組織不正は“正しい”?
時代とともに変わる「正しさ」との向き合い方
立命館大学 経営学部 准教授
中原 翔さん
一度起こしてしまうと、企業経営に大きなダメージを与える「組織不正」。多くの企業が「絶対に起こしてはならないもの」と捉えていますが、立命館大学 経営学部 准教授の中原翔さんは、『組織不正はいつも正しい ソーシャル・アバランチを防ぐには』(光文社)を発刊しました。著書とそのタイトルに込めた中原さんの真意や、見落とされがちな「正しさ」の注意すべき側面、組織が取り組んでいかなければならないポイントについて、話をうかがいました。
- 中原 翔さん
- 立命館大学 経営学部 准教授
なかはら・しょう/1987年、鳥取県生まれ。立命館大学 経営学部 准教授。2016年、神戸大学大学院 経営学研究科 博士課程後期課程修了。博士(経営学)。同年より大阪産業大学 経営学部 専任講師を経て、19年より同学部 准教授。22年から23年まで学長補佐を担当。受賞歴には日本情報経営学会 学会賞(論文奨励賞(涌田宏昭賞))などがある。主な著書は『社会問題化する組織不祥事:構築主義と調査可能性の行方』(中央経済グループパブリッシング)、『経営管理論:講義草稿』(千倉書房)、『組織不正はいつも正しい-ソーシャル・アバランチを防ぐには』(光文社)など。
個人の正しさの追求が組織不正につながる
著書のタイトルにもある、組織不正における正しさとはどういったものなのでしょうか。
まず、「組織不正とは何か」からお話ししたいと思います。組織不正とは「法令に照らした場合の不正」、つまり法令で求められる「正しさ」からの(組織的な)逸脱を指します。ここではあくまで、法令に基づいて事後的に「不正である」と判明したものだけが組織不正にあたります。
組織不正が起こる原因について、従来は「従業員個人が不正行為を働いたことに端を発するもの」だと考えられてきました。企業で組織不正が発覚したとき、「この不正を最初に考えたのは誰か」と、個人の行為や言動にさかのぼって追求するケースが多くみられます。しかし近年の組織不正では、誰かが「自分の利益を求めよう」と意図的に考えて行動したわけではない、むしろ個人や組織がある種の「正しさ」を追求した結果、不正が生じるケースがあることがわかってきたのです。
組織不正としてまだ認識されていない段階で、自分たちの掲げる「正しさ」は不正につながる危うさを持っています。そこに目を向けてほしいという思いから、逆説的に「組織不正は正しい」と提唱しています。
そもそも、個人や組織の「正しさ」とはどのようなものなのでしょうか。
組織不正が発覚した後に不正を犯した個人の行為にさかのぼったとき、その個人のアクションがどういったものであっても、自分の「正しさ」にのっとった行動であるはずです。その意味で言えば「正しさ」とは、あらゆる行為や言動を指すものです。そして社会全体では、不正(危うさ)に対しては厳しく目を光らせる一方で、その「正しさ」に対してはあまりかえりみられていません。
また、法令から逸脱しないため組織不正には当たらない、つまりは正しかったとしても、その「正しさ」がかえって組織不正を生み出す温床となることがあります。法令要件が明確に定義されていない、あるいは定義されている場合でも実現が難しく、許容度が限りなく狭い場合に、従業員の行為がいつしか組織的な不正となるケースがあるのです。
たとえば人事の方であれば、パワーハラスメント(パワハラ)を考えるとわかりやすいかもしれません。パワハラはその要件を定義づけられてはいるものの、「具体的にどのような行為がパワハラに当たるか」まで明確に示されているわけではありません。組織として高い成果を追い求める環境で、個人が他者に厳しく当たることは、個人や組織の「正しさ」に基づくものだと言えます。しかし、厳しい指導が常態化しているような環境では、パワハラが発生する可能性が高いですよね。さらに従業員が萎縮してしまって正直に報告できず、品質不正や会計不正といった組織不正につながるおそれもあります。
個人や組織の「正しさ」が組織不正につながる事態を防ぐため、時代に合わせてさまざまな法令改正がなされています。ただ、ここでも法令に基づく「正しさ」と個人や組織の「正しさ」はイコールであるとは限りません。とりわけ組織と個人の「正しさ」が絶対視されている場合は、法令との乖離が生じて不正が起きやすくなると言えます。
個人と組織の「正しさ」が組織不正につながった事例を教えてください。
たとえば、2016年以降に問題となった自動車メーカーの燃費不正問題です。あるケースでは、メーカーが実際に測定していた実測値と、国土交通省へ届け出ている値が大きくかけ離れていることが判明しました。この大きな要因として、国交省が定めているものとは異なる測定方法を企業が使ったことが挙げられます。
