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「ダークな性格」と多様性のある職場
“排除”ではなく“活用”のために必要なこと

早稲田大学 文学学術院 教授

小塩 真司さん

「ダークな性格」と多様性のある職場  “排除”ではなく“活用”のために必要なこと

古今東西で高い関心が寄せられてきた「性格」。中でも近年盛り上がりを見せているのが、「ダークな性格」についての研究です。一般的にはネガティブに捉えられがちですが、早稲田大学 文学学術院 教授の小塩真司さんは、「ダークなパーソナリティを持つからといって職場から簡単に排除すべきではない」と指摘します。そもそもダークな性格とはどのような性格を指すのか、そして人事や上司はそのような性質を持つ従業員とどう向き合うべきかについて、小塩さんにうかがいました。

プロフィール
小塩 真司さん
早稲田大学 文学学術院 教授

おしお・あつし/1972年、愛知県生まれ。 名古屋大学教育学部教育心理学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程前期課程修了。博士(教育心理学)。 中部大学人文学部准教授等を経て早稲田大学文学学術院教授。専門はパーソナリティ心理学、発達心理学。 著書に『自己愛の青年心理学』(ナカニシヤ出版、2004年)、『はじめて学ぶパーソナリティ心理学』(ミネルヴァ書房、2010年)、『性格を科学する心理学のはなし』(新曜社、2011年)、『性格がいい人、悪い人の科学』(日経プレミアシリーズ、2018年)、『性格とは何か――よりよく生きるための心理学』(中公新書・2020年)、『「性格が悪い」とはどういうことか』(ちくま新書・2024年)などがある。

性格と体重は似たもの?ダークな性格とは

「ダークな性格」とは具体的にどのようなものでしょうか。

ダークな性格は、「犯罪に至りやすい特性」や「社会的な問題を生じやすい特性」として、心理学の分野で研究されてきました。かつては望ましくない特性を扱う研究は社会的にあまり認められていなかったのですが、近年は段々と許容されるようになり、研究が盛んになった背景があります。

ダークな性格特性である「ダークトライアド」について教えてください。

ダークトライアドは、「マキャベリズム」「サイコパシー」「ナルシシズム」の三つからなります。「マキャベリズム」の特徴は、自分の利益のために他者を利用することが挙げられます。「サイコパシー」は、冷淡で人のことや倫理観をあまり気にしない、「ナルシシズム」は常に自分が中心で特権意識を持ちやすいといった特徴があります。

三つはそれぞれ別の文脈で研究されていましたが、2002年にカナダのブリティッシュ・コロンビア大学のデル・ポールハス教授らがこれらの共通項に着目し、「ダークトライアド」として提唱するようになりました。現在「ダークな性格」と言ったときには、ダークトライアドに関する研究が一般的です。ただし最近では、他者を支配するために苦痛を与えようとする「サディズム」、相手を貶めるためなら自分に危害を加えても構わない「スパイト」といった特性もダークな性格として取り上げられることがあります。

性格について私は、「体重とよく似たもの」だと考えています。性格も体重も、「性格がある」「体重がある」とは言いませんよね。性格や体重は“ある”ことを前提としたうえで、その高低や軽重を表現するものです。ダークトライアドも同様に、その有無ではなく、程度によって表されます。

補足すると、ダークな性質を持っているからといって、「悪い性格である」とは言えません。性格の良しあしは「どのような結果に結びつくか」によって決まるものであり、ダークな性格が悪い結果に結びついてはじめて、「悪い性格」だと言えるのです。

実際にダークな性格の人たちが、職場で悪い結果を引き起こすことはあるのでしょうか。

確かに研究の中では、「ダークな性格特性が強いと、良くないことが引き起こされる」と示しているケースが多くみられます。この「良くないこと」には、同僚への身体的・心理的暴力、セクハラ、えこひいき、勝手な早退、虚偽、怠業など、さまざまな非生産的職務行動が含まれます。

しかし、問題が起こるのは結局「程度の問題」にすぎません。どのような特性であれ、それが極端なものであれば、問題が引き起こされる可能性は高いと考えられます。そしてダークな性質を持っていても、それがあまりにも極端でなければ、そこまで大きな問題は生じません。さらに、仮に良くないことが引き起こされた場合でも、そのことは組織の中で必ずしも決定的な影響力を持つとは限らないことが、研究の中で示されています。

ダークな性格の従業員がいたとしても、職場の中で問題が表出しないケースも多々あります。何か良くないことが起こったとき、「その人がどんな性格か」よりも重要なのが、「その人がどんな環境にいるか」です。ダークな性格の人が職場で問題を引き起こしてしまうのであれば、それはその個人よりも会社組織の問題が大きいと考えられます。

ダークなパーソナリティを排除するべきではない

ダークなパーソナリティを持つからといって、特定の個人を排除したり敬遠したりすべきではないのですね。

そのとおりです。ダークトライアドはよく、「こういう特性を持っている人に気をつけましょう」「排除しましょう」といった文脈で扱われがちです。確かにダークな性格の人が、集団を円滑に維持する協調性に欠ける側面があることは事実です。チームの団結が求められる職場では、本人も周囲の人間もやりづらさを感じるかもしれません。

