようとして失敗したりしたときは、社会的勢力感が低くなる可能性もあります。
社長は勢力感が低い? 「自分に力がある」と感じるようになる仕組み
企業で権力や権威を持っている存在として真っ先に思い浮かぶのは、社長などの経営トップです。トップは常に社会的勢力感が高い状態にあるのでしょうか。
確かに組織の内部では、経営トップが一番権力を持っていると言えるでしょう。しかし、社外に対しては事情が変わってきます。社長は、株主や金融機関、取引先などのステークホルダーに頭を下げなければならない場面もあります。そう考えれば、社長は大きな権力を持っていると同時に権力を行使される立場でもあり、意外と社会的勢力感は低いのかもしれません。
実際のところ、「社会的勢力感の高さ」と、「実際の権限の大きさ」は完全に比例するわけではありません。私の調査でも、職務上の階級と勢力感は必ずしも相関はしませんでした。自分に影響力がないと思っている管理職もいれば、実際の権限はわずかでも周りに言うことを聞かせられると感じている一般社員もいるということです。これは社内の立場や権限の大きさは別として、「一方的に権力を行使できるかどうか」が大きな影響を与えているためと考えられます。
たとえば飲食店や小売店では、正社員である店長よりも、長年勤務しているパートスタッフのほうが社会的勢力感が高いケースも十分にあり得ます。誰よりも長くその職場に在籍し、現場に精通しているため、その人がいなければ業務が回らない。すると、そのパートスタッフは、店長や他のスタッフに対して、一方的に自分の要求をのませやすくなります。
社会的勢力感による悪影響は、経営層や管理職だけの問題ではないのですね。
はい。トップに立つ人の権力をコントロールするのはガバナンスの問題です。むしろ人事が見る領域では、「組織の辺境」を気にかける必要があるでしょう。
昔からいる従業員が、自分の意のままに職場を動かしていると、新しく入社した人の早期離職につながってしまうこともあるかもしれません。あるいは、専門的な職種ゆえにチームが閉鎖的な状態になり、上からの監督や指示がなかなか行き届かない部署も、リーダーが内部を好き放題にしてしまう可能性があります。
中には、本人が自分自身の権力を意識していないケースもあります。経営者なら、自らの行動や命令が会社をつぶしてしまうリスクがあることを嫌でも理解しているでしょう。だからこそ、気軽に権力を行使できない面があります。一方、現場の社員は、自分の行動一つひとつがどこまで会社に影響するのかが見えている人ばかりとは限りません。責任を感じづらく、軽率に権力を行使してしまうこともあるのです。そういう人に、自身の権力や責任に気づいてもらうことは簡単なことではありません。しかし、組織運営上は非常に重要な課題だと思います。
社会的勢力感が高まると、利己的な行動や短絡的な意思決定をしがちになる
権力を持ち、社会的勢力感が高まっている状態では、行動や思考にどのような影響が表れるのでしょうか。
2000年代の半ば以降、実験を通じた研究成果が急速に積み重なっています。組織で働く人に関係の深いもので言うと、社会的勢力感が高まることによって対人関係が自己本位になり、利己的な行動を取るようになっていくことなどがわかっています。
興味深い実験結果もあります。ある実験では、まず参加者のなかからリーダー役を選びました。そして、リーダーが自分の利益を高めようとすると、自分の利益が増える以上に集団の利益が損なわれる設定にし、リーダー役の参加者に行動を選んでもらいました。その結果、社会的勢力感が高い状態にあるリーダーは、集団の利益を減らしてでも自己利益を追求する傾向を示したのです。
これ以外にも、つらい経験を話している人に共感できなくなる、他人の非倫理的な行動は非難するのに自分の場合は仕方がないと正当化する、といった影響が示唆されています。
社会的勢力感が高まることによるネガティブな面
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対人関係で自己本位、利己的になり、人との関係を大切にできなくなる
人のつらさや悲しみに共感できなくなる、他人の否には厳しく自分の場合は正当化してしまうなど -
意思決定が短絡的で、衝動的になる
ステレオタイプな判断を短絡的に当てはめる、認知バイアスに陥りやすくなるなど