国土交通省の基準では、ゆっくり自動車を走らせる「惰行法」を採用していました。これは海外の基準とは異なる、日本独自の測定方法です。ただこの方法には、「しっかりと測定すればするほど、燃費が正確に測れない」という致命的な問題点がありました。そこでメーカー側は、海外基準の測定方法を取り入れて測定を行いました。燃費をよく見せようとしたのではなく、むしろより正確な燃費を測定しようと考えて行われたのです。しかしこれは法令から逸脱しているため、「燃費不正」と認定されました。
組織不正が起こりやすい環境はあるのでしょうか。
前述の通り、「組織不正」とは「法令からの組織的な逸脱」です。製品を製造するときに厳格な法令要件を順守することが求められるメーカーは、組織不正が起こる危険性が高いと言えるでしょう。それは、メーカーが意図的に法令要件を逸脱しようとするというよりも、法令要件が厳格化されている以上、差異が見えやすくなっているということです。さらにメーカーは、顧客に向けて製品を大量に生産・販売するので、その過程で不正が認知されやすい。とくに日本企業は、製品に高い品質を求める傾向があるため、不正が起きやすくなってしまいます。
さらに「組織不正」には、法令要件を満たさないものだけでなく、超えてしまうものも含みます。たとえば、ある自動車メーカーは車の追突事故を想定した後面衝突実験において、不正があったと認定されました。本来法令では、重さ1100キロ±20キロの台車を衝突させるルールを定めていたところ、このメーカーは重さ1800キロの台車を使用しました。このメーカーは、「より厳しい基準で実験しているのだから、品質に問題はない」との姿勢を強調しました。これは認証段階で行われたことから「認証不正」と言われています。
メーカーに限らず、組織不正はあらゆる企業で起こりうるものです。高い売り上げ目標が課されている場合、その目標を何とか達成すべく会計処理をごまかしてしまう不正会計が行われるケースもあります。それらの不正会計は、会社の業態・業種を問いません。
成果主義、ジョブ型に潜む危うさ
中原さんは、個人による正しさの追求が組織や社会全体に悪影響を及ぼす「ソーシャル・アバランチ(社会的雪崩)」を提唱されています。これはどういったものなのでしょうか。
「ソーシャル・アバランチ」とは、個々人が「正しさ」を追い求めるあまりに、その「正しさ」が積み重なることで、組織や社会全体が沈んでいく現象を指します。ある個人が「自分のやっていることは正しい」と確信して取っている行動が、周囲の人たちに影響を与えることはよくある話です。多くの組織がその「正しさ」を追求してしまうことで、最終的に意図せず社会へ大きな影響を与えるおそれがあるのです。
それは、少しずつ降り積もった雪が原因で、大きな雪崩が起こってしまうのと似ています。しかし、雪崩が起きたときに、誰もその原因を「雪が降ったからだ」とは考えません。雪が降ることはとても自然なことだからです。組織においても同様に、個人の持つ「正しさ」に目を向けられず、かえって危うさを抱えてしまうのです。
とくに個人が利益を追求することが正しいと思って、法令要件や社会的な規範から逸脱してしまった場合に、ソーシャル・アバランチが起こりやすいと言えます。企業倫理論の中では、株主を重視した経営を実践する企業ほど、経営者の不正リスクが高いといわれています。自社をよりよく見せようとした結果ですが、ここでも「株主重視の姿勢が間違っている」とはなかなか思わないと言えます。
利益や成果を追求しすぎると、どのような形でリスクが高まっていくのでしょうか。
組織的な「正しさ」であるノルマや成果の達成と、個人としての「正しさ」である業務量や業務時間が適切である状態がイコールにならないことは、企業運営の中でしばしばみられます。ここで組織としての「正しさ」が絶対視されてしまい、ノルマや成果が「業務量や業務時間を超えてやらなければならないもの」や「超えたとしても達成不可能なもの」になったとき、業務量や時間では対応しきれず、不正に走ってしまうのです。
たとえば組織として高い目標を掲げ、「みんなでそれを達成しよう」という機運が社内で高まっているとします。このとき、掲げた目標が誰も達成できないほど高いものであれば、「目標設定自体がおかしい」と言えるかもしれません。しかし、メンバー5人のうち、3人は達成できてしまうような目標であればどうでしょうか。残りの2人にとっては自分のキャパシティを優に超えていても、「目標設定が無謀だ」とは言いづらいですよね。社内的にも、「達成できない2人が悪い」といった空気になりがちです。
また売り上げを重視する一方で、そのプロセスが重視されない場面も多々みられます。たとえば保険業界では、保険の契約件数しか評価の対象にならないので、評価を上げるために家族や友人の名義を借りて契約件数を積み上げるケースがあります。このような環境は、組織不正を誘発しやすい環境と言えるでしょう。