しかし組織運営では、ダークな性質が求められる場面もあります。協調性に優れた人だけが集まると、相手のことを気にして意見が言えなくなってしまうことがあります。そんなとき、ダークな性質を持つ人が率直に発言することで、議論が活発になることが考えられます。また、プレッシャーがかかるけれど冷静に対応しなければならないような場面でも、ダークな性質を持つ人が活躍してくれるかもしれません。

実際に、外科医や弁護士、企業のトップなどでは、サイコパシーの高い人々が有利だという指摘もあります。リスクを回避せず、良心の呵責もあまり感じない特性が、状況によっては有利に働く可能性があるのです。ですから、一律に「ダークな性質を持つ人を排除しよう」などと考えるのは、やめたほうがいいと思います。個人の得手不得手を生かせば、会社のさらなる成長につながる可能性もあります。問題が起きたときには、職場環境を改善していくことに注力すべきです。

企業はダークなパーソナリティを持つ従業員を把握したほうがいいのでしょうか。

性格検査全般に言える話ですが、まずは「その情報は誰が何のために手に入れる必要があるのか」を考える必要があります。検査は集団全体の傾向を判断する指標として役に立つので、企業が「従業員全体のパーソナリティの傾向を把握したい」と考えるのであれば、検査を実施してもいいかもしれません。

しかし検査の結果から、特定の個人を断定することはやめたほうがいいでしょう。病院でもさまざまな性格検査が行われていますが、その検査の結果だけで診断を下すことはありません。性格検査はその人の一面にすぎず、専門的なトレーニングを受けた精神科医や臨床心理士、公認心理師が、その人としっかりと話をしてはじめて診断に至ります。

したがって専門家ではない人が、検査の結果だけで人を判断するのは、検査の“過剰な使い方”だと言えます。検査結果はあくまで参考程度にとどめておくべきで、個人のパーソナリティを判断するには、その個人としっかり直接向き合う必要があります。

誰かが問題を起こしたときに「あの人はダークなパーソナリティを持っている人だから」と簡単に判断してはいけないのですね。

「あの人はサイコパスだ」などと、人を特定の枠に押し込めることで、その人を理解できたような気持ちになることはあるかもしれません。しかしそれは、すでに持っている情報を言い換えただけにすぎず、情報量が増えたわけでも状況が変わったわけでもありません。

大切なのは、検査結果でその人を判断するのではなく、「あの人はこういう特徴があるよね」「こういうところが得意で、こういうところが苦手だよね」「こんな一面もあるんだね」など、ナラティブ的にその人を説明できるようになることです。とりわけ人事や上司には、そういう力が求められるでしょう。

本人が「自分にはダークな性質がある」と自覚することは必要でしょうか。

必要ありません。そもそも性格検査全般において、自分を診断するために開発された検査はほとんどありません。検査とは、本当にその人が困ったとき、病院で診断を受けるときに使うものです。日常生活においてとくに困ったことがないのに、興味本位で自己診断をして「自分はこうなんだ」と思い込んでしまうことは、行動が制限されるデメリットのほうが大きいと思います。

「ダークな性格」と多様性のある職場

採用の場面では、短時間で合否を判断しなければならないため、「ダークなパーソナリティを有する人材はうちには合わない。検査の結果、基準に満たない人材を落としたい」と考えることがあるかもしれません。これはどうお考えでしょうか。

採用時に性格検査を評価軸の一つにしている企業は少なくありません。しかしそれは、一定の特徴を示す人を検査だけで優遇したり排除したりしているということです。「多様性が大切」と言われる現代で、そのように考える企業では、逆に人材の画一化が進んでしまうのではないでしょうか。

画一化した集団が一番困るのが、「危機に陥ったとき」です。どうしても発想が似通ったものになってしまうので、危機への対応もできなければ、ダメージからの回復も遅くなります。株式投資の世界では、全財産を一つの銘柄に投じるのではなく、いくつかの対象に投資する分散投資が基本だと言われています。それは、企業などの集団に対しても同じです。集団の中に多様な個人が存在することで、壊滅的な被害を避けられる可能性が高まります。

集団を判定する検査には、必ず誤差が含まれます。検査の結果だけで不採用にした人の中に、将来会社が危機に陥ったとき、それを救えるはずだった人が含まれている可能性は排除できません。性格検査を採用に用いる際はまず、そのリスクをよく認識しておく必要があると思います。

ダークな性質を持つ人を含む多様な個人を採用するにはどうしたらいいのでしょうか。

最も多様性を確保できる手段は、「判断基準を設けない」ことです。公立の小中学校に通う子どもたちは、そのバックグラウンドも学力もバラバラですよね。したがって、公立の小中学校は極めて多様性が確保された環境と言えます。ここに判断軸を加えていけばいくほど、集団は画一化します。

