【厚生労働省発】予防から事後対応まで
「パワーハラスメント対策導入マニュアル」の具体的活用法と留意点
弁護士 野口 大/弁護士 大浦 綾子
4. バランスが重要(経営者側弁護士としての助言)
(1)モンスター従業員への注意
以上、マニュアルに沿ってパワーハラスメント予防に向けての取組みを解説してきました。確かにパワーハラスメントはあってはならないことであり、これを予防することは重要なことです。
しかし、もともとパワーハラスメントの定義自体曖昧な点がありますので、一部の権利意識の強い従業員は、自分が悪くて注意を受けていても、「パワーハラスメントだ」として上司に反抗してくる場合があります。能力が会社の期待レベルに達していないにもかかわらず、そのことの認識や改善しようという意識に乏しい従業員が、このようなパワーハラスメントの意味をはき違えて主張をしてきた場合には、毅然と、「そのような誹りは当たらない」という対応をとることが不可欠で、この対応を誤ると従業員がモンスター化します。筆者らは、経営者弁護士としてそのようなモンスター従業員の例を多数見てきていますし、そのような事例で悩んでいる会社は多数あります。
この厚生労働省作成のマニュアルは、そのようなモンスター従業員の存在についてはまったく言及されていませんが、実務的にはパワーハラスメント予防に向けての取組みがモンスター従業員を助長することのないように留意する必要があります。
(2)カギを握る教育・研修の内容
以上の観点において、筆者らが最も重要と考えるのは、教育・研修の中身です。
教育・研修において、パワーハラスメントと適正な業務上の指導の違いを明確に教育しなければ、結局管理職は過度に萎縮し、「パワーハラスメントと言われるくらいなら、部下の問題点を見て見ぬふりをしておいたほうが安全だ」という風潮が広がります。
逆に権利意識の強い一般従業員に対しては、適正な業務上の指導はパワーハラスメントではないという点を強調しておかなければ、安易に「パワーハラスメントだ」「上司を懲戒処分しろ」と当然のように要求する風潮が広がり、職場秩序が崩壊する危険があるのです。
したがって、適正な業務上の指導かパワーハラスメントかが問題となった裁判例等具体的事例を豊富に説明して、適正な業務上の指導はパワーハラスメントにはならないことにも力点を置いて教育・研修することが実務上は非常に重要なのです。筆者らも企業においてパワーハラスメント研修を実施する際には、その点に最も留意しています。
【執筆者略歴】 野口 大(のぐち だい)●弁護士。野口&パートナーズ法律事務所代表。野口&パートナーズ・コンサルティング(株)代表取締役。1991年京都大学法学部卒業、2002年ニューヨーク州コーネル大学ロースクール卒業(人事労務管理理論を履修)。経営法曹会議会員。企業法務、特に労使紛争に熟知し、数多くの団体交渉や対労基署交渉、労働裁判を専ら会社側の立場で手がける弁護士として全国的に著名。紛争案件のみならず、会社の一員として社内文書・メールを作成したり、従業員説明会・社員面談・産業医との折衝等をきめ細やかに行って紛争を未然に予防するコンサルティングを得意としており、北海道から沖縄まで全国の多数の企業の顧問・社外役員等を務める。著書「労務管理における労働法上のグレーゾーンとその対応」(日本法令)は、人事労務総務担当者必携のベストセラー。 大浦 綾子(おおうら あやこ)●弁護士。野口&パートナーズ法律事務所パートナー。野口&パートナーズ・コンサルティング(株)チーフコンサルタント。2003年京都大学法学部卒。経営法曹会議会員。2004年より、法律事務所にて経営者側の立場で、解雇、パワハラ、残業代をめぐる裁判・労働審判等を数多く担当。2009年からの2年間はマサチューセッツ州ボストン大学ロースクール留学(ニューヨーク州弁護士登録)と外資系企業における企業内弁護士(人事部担当)を経験。一貫して経営者の立場で労務関係の予防法務・紛争解決を担当。「合法か」「違法か」だけにとどまらず、「人事労務的に企業としてどのように行動するべきか」を具体的に提案する弁護士として評判が高い。講演依頼も多く、緻密かつソフトな語り口でファン層が拡大している。
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