「生活指導」で社員を育てる
~毎日の皿洗いが仕事に直結する!
株式会社原田総合教育研究所 所長
原田 隆史さん
原田さんは教員時代、「生活指導」をベースに置いた教育手法により、さまざまな問題を抱える公立中学校の陸上部を日本一13回の常勝チームへと変貌させたことで知られています。現在は社会人教育も行っていますが、そこで注目されるのは生活指導によって、大人も大きく変わることを数多くの事例で示されたことです。人材を育成する上で、なぜ生活指導が有効なのでしょうか?具体的なエピソードを交えながら、お話を伺うことができました。
はらだ・たかし●1960年大阪府生まれ。奈良教育大学卒業後、大阪市内の公立中学校に20年間勤務。保健体育指導、生活指導を受け持つ傍ら、陸上競技部の指導に注力し、3校目の勤務校では7年間で13回の日本一を実現した。2003年以降は、企業の人材教育の分野でも活躍。約4年間で200社、4万人以上を指導してきた。主な著書に、『カリスマ教師原田隆史の夢を絶対に実現させる60日間ワークブック』『大人が変わる生活指導』『カリスマ体育教師の常勝教育』(以上日経BP社)『成功の教科書』(小学館)など。
大学で学んだ「スキル・ノウハウ」が通用しない!
最初に中学校に赴任されたときのことを聞かせてください。
学生時代、体育の授業における最先端のスキルやノウハウ、方法論をマンツーマン教育で徹底的に学びました。その頃は、世界最強の教師だと自負していましたね。そして、最初に赴任したのは大阪にある1600人のマンモス中学校。さまざまな問題を抱えていましたが、僕には大学で培った経験と何より自信がありました。ところが、授業をやろうと思ったものの、生徒がまともにグラウンドに集まりません。言うことはきかないし、指示にも従わない。モノを投げたりもする。参りました。これまで自分の学んだことが通用しないのです。「どうも大学で学んだようなスキルやノウハウだけでは、人を教育することはできんわ」と思い知らされました。
生徒と先生の間において、何が重要なのでしょう。それは、生徒の学ぶ態度を作る教師の力です。生徒が「お願いします」と授業に出てきて、「原田先生、教えてください」と言えるような関係や土台をつくらない限り、生徒を教育できないことを実感しました。
そこで、生徒といい関係を持てている先生の授業を見に行ったわけです。すると、どうでしょう。その先生の授業では、始まる5分前に生徒がちゃんと着席して、自主自立的に活動を進めているではありませんか。先生の方で強制的に仕向けるといったことではないのです。
僕は考え方を改めました。教え方云々ではない。自主自立的に授業を受けようとする生徒を育てていこうと。中学校の教師になって最初の1週間、まずはこのような洗礼を受けたわけです。
やる気がある生徒とない生徒の違いは何によるのでしょう。
それは、「心のコップ」が上を向いているかどうかということです。心のコップとは、まさに生徒の心の状態のこと。「まじめで素直」「不まじめでどうでもいい」という態度の違いです。心のコップを上に向けさせれば、そこにスキルやノウハウを注ぐことができます。しかし、心のコップがふさがっていては、何も注ぐことができず、関わることもできません。
面白いのは、親の心のコップが上を向いていると子どもの心のコップも上を向いていますが、親の心のコップが下を向いていると子どもの心のコップも下を向いてしまうことです。そこから、こう考えました。「学校で問題のある生徒は、家庭に問題を抱えている。学校の答えは家庭にあるんや」と。
「家庭訪問」の鬼になる
生徒に問題がある場合、学校の様子だけを見て判断してはいけない。家庭も同時に見なければダメだということですか。
はい。だから、僕は「家庭訪問」の鬼になりました。何か生徒に問題があったら、必ず親に会いに行きました。そして家庭訪問を続けていった中で、確実に変化が表れました。生徒たちの心のコップが上を向き始めたのです。生活態度が素直で、まじめになりました。
家庭訪問をしてよく分かったのですが、心のコップが下を向いている生徒の家庭には「すさみ」があります。人材教育ということを考えた場合、スキルやノウハウは重要ですが、そのことを教える前に、身の回りのすさみを除去して、心をきれいにすることをしなくてはダメだと思ったのです。人の心のコップを上に向けるために、生活の指導を徹底してやろうと考えたわけです。
生活の基盤となる家庭のすさみの除去に、活動の中心を置いたわけですね。
効果はたちまち出ました。それで、次のステップでは何が必要かを考えたわけです。それが夢・目標でした。「こうなりたい、ああなりたい」という夢や目標を与えていくと、生徒は心のコップがますます上向きとなり、イキイキとして元気になっていくのです。これが、生活指導をベースとした教育における僕の基本的なコンセプトですね。
原田式ワークライフバランスのすすめ
学校から企業へと場所が変わると、どのようなことに気づかれましたか。
公立中学を退職した後、企業の方々の人材育成にも関わりましたが、彼らから受けるプライベートの相談の多くは、子どもの教育など、家庭の問題です。家庭内のごたごたや悩み事などを抱えていると、ビジネスパーソンはちゃんと仕事ができません。「自分がやってきた学校教育と同じや」と思いました。学校の答えは家庭にあり、ビジネスパーソンの仕事の答えも家庭にあると。ワークライフバランスですね。
ワークライフバランスを考えたとき、このライフをコミュニケーションととらえました。家族とのコミュニケーションを良くすることによって、家庭内がイキイキとしていく。その結果、家族からやる気や元気をもらうことができると。そして、そのやる気や元気が会社での仕事にも大きく影響を与えるというロジックです。これが、原田式のワークライフバランスの考え方です。
事実、仕事という「公」の世界でもらう元気と、「私」である家族からもらう元気とは質が違います。心理学用語で、元気というのはストローク、心の栄養といいます。目を見て話を聴いてあげる、心配してあげる、うなずいてあげる、相槌をうってあげる、握手してあげる、抱擁してあげる、励ましてあげる、といった人と人との関わりです。これは数が多ければ多いほどいい。
と同時に、質も大事です。ストロークの中で特に質が高く、相手を元気にする関わりのことを「プラチナストローク」と呼びます。この質の高いプラチナストロークというのは、往々にして家族からたくさんもらえるのです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。