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キーパーソンが語る“人と組織”

成果主義時代に必要なリーダーのコミュニケーション

林 恭弘さん

日本メンタルヘルス協会 心理カウンセラー・講師

うつ病など精神障害を理由に労災補償を申請する人が急増しています。厚生労働省のデータによると、06年度は819件(対前年度比24.8%増)。うち実際に受給を受けた人も、前年度より約1.6倍多い205人となりました。背景には職場の人間関係によるストレスがある、と言われています。ストレスを減らし、職場を活性化させる「上司と部下のコミュニケーション」について、心理カウンセラーの林さんに聞きました。


Profile
はやし・やすひろ●1964年、兵庫県生まれ。企業の人事・教育コンサルタント会社を経て、日本メンタルヘルス協会代表の衛藤信之氏に師事。協会主催の心理カウンセラー養成スクール(東京・名古屋・大阪・福岡の全国4ヵ所で開催)の講師のほか、企業や学校、労働組合などが主催する講演会や研修の講師として全国を飛び回る。06年の年間講演数は約100回。近著に『プロの聞く技術が身につく本』(PHP研究所)がある。(「日本メンタルヘルス協会」ホームページ http://www.mental.co.jp
プロの聞く技術が身につく本



職場環境を大きく変えた「成果主義」と「IT化」

―― 厚生労働省が調べた「精神障害による労災認定件数」と警察庁が調べた「自殺した労働者数の推移」を見ると、どちらも90年代後半になって大きく増えています。この時期、職場でいったい何があったのでしょうか?

不況によるリストラが激しくなり、多くの企業で成果主義が導入されたのがちょうどその頃。上場企業だけではなく、中堅・中小企業に至るまでIT化が進んだのもそのあたりだったと思います。つまり、この二つが職場を大きく変えたような気がします。

成果主義もITも、それ自体が悪いのではありません。問題はどちらも、それに頼りすぎることにあります。「企業が存続していくために、みんなで努力して成果をあげましょう」と言うのは、企業として当然だし、むしろ当たり前のことです。だからこそ、それを強調されればされるほど、「どうしてそんなに成果、成果と言うのか?」という気持ちにもなります。まるで、「成果をあげないとお前たちの居場所がなくなるぞ」と、脅されているような感じです。

これは、いわゆる「不安と恐怖のマネジメント」です。長く続くはずがありません。成果主義を機能させるために必要なのは、それを声高に言い続けることではなく、努力を続けてもらうために何が必要かという環境整備の方。社員一人ひとりの心身の健康、モチベーションをどうやったら保てるかを、もっと真剣に考えないといけなかったんです。先のデータは、そういう環境を全く作らずに、成果主義ばかりを強調した結果ではないかと思います。

―― ITに頼りすぎると、どんな弊害が出てくるのでしょうか?

対面でのコミュニケーションを避けるようになってきます。

職場でのやり取りというのは、打ち合わせにせよ、トラブル処理にせよ、けっこう負荷がかかるものなんです。そういう時にメールという手段があれば、面と向かって会話するよりも気楽でいいや、となりがちです。隣の人ともメールで会話するというのが、そのいい例です。放っておくと、人は負荷がかからない方へ向かいたくなりますから、ITの導入で、面と向かって他人と会話したくない人は、どんどん会話しないで済むような環境ができてしまったんです。

職場から愛情のある厳しさが消えている

―― 近著『プロの聞く技術が身につく本』で、現代の日本企業は厳しいのではなく、冷たいのだと書かれています。「厳しさ」と「冷たさ」の違いはどこにあるのでしょう。

ひと言で言えば、そこに愛情があるかないか、だと思います。

厳しいことは決して、悪いことではないんです。仕事をおぼえるためには、ミスをきちんと指摘してもらったり、厳しく評価されたり、時にはカミナリを落とされたり……。そういう経験も必要だからです。

林 恭弘さん Photo

これは、叱る立場からすると、けっこうエネルギーが要るんです。だから、叱るというのは、相手に対する愛情がないと難しい。鬼コーチや鬼上司が意外に人気があったりするのは、そこに愛情があると感じられるからですよね。厳しい職場というのは本来、そういう愛情に満ちた職場でないといけないはずなんです。