意思決定にも影響があるのですか。
社会的勢力感が高い人は、短絡的で情緒的な意思決定をしてしまう傾向があることがわかっています。例えば、ステレオタイプな判断を他人に当てはめたり、認知バイアスに陥りやすくなったりといった影響です。理性に従って慎重に物事を判断するのではなく、自分の直感に従いやすくなってしまうのです。
従来からリーダーシップ論では、タスク志向の行動と対人関係志向の行動の両立がリーダーにとって重要であると言われてきました。つまり、「いまやるべきタスクを精確に見通してきちんとマネジメントできるか」と、「人と人の調和的な関係を大切にできるか」が、良きリーダーになるうえで欠かせないということです。上で述べたような社会的勢力感の影響は、これら両方の側面にとって、基本的にはネガティブに働くと言えます。こうした上司のもとで働く部下は、つらい状況に置かれるでしょう。
管理職や専門人材には、早い段階で「権力のインパクト」を理解してもらうべき
権力を持つことの悪影響を抑えるために、人事にできることはありますか。特に新任マネジャーなど、権力を行使できる立場になったばかりの人にはどのような支援が必要でしょうか。
まずは、本人の行動や意思決定によってどれだけの人が影響を受けるのかを、正しく認識してもらう必要があります。新しくマネジャーに昇進した人には特に、権力のインパクトを理解するための働きかけが重要でしょう。
新任マネジャー研修などの場で、「あなたの新しい役割ではこんな権限が付与され、組織や部下にこんなインパクトがある」としっかり伝えるべきだと思います。社会的勢力感が高まると他者の意見をなかなか聞き入れなくなる傾向があるとわかっているので、早い段階で本人に認識してもらうことが大切です。
既存の組織に対して人事が取るべきアクションはありますか。
先ほども申し上げたように、組織の中の辺境で権力者と化している人がいないか、注意深く確認するべきだと思います。まずは見つけることが大切です。とはいえ、人そのものの変化をつぶさに観察することは難しいので、組織を俯瞰(ふかん)し、「特定の人が好き放題に動けてしまう可能性がある環境」を見つける意識が求められるでしょう。それによって悪影響が出そうな温床がないかを探すということです。
悪影響をもたらす温床とは、どのような状態が考えられるのでしょうか。
一つは、部署の構成員だけで業務が完結し、上司や他部署からレビューされる機会が少なくなりがちな閉鎖的なチームです。こうした状態のチームでは現場の専制君主のような人が現れ、社会的勢力感が高い状態で周囲に悪影響をおよぼす可能性があります。業務ルールなどに関して精緻なマニュアルを作っても、その人の「鶴の一声」で歪められてしまうなど、現場でうまく運用されなくなるかもしれません。
また、コーポレート系部門のように、専門領域を持つ人材だけで構成されている部署も要注意です。特に専門性が高い業務はメンバーに大きな裁量が与えられ、上司や他部署からモノが言いづらくなることもあります。外からなかなか介入できなくなってしまうことで、部署内に専制君主が生まれるおそれがあります。
人事自身も「要注意」なのかもしれません。
そうですね。組織に生じる権力の源泉には人事権もあります。人事がすべての決定権を持っているわけではありませんが、少なくとも発言権はあるでしょう。役割として異動・配置などを進めるなかで、人事が社会的勢力感を高めてしまう可能性も十分に考えられます。あるいは従業員から「人事が権力を行使している」と見られてしまうかもしれません。そうしたポジションだからこそ、人事自身も行動や意思決定の影響範囲を常に意識しておくべきです。
低すぎると組織が停滞する? イノベーションや変革には勢力感が欠かせない
反対に「社会的勢力感が低い人」はどのような状況に置かれ、どのような影響が表れるのでしょうか。
ケースとしてはさまざまですが、上司の指示通りに働くことを求められている人や、下請け的な立場で働いている人は、社会的勢力感が低下しやすい状況にあるかもしれません。ベテラン従業員でも、役職定年を迎えて給料が下がったり、部下だった人が上司になったりするような場面では社会的勢力感が低くなるでしょう。