最近注目されているジョブ型雇用にも注意が必要です。ジョブ型を導入すると、「自分のジョブを追求すればいい」という考えから、周囲に対して無関心な人が増えます。すると、誰かの「正しさ」が危うさをはらんでいることに誰も気が付かないまま、法令や規範から逸脱するおそれがあります。
成果主義やジョブ型には、大きなメリットがあるのも事実です。近年の日本ではそのメリットの側面に光が当てられてきました。しかしメリットばかりが語られることで生まれる「正しさ」に、危うさが潜んでいることを把握する必要があるのです。
「正しさ」は一つではない
「正しさ」には危うさがあるとはいえ、それでも私たちの行動は「正しさ」が起点となっている場合が多いと思います。改めて、私たちは「正しさ」をどのように捉えるべきなのでしょうか。
個人における「正しさ」で通常想定されるのは、固定的で単一的なものです。しかし「正しさ」とは、時代に合わせて法令要件が変化していくように、実は常に変化していくものです。固定的で単一的な「正しさ」が組織で横行すれば、その「正しさ」が組織内で正統性を獲得してしまいます。それはとても危険な状態です。
組織固有の「正しさ」が正統化されてしまうと、法令要件の変化になかなか適応できません。ほかの企業や社会規範との乖離も起きやすくなります。その結果、法令から逸脱した、影響力の大きな組織不正が生じる可能性が高まるのです。
ですから組織は、固定的で単一的な「正しさ」にとらわれないため、流動的で複数的な「正しさ」を意識していくことが必要だと私は思います。その結果として、最終的に単一的な「正しさ」に帰結する可能性は否定しません。しかしその前段階において、複数性を宿すことが重要なのです。
組織としての正しさが固定化されてしまう背景には、何があるのでしょうか。
たとえば、一代で会社を大きくした創業者の意見が絶対視されていると、組織の「正しさ」が固定されるケースがよくあります。昔であれば許されたり、それほど大きな問題にならなかったりしたことの中には、現在では「正しくない」とされているものもあります。しかし「いまの時代にそれをやったら絶対に駄目だ」という感覚が乏しくなるのです。
売り上げが減少している企業の場合、本来であれば思い切ったテコ入れや、別の新規事業に踏み切る必要があっても、「正しさ」が固定されているために現状維持を選択することも起こります。すると、「どうすれば今のやり方で売り上げが上がるのか」と思考した結果、たとえば「顧客が修理に持ってきたものにわざと傷を付けて保険金を水増しする」といった不正の誘発につながっていくケースがあるのです。
組織不正の発覚は最悪の事態を防ぐこともある
組織不正を防ぐことに成功した、企業の事例はありますか。
ありません、というと驚かれるかもしれません(苦笑)。というのも、私は組織不正が明らかになることには良い面もあると考えているからです。たとえば自動車業界で一番起きてはいけないことは、自動車事故です。それは、運転者あるいは歩行者などが亡くなるケースがあるからです。企業が法令を守るのは、それらユーザーの事故を防ぐためです。したがって、製造段階で「法令から逸脱している」と判明したら、その時点で自動車を回収すれば事故には至りません。「組織不正が発覚することは、最悪の事態を防ぐことにつながる」という意味において「組織不正はそこまで悪いものではない」と言えます。その意味でも、「組織不正(が最悪の事態よりも前に見つかること)はいつも正しい」です。
さらに、ガバナンスや制度を整えることで組織不正を防止しようとして、より大きな組織不正につながるリスクもあります。いくらガバナンスを強化しても、それは内部の体制の話なので、外部との乖離に気付けるとは限らないからです。むしろ「体制を整えているから不正は起こらないはずだ」と考えることで、不正が見えづらくなる可能性が高まります。
社内で不正防止に努めるよりも、法令や社会的な規範との乖離を、最初の段階で気づくほうが重要かもしれません。早い段階で乖離に気付ければ、それを修正することはそこまで難しくないはずだからです。一方、乖離に気付かなければ、だんだんと幅が広がっていき、発覚したときのダメージは甚大なものとなります。
早い段階で乖離に気付くために重要なことは以下の三つです。
- 社内基準が法令要件(外部基準)をどのように守れているか
- 社内基準を参照した業務がどのように法令要件(外部基準)を守れているか
- それらが継続的に確認できているか。
その三つを実行するため、人事にできることはなんでしょうか。
まずは前提として、組織を過信せず、法令要件からの差分の有無を毎年確認していく機関が必要でしょう。