今は多くの職場から、愛情のある厳しさが消えているように感じます。人を育てるのは、手間も暇もかかりますし、必ずしも成果が出るとは限りません。だから、短期的な成果ばかりを求められていると、人材教育はいつも後回しになってしまう。人は評価されることしかしませんから、悩んでいる同僚がいても、見て見ぬ振り。無断欠勤する部下がいたら、上司はその体調を心配するより先に、仕事の進捗状況を心配するようになるでしょう。

「日本企業以上にドライだ」と言われる外資系企業ですが、なかで働く人に聞いてみると、そうでもない。確かに評価は厳しいのでしょうが、それだけに、外資系のマネジャーたちは日頃、部下とのコミュニケーションにかなりの労力をさいています。部下に職務を説明する際には「この職務にはこんな意義があって、こういう期待もかかっている。だから是非、協力して欲しい」と丁寧に伝えますし、「子どもさんが小学校に上がったって聞いたけど、楽しそうにやっている?」など、プライベートの話題も頻繁に持ち出します。

評価がドライなことと、人間関係がドライであることは別だ、という気がします。

―― 厳しくても納得して働ける職場を作るために、リーダーが心がけるべきことは何でしょう?

信頼関係を作らなくちゃと身構える必要はないし、美しい言葉で流暢に、長々と語る必要もありません。まずは、「おはよう」「お疲れさま」「ありがとう」といった、ごく日常のあいさつがちゃんとできているかどうか。リーダーは、それを振り返ることから始めたらいいと思います。

上司から下された評価が納得できないのは、そうした日常のコミュニケーションが不足しているからだと思います。年に1回や2回、評価の時にだけ濃密なやり取りをしても、お互いに理解し合うのは難しい。それではまるで、その日が「運命の時」みたいになってしまって、評価する側もされる側も、怖くて仕方がないでしょう。それよりも、毎日ひと言でもふた事でも言葉を交わして、その延長線上に評価の話がくるようにする。そうすれば、お互いに気も楽でしょうし、評価が良くても悪くても、部下は納得できるはずです。

考えてもみてください。日頃、「お疲れさま」「ありがとう」のひと言もない上司から、いきなりいい評価をもらっても、部下は納得できるでしょうか? 「この人、いったい自分の何を見てくれているんだろう」と首を傾げたくなりますよね。この場合、部下は「ラッキー」と思うかも知れませんが、「うれしい」とは感じないはずです。

―― つまり、評価を下す時ではなく、結果が出る前のコミュニケーションこそ大事だということ?

そうだと思いますね。

リーダー職にとっては結局、組織と部下との板挟みになっているようなところがあるんだと思います。今は、自分も仕事をたくさん抱えながら、部下の指導もしなくちゃいけないプレイングマネジャーも多いですよね。上司自身もそれなりの成果を達成しないと、居場所がなくなる。だからどうしても保身的になっていくのはわかりますし、そういう空気の中にいれば、部下も「なんであの上司の評価を上げるために俺たちが大変な思いをしなくちゃいけないんだ」となる。

そこに、人間対人間の関係──上司に対する尊敬や、人間的な魅力──がなければ、リーダーシップを発揮しにくい環境にはなっていると思います。

テクニックより大切なもの

―― 日本メンタルヘルス協会には、職場での人間関係に悩み、「カウンセリングを学びたい」という受講者もたくさんいらっしゃるそうですね。

以前は、カウンセリングを学ぶ受講生のほとんどが女性で、「将来、自分もカウンセラーとして働きたい」という方が多かったんです。それが最近では男女半々で、受講の動機も「職場や家庭の人間関係を良くしたい」という方が8~9割を占めるまでに変わってきました。年齢的には20代から40代。職場でいうと、グループリーダーや管理職、それと経営者の方も増えています。

人はリーダーになったからといって、すぐにリーダーシップを発揮できるわけじゃないんです。名選手がすぐに名監督になれるわけではないのと同じように、リーダーになるためには、どこかで必ず、それを学ぶ経験をしなくちゃいけない。カウンセリングは、その一つの方法です。もちろん、「こういう上司になりたい」というモデルが職場にいれば、それを真似るのもいい。ただ、今はそういうリーダーシップを学ぶ機会が、職場でも家庭でも、学校でも、どんどん減ってきている、ということだと思います。

―― 林さん御自身、カウンセリングを学んで変わったことはありますか?

