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キーパーソンが語る“人と組織”

組織の壁、実力の壁、言葉の壁
――“壁”を突破し続ける思考が世界を広げる [2/3ページ]

竹内 健さん

中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 教授

自分にこだわり過ぎるとチャンスをつかめない

―― ところで学生時代は、まったく違う分野(物理工学)が専門だったとうかがっています。そもそもなぜ東芝で、半導体の技術開発を手がけることになったのですか。

本当にたまたまなんですよ。大学院生のとき、先輩から「就職活動で東芝を訪ねるから一緒に」と誘われて見学のつもりで行ったんです。東芝の新卒採用には、本社の人事部が一括採用する枠と、各事業部の部長が必要な人材を個別にリクルーティングする枠と二つあって、技術系の多くが後者だったと思います。私を誘ってくれた部長の一人にフラッシュメモリの発明者の舛岡富士雄さんがいらっしゃって、この方との出会いが大きかったんです。舛岡さんは半導体の未来を、そしてフラッシュメモリにかける夢を、門外漢の私に熱く語ってくれました。その迫力に圧倒されて、よくわからないけれど面白そうだなと。あとは弾みですね。一晩考えて、ほとんど衝動的に入社を決めました。

―― たった一晩で決断されたんですか? 人生の一大転機なのに。

竹内 健さん Photo

考えてもしょうがないでしょう。会社も「早く決めないと枠がなくなるよ」なんてプレッシャーをかけてくるし、実際、チャンスの有効期間ってすごく短いと思うんです。リクルーティングや異動の打診は、特にそうだと思いますよ。じっくり考えたいから待ってくれなんてありえない。だから決められない人は、なかなかチャンスをつかめないんじゃないかなあ。

―― でも半導体の開発という分野は、当時の先生にとって専門外だったわけですよね?

専門外といっても、じゃあ逆に、大学での研究を「自分にはこれしかない」というほど理解できていたかというと、微妙です。専門を理解するには数年かかるし、自分がやっている分野以外はわかりませんからね。ですから、大学で研究室を決めるときだって、すべての研究室の内容をわかって選んだわけじゃありません。教授が若いし、できたばかりだから面白いことができそうだなと。就職もそういう感じでした。私の経験では、これが専門だとか、これしかないとか、中途半端な知識で自分で自分を狭め過ぎると、来るチャンスも来なくなってしまう。仕事のオファーというのは、たいてい人や会社から認められて与えられるものでしょう。だから必ずしも、自分の都合にぴったりというわけにはいきません。そこでとまどっていたら、話は別の人のところへいってしまうだけです。

―― 東芝への入社は1993年。90年代初めの日本の半導体産業といえば、米シリコンバレーをもしのいで世界のトップを走っていました。

だから私も、すごく期待したんです。舛岡さんは「うちの研究所なら、ドクターが取れるような研究もできる」なんて自信満々でしたから。ところがいざ入社してみたら、話が違う。当時の東芝の主力はDRAMで、フラッシュメモリの事業はまだ全然メジャーではなかったんですよ。メジャーどころか、ようやく最初の製品ができたばかり。それも不良品だらけ。バブルがはじけた直後という時代背景もあって、私が入った部署はつぶれる寸前だったんです。もちろん何も知らずに飛び込んだ自分が悪いのですが、正直、舛岡さんにはだまされたと思いましたね。でも、舛岡さんの話で、結果的に優秀な人材が集まってきた。舛岡さんはすごい発明家であると同時に、夢を語って人を集める天才でした。

上司に内緒で開発した技術が、会社の主力事業に

―― いまどきの若者ならショックを受けて、さっさと辞めてしまいそうですね(笑)

よく就職活動で「学生は朝陽を見ないで夕陽ばかり見る」というでしょう。学生に人気の高い業界は明るく見えても実は夕陽で、あとは落ちるしかないことが多い。逆に将来性のある朝陽みたいな産業は日の出前、まだ真っ暗闇だからなかなか飛び込んでいけません。私は暗闇かどうかも確かめずに、飛び込んでしまったんです(笑)

―― 理想と現実とのギャップをどう乗り越えられたのですか。

とにかく、いまつくっている製品を軌道に乗せないと明日がないという瀬戸際だったので、研究者はみんな現行製品の改良に追われました。悠長に新技術の開発などしている場合ではなかったんです。とはいえ素人同然の私に手伝えることはほとんどなく、最初は来る日も来る日も、雑用同然の作業ばかり。でもそこで自分ができることを示して信用を得ないと、私にも明日がありません。下積みから地道にやるしかなかったんです。雑用をこなしつつ半導体についても独学で学び、そのうちに少しずつフラッシュメモリの設計に関われるようになりました。ところが入社3年目、バブル崩壊の影響で研究所が突然閉鎖されてしまったんです。いまのフラッシュメモリの基礎になった技術には当時の私たちのアイデアがかなり含まれているのですが、会社には認められませんでした。

―― その後、フラッシュメモリの開発はどうなったのですか。

研究所のメンバーは別々の部署に異動になり、私も表向きは研究から離れ、製品の開発や改良の仕事になりました。それでも私たちは「会社が認めないなら世界に認めさせてやる」と、意地と執念で開発を続けたんです。今ではほとんどすべてのフラッシュメモリに使われている、多値メモリという大容量化の技術です。もちろんそれぞれの職場には内緒ですよ。こっそりと論文を書いては国際学会で発表し、特許の取得も進めました。

―― いまでは世界シェア40%を誇る東芝の主力事業の原点が、じつは上司の目を盗んで創り出された技術だったとは意外ですね。

竹内 健さん Photo

新しい技術というのは、たいていそういうものでしょう。開発といっても、やはり事業に直結するものや事業化のめどがついているものが優先されますからね。あらかじめ各事業部門が次はこれ、その次はこれと短いスパンで製品開発計画を立て、マネジャーはそのとおりに達成できたかどうかで評価される。たとえ画期的でも、すぐに利益になるかどうかわからない新しい技術の開発は計画に入りにくい。ですから“アンダーグラウンド”で進めるしかないんです。海外のメーカーでも状況はあまり変わらないでしょうね。

―― MBA留学についてあらためてうかがいます。留学したいという思いは、フラッシュメモリの開発を続けるなかで次第に膨らんでいったのでしょうか。

いいえ。実際に留学したのは入社8年目ですが、希望は入社当初からありました。正直に言うと、アメリカへ行けるなら目的はMBAじゃなくてもよかったんです。ただ8年目ともなると、技術分野はある程度究めた感がありましたし、まして当時は半導体の技術を学ぶならわざわざアメリカの大学へ行くまでもなかった。研究環境は国内で十分でした。


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