次に、社外との乖離に気づくには、中途採用を積極的に実施して、メンバーがある程度入れ替わる体制を作るのが最も効果的ではないかと思います。プロパー社員だけでは、すでにあるおかしさに気付けなかったり、自分の評価などを気にして口に出せなかったりすることがあるからです。
中途入社の方に対して、入社して数ヵ月くらい経ったところで「うちの会社はどうか」「何か問題点はあるか」などと質問する。それも一人の意見ではあまり影響力を持たないので、複数人の中途入社の方が集まって意見を出し、それを公式に吸い上げられるような仕組みをつくることが効果的だと思います。ある程度意見に重みのある、管理職の役職であればなおいいでしょう。
社外取締役の活用も効果的です。社外取締役をお願いする方は、社内の取締役に対して耳が痛いようなことも言える人物である必要があります。自社の業種に関連するけれどまったく異なる分野の人を登用するのも良いでしょう。たとえば、国交省や経済産業省の課長以上のクラスの経験者をメーカーが登用し、法令対応の面で効果を挙げているケースがあります。同じ製造業の人では、知識は深くても業界の風習が似通ってしまうため、おかしさに気付けないことがあるのです。
そのほか、女性役員の登用も重要です。ロンドン市立大キャスビジネススクール教授のバーバラ・カスは、女性役員の割合が多い企業のほうが、不正行為に対する罰金額や頻度が減るという研究結果を発表しています。
男女を問わず、取締役が一部の性別に偏ると、もう一方の性別はどうしてもマイノリティーに追いやられてしまい、意見が反映されづらくなります。このとき一部の性別が多くを占めた体制での成功体験が過去にあれば、なお危険です。カスは、「取締役会には少なくとも3人の女性役員が必要だ」としています。
組織不正に対応するために人事部にできること
人事としては、どのようなことに取り組んでいくべきでしょうか。
社内基準が法令要件(外部基準)を守れているかを確認するのは、人事部の役割ではないかもしれません。しかし組織体制や人に関することは、人事部の役割が極めて重要です。まずは、社内での多様性を高めたり、社外の声を聞いたり、人事が普段意識していることが不正の防止にも役立つ意識を持ってほしいと思います。
また、法令要件(外部基準)を確認する際は、現場レベルでの取り組みが不可欠です。ここには人事が携わる必要があるでしょう。たとえば、製造部門に人員が足りていないことが原因で不正が起こりやすい環境になっているのであれば、人を採用したり、異動させたりするなどの人員拡充が求められます。
また人事部には、現場の意見を吸い上げる機能があります。最近、銀行業界を舞台にしたドラマを見ました。本店の人事が各支店にしっかりと目配りをして、何か問題が起こったらすぐに本部で議論する体制をとっていました。あくまでフィクションの話ではありますが、そういった体制の構築は重要です。ただし各支店は人事に監視されることに抵抗があるかもしれないので、本店と支店とで良好な関係性を構築する必要があるでしょう。
ほかには、東京証券取引所が発表している「コーポレートガバナンス・コード」はぜひ活用してほしいですね。同指針が定めた「適切な情報開示と透明性の確保」や「取締役会等の責務」などを、上場会社が順守できていない場合は、各社のコーポレートガバナンス報告書において、その理由を説明しなければならないと定められています。指針を守れていないことを自覚するだけでなく、今後の対応を検討して外部に公表することが求められるため、法令の逸脱が発覚する前に自浄作用を働かせられる仕組みだと思っています。
人事が従業員に目を配ることが、不正につながる乖離に気づくことにつながるのですね。
そのとおりです。最後に、最近わかった興味深い研究結果を紹介します。それは、「データ改ざんは、他の不正と比べて悪質性を認定されやすい」ということです。いま私が研究している自動車の認証不正問題では、六つの試験項目において不正が認められました。このうち五つは実際に車をぶつける試験で、残り一つがデータを用いた試験でした。
実際に車をぶつけた試験で起こった不正は、「過失に近い不正」と言われています。製品自体が物理的に存在すると、不正する余地が少ないからです。一方で、後者はより悪質性が高い不正とされました。それは、データが人の手で数字をコントロールしやすいからです。したがって、法令からの乖離や不正が起きていないかを考えるとき、まずは「人がデータを操作していないか」に着目することが鍵になるでしょう。データに対して人が介在することでミスなども起きやすいのであれば、AIを活用することも今後の選択肢の一つだと思います。
(取材:2024年9月2日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。