社会的勢力感が低下している状態は、自分の命運を他人に握られている状態とも言えます。ウェルビーイングが低下し、ストレスが蓄積して仕事にやりがいを見出せなくなってしまい、「どうせ状況は変わらない」と自分自身のキャリアをネガティブに捉えるようになります。
他律的な考え方になり、会社にぶら下がるようになってしまう可能性もあるのですね。
はい。社会心理学の領域では、社会的勢力感が低下すると現状維持に傾斜していくようになるということも言われています。
特に興味深いのは「システム正当化理論」という立場からの研究です。人は、「自分の意志で物事を決められず他人にコントロールされている」という認識と、「現状の組織や仕組みは改善・是正を要する不完全なものだ」という認識が一緒になると、非常に不快な状態になります。システム側が不当なのに、自分自身には変える力がなく、翻弄(ほんろう)されるしかない。
そうなったときに人は、システムを仕方がないもの、変えようがないものと捉え、無理やり自分を納得させようとします。同様の現象は政治学でも注目されていて、アメリカでは「経済的に貧しい状況に置かれている人たちのほうが保守的で態度を変えない」という実情に対して一つの説明を与えるものだと解釈されています。
社会的勢力感が低く、システム正当化の思考に支配されている人が職場にいると、どんなことが起きるでしょうか。問題や課題を認識し、新しい意見を出したり変革しようとしたりする若い人に対して「そんなことを言っても何も変わらないよ」「もう少し大人になったら」などと諭すかもしれません。社会的勢力感の低い人が増えると、組織からイノベーションの可能性が奪われてしまう可能性があるのです。
役職定年や降格などで権力を失う人に対しては、どのようなフォローが有効でしょうか。
やるべきことは、新任マネジャー研修などで権力のインパクトを伝えることと変わりません。役職定年や降格によって権力を失ったと感じている人に対して、「あなたにはまだこんな影響力があるし、あなたのポジションにはこんな意義がある」と伝え、再認識してもらうことが重要です。本人が「以前と変わらず責任ある立場なのだ」と認識できれば、権限や給与が低下しても、極端に社会的勢力感が下がることはないはずです。
ある研究者は「日常の些細なところからエンパワーメントすることが重要である」と述べています。出社時間の自由など、些細なところで裁量を与えることも有効です。役職時代に縛られていたさまざまな制約から自由になり、自分自身で働き方を考えられるようになれば、社会的勢力感を保つことにつながるのではないでしょうか。
企業によっては今後、役職定年を迎える人がどんどん増えていくでしょう。人事としてはサポートがますます大変になっていくのかもしれませんが、ぜひ丁寧に向き合ってほしいと思います。
変革を生み出す人材は、権力・権限と責任感をうまく結びつけている
社会的勢力感が高すぎる場合も低すぎる場合も、それぞれに悪影響が生じることがわかりました。権力や、そこから生じる社会的勢力感を組織にとって良い方向へ作用させるため、人事はどんなことを意識していくべきでしょうか。
社会的勢力感が高まるのは、必ずしも悪いことばかりではありません。自分に権力や権限があると思えば、人は組織の問題を自分ごととして捉え、責任感を持って行動するようになります。逆に社会的勢力感が低下しすぎてしまうと、自分には何もできないと考える無気力な人材になってしまいます。
私の最近の実験でも、権力や権限を持っている人のほうが組織に尽くそうとする「組織市民行動」を起こしやすいことを示唆する結果が得られています。社会的勢力感が組織や従業員に対する責任感とうまく結びつけば、変革を生み出す人材として活躍してくれるのです。
若くして会社を変革するようなスター社員は、もとから社会的勢力感が高いのかもしれません。若手のうちから適切な社会的勢力感を持てるように働きかけることで、変革を起こす人材、良いリーダーシップを発揮する人材を育てることにつながるのではないでしょうか。
周囲がそうした人材の足を引っ張らないように、また、そうした人材の社会的勢力感が高まりすぎて周囲に悪影響をおよぼさないように、人事は注意深く組織を見守ってほしいと思います。
(取材:2023年3月27日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。