たとえば、入試はその判断軸の一つです。「学力」の軸で判断されるということは、多様性を構成する要素が一つ欠けることを意味します。それでも一般入試では「高校時代に力を入れたこと」を問うことはないので、まだ多様性が保たれているでしょう。しかし企業の採用では、性格検査や知能検査に加えて、複数回にわたる面接を実施することが一般的です。そのため、採用のプロセスそのものが多様性をそぎ落とすものになっています。

多様性を確保するには、完全にスキルだけで人を判断するジョブ型雇用が一つの選択肢でしょう。性格もその他の背景要因も問わなければ、その中にはさまざまなパーソナリティを持つ人が含まれるはずです。

新卒採用ではどのような手法が有効でしょうか。

新卒採用では、企業は学生を何の実績もない状態で採用しなければならないので、ある意味賭けをしています。たとえば、履歴書に書けるくらいに本格的な職業体験を積めるインターンシップを実施できれば、その中でお互いに見極められる可能性が高くなるでしょう。しかし、現在多くの企業がやっているような1日限りの仕事紹介では、企業も学生もお互いの本質を捉えるのは難しいでしょう。人事の立場からすれば、本格的なインターンシップを設計するのは非常に大変だと思います。しかしそこで何かの理由を探すために、性格検査に頼るという場面が出てくるのでしょう。

海外のようにジョブ型雇用の考え方にのっとり、新卒であっても経験重視で採用していくのも一案でしょう。ただしそうなると、若者の失業率の上昇が予想されます。ほかには判断軸をなるべく減らす方向性で、昔の日本企業がしていたように「やる気さえあれば採用する」という形も考えられます。ただし、このやり方は、入社後に企業と個人の双方から「合わない」と感じるケースが増える可能性もあります。

いずれにしろ一長一短はあるかもしれませんが、それでもいまの就活をなぞるだけではなく、「どんな新卒採用をすべきなのか」について、本当は社会全体でもっとしっかりと考えたほうがいいと感じています。

さらに言えば、多様性が保たれていることは組織の存続のためにも重要である一方、必ずしも良いことばかりではありません。先ほど、公立の小中学校には多様性があると言いました。一方で、ある程度画一化された私立の小中学校のほうが、子どもにとっても親にとっても「居心地が良い」と感じるケースは少なくないと思います。その場にいる人間のバックグラウンドや学力に共通点が多いほうが、楽に過ごせる可能性は高いのです。

これは職場でも同様です。多様性が確保されればされるほど、「働きづらい」と感じる人が増える可能性があります。しかし、いまは多様性のメリットばかりが強調され、デメリットについてはあまり目が向けられていません。企業がどれだけ多様性を確保できるかについては、そもそも企業がどれだけ多様性の本質を理解し、許容できるのかにも大きく左右されるのです。

ダークな性質を持った人も活躍できる組織にするために、企業として何をすればいいでしょうか。

ダークな性格を持つリーダーが、周囲から「カリスマ経営者」として認識されているケースはたくさんあります。たとえばカリスマ経営者の代表的な存在であるスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクにも、ダークな側面が感じられます。要求も厳しく、彼らの部下たちは相当大変だろうことは想像に難くありません。

しかし彼らは、個人の利益を優先せず、世界を変えることを目標に据えました。ダークな側面を有する人たちが、自分の利益ではなくもっと大きなものの実現を目指すとき、その人たちの持つ性質は行動を推し進める大きな原動力となります。したがって会社でも、大きな目標を持たせたり、個人の利益ではなく会社全体の利益を追求することでより大きなリターンが期待できたりする状況をつくりだすことが効果的だと思います。

職場環境を変えていくことも重要です。最近は企業のコンプライアンス意識が向上し、あまりに行き過ぎた言動はハラスメントとして処罰されます。会社として、「ここまでは許されるが、ここからは駄目」と線引きを示し、そのルールをしっかりと機能させる必要があるでしょう。まだこのルールがうまく機能していない場面が多いように感じることがあります。このとき、ダークな性質の持ち主の言動のために不快さを感じた従業員がいるのであれば、会社には、匿名性が担保されていて安全に通報できる仕組みを整備することが求められます。

ダークな性質を持つ人は、「制限が少なく自律性が高い職場」「周囲から評価される職場」において満足度が高まる傾向にあります。そのよう環境は、そのほかの人たちにとっても居心地が良い可能性が高いですよね。ただし、「居心地の良さ」「働きやすさ」の感じ方も突き詰めれば、人それぞれです。パーテーションで区切られたスペースで、一人で仕事をしたほうがはかどる人もいれば、みんなでワイワイ交流しながら働くほうがいいと思う人もいるでしょう。

つまり、何が従業員にとって働きやすい環境で、活躍の土台になるのかという問いに、“正しい答え”はないのです。人間は一人ひとりが多様であり、時代も組織の状況も刻々と変わっていきます。そんな中で一番重要なのは、「試行錯誤して、その結果を見ながら調整していく」ことに尽きます。調整役を担う人事は大変ではありますが、「どうすればうまくいくのだろう」と悩みながら、挑戦を続けてほしいと思います。

(取材日:11月1日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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