林 恭弘さん Photo

人間関係が、非常に楽になったと思いますね。心理学やカウンセリングを学ぶ一番の効果は、「自分の気持ちを知ること」なんです。

たとえば、「腹が立つ」とか「許せない」という怒りの感情。これってよく、人間関係を崩すモトにもなりますよね。心理学を学んでわかったのは、「怒り」というのは必ず二次的に起こる感情なんだということ。実はその根っこにはいつも、相手に対する期待があった、ということなんです。

部下が遅刻してきて、何の反省もしていないようだ、と仮定します。「何やってんだ」と怒りをぶつけたくなるのはわかりますが、そこで自分の気持ちを見つめ、実はその根底に部下に対する信頼や「体調でも悪いのか」と心配していた気持ちがあるんだと認識できれば、対応は違ってくると思うんです。

こういう場面で部下に伝えなくてはいけないのはまず、「体調でも崩したのかと思って心配していたんだぞ。でも、元気で良かった」という個人としての気持ち。その上で、「社会人として、ちゃんと守るべきことは守ろうよ」という、上司としての気持ちを伝えればいいんです。それを後半だけしか伝えていないと、どんどん、立場、役割だけの人間関係になっていってしまう。どちらも自分の気持ちに違いはないんですから、両方をちゃんと伝えないと、正直にコミュニケーションしたことにはならないと思うんです。

「カウンセリングやコーチングを学んでみたけど、うまくいかない」という人は、理論やスキルばかりを取り入れて、「なぜそうしなければならないか」を学んでいないことが多いんです。「聴く」心の姿勢がちゃんとできていないから、部下からするとあからさま過ぎる。関西弁で言うと、「なんや、いろいろややこしいテクニックつこて、言い方変わりはったけど、どっかで研修してきはったんですね」と(笑)

カウンセリングにはたとえば、相手に自分の抱える問題を理解してもらうために、相手の言う言葉を繰り返しながら聞く、という方法があります。でも、それを学んだからといって部下の言葉を逐一繰り返して聞いていたら、わざとらしくて仕方がない。理論やテクニックを学ぶことは大切ですが、それに沿って多くを変える必要はないんです。学んだことの多くは、自分の中に持っているだけでいい。大事なのは、自分はあなたの言うことを理解したいと思っているし、理解しているよというメッセージをちゃんと伝えられているかどうか。それが言葉や態度、表情で表現できていれば、必ずしもテクニックを使う必要はないんです。

リーダーの役割は「サービス業」

―― 上司に求められるコミュニケーションのスキル、リーダーシップというのは、時代によって変化するものでしょうか?

わたしはあんまり変わらないんじゃないか、と思っています。

最近よく、リーダーの役割は部下を管理・コントロールすることではなくて、部下に奉仕するサービス業なんだ、と言われます。上司というのは、部下が毎日どんな気持ちで、どんな風に仕事をしているかを情報収集し、つまづいている人がいれば助け起こし、必要なサポートを提供する。つまり、一種のサービス業であって、偉そうにふんぞり返っているのがリーダーではないんだ、という訳です。

でも、よくよく考えてみると、こういうことって、実は昔の上司もごく当たり前にやっていたことだと思うんです。気になることがあれば、部下を連れて飲みに行っておごって、話を聞いて励まして……。まさにサービス業ですよね。だから、リーダーに求められる要素って、実はそれほど変わっていない。

人間という存在が変わらない以上、それをどう束ねていくかというリーダーシップも、実はそうそう変わるわけがないんです。本気で人を動かそうと思ったら、その心を動かさないといけない。これはいつの時代も同じこと。だから、リーダーシップを発揮したかったら、人間を知ることから始めないといけないんだと思いますね。

林 恭弘さん Photo

(取材・構成=曲沼美恵、写真=中岡秀人)
取材は2007年6月27日、東京・目黒区の日本メンタルヘルス協会・東京本部にて


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