ドミノ・ピザ ジャパンの「慣習を打ちこわす」人事施策
「OKR」導入をきっかけとした、従来の日本企業にない「攻めの人事」とは
株式会社ドミノ・ピザ ジャパン HR部 部長
影山 光博さん
従業員一人ひとりに業務目標を設定し、年1回その達成状況を評価する……多くの日本企業では、目標管理制度をベースとした人事評価が行われています。株式会社ドミノ・ピザ ジャパンでは、2年前からそうした従来型の目標設定や評価を廃止し、個人をランク付けして評価するレーティングという考え方を一掃。「Pay for Job」「No Rating」「One Team/Profit Sharing」という同社のHRポリシーにもとづき、大胆な人事施策を次々と展開しています。人事の変革を主導した同社HR部 部長の影山光博さんに、ドミノ・ピザ ジャパンの「攻めの人事」の概要、新制度導入に踏み切った背景、運用の現在地などについてうかがいました。
- 影山 光博さん
- 株式会社ドミノ・ピザ ジャパン HR部 部長
かげやま・みつひろ/1989年日本マクドナルド株式会社に入社。東北および関東の店舗運営を経験し、米国シカゴのマクドナルド店舗に3年駐在して本場の店舗経営を学ぶ。帰国後、社内教育機関のハンバーガー大学にて研修デザインを担当。その後、人事本部にてHR統括マネジャーとして主に戦略人事、HRBPロールなどを経験。2016年株式会社シャノアール(カフェ・ベローチェ)へ入社し、人事を担当する。2019年株式会社ドミノ・ピザ ジャパンへ入社し、人事および総務を担当する。2024年からは、グローバルのHRBPの一人として、日本に加えて台湾のドミノ・ピザも担当している。現在は、日本と台湾で合計1200店舗の人材をサポートすることに日々邁進中!
パーパス&バリューから導き出された「攻めの人事」
まず、貴社の店舗数や従業員数などをお聞かせいただけますか。
現在、ドミノ・ピザ ジャパンは日本全国に約1000店舗を展開しています。そのうちの約3割が直営店で、残りの7割がフランチャイズ加盟店です。本社と直営店の合計の従業員数は正社員が625名、アルバイトが9200名。フランチャイズ店も含めると、全従業員数は2万3000名にのぼります。
従業員には、どのような人材像を求めていらっしゃるのでしょうか。
ドミノ・ピザにはグローバルで共有される「パーパス&バリュー」があります。正社員やアルバイト・パートといった雇用形態を問わず、その考え方を共有できる人を採用したいと考えています。
私たちのパーパスは「ピザでつながる」。当社はピザにフォーカスしている企業です。ピザは誰かとシェアして楽しまれることが多く、必ず人と人との間に存在するもの、人と人をつなげるものであるという認識です。
バリューは五つあります。一つ目は「FUNの共有」。優しさ、思いやり、共感を持ってお客さまにポジティブに接することです。二つ目は「正しいことを行う」。誠実さを大切に、社会に対して常に正しいことを実行しています。三つ目は「慣習を打ちこわす」。既成概念にとらわれず、それを超えるものを創造していくイノベーティブな姿勢です。四つ目は「成長と活躍」。従業員一人ひとりが強みを発揮して活躍できる環境を整えます。五つ目は「感動を超える顧客体験」。適正価格でピザを提供するだけでなく、お客さまに感動していただくためにさまざまな工夫を凝らします。
五つのバリューの中でも特に「慣習を打ちこわす」「成長と活躍」を人事ポリシーとして重視されているとうかがいました。
人事は「問題が起きないように、失敗しないように」と、守りの姿勢になりがちです。しかし、それでは今以上に良いものは生まれません。働く仲間の成長と活躍を応援する姿勢を基本としつつ、慣習を打ちこわす意識を常に持つことが、人事施策を実施していく上で大変重要だと考えています。
私はビジネスをよくサッカーに例えます。サッカーは野球のようにポジションや役割が固定されているスポーツと違い、全員が「ある時は守備に」「ある時は攻撃に」と状況に応じて流動的に動かなくてはいけません。守りも重要ですが、守ってばかりいても得点は入らない、ということです。これは現代の経営が人事に求める姿そのものではないでしょうか。
また、当社には「Hungry To Be Better」(良くすることにハングリー)というモットーもあります。常に改善をめざす姿勢でいよう、ということです。このようにして、自然に「攻めの人事」の発想が生まれました。
貴社が「攻めの人事」に本格的に取り組まれるようになったのはいつからですか。また、そこにはどのような背景があったのでしょうか。
2年前に目標設定・管理手法として「OKR」(Objectives and Key Results)を導入したことで「攻めの人事」が加速しましたね。それまでは当社も、日本企業で一般的な「MBO」(Management By Objectives and Self Control)による個人の目標設定とランク付けによる評価を行っていました。
私自身もいわゆる日本型のMBOの世界で育ってきましたが、ドミノ・ピザの本社があるオーストラリア側の人事役員は「人を数値で評価し順番付けすることはできない」という考え方でした。私は5年前に入社したのですが、ほどなく日本でもドミノ・ピザのカルチャーにあう人事制度を考えてほしいという話があり、それから2年以上にわたってさまざまな検討と議論を重ねました。本社にも日本の雇用制度や人事慣行を理解してもらい、それに対してアドバイスなどももらいながら、最終的にOKRを核にする方向でまとまりました。
MBOからOKRに切り替えた理由は何だったのでしょうか。
OKRはMBOをよりシャープにした目標管理方法だと言えます。OKRの特色は、目標と評価の設定期間が短い点です。当社では3ヵ月単位で回しています。なぜ短いほうがいいのかというと、宅配ピザ事業には「短期的な計画がきわめて重要」というビジネス特性があるからです。
たとえば週末の天気ひとつで、需要は大きく変動します。雨が降ると外出を控える人が多くなり、ピザの注文が増えるからです。そういった日々移り変わる状況に対して、販促活動、資材調達、人の手配など柔軟で迅速な判断が求められます。年間で催し物のスケジュールを組めるような業態とは異なる傾向があるのです。もちろんビジョンとしては3年後、10年後を見すえてはいますが、具体的な数値目標は短期で設定した方がいいと考えました。
起点はビジネス特性にもとづく「OKR」の導入
OKRの導入をきっかけとして、人事制度をどのように変革されたのでしょうか。
OKRと同時に採用したのが「Pay for Job」「No Rating」「One Team/Profit Sharing」という考え方です。OKRを3ヵ月サイクルで回していこうとすると、これまでの目標設定、評価、昇格・昇給といった作業を進めるのはきわめて困難です。MBOでは目標設定や上司による評価に時間がかかりすぎて、生産性を下げるという声もありました。できるだけシンプルにする必要があるという考えのもと、新たな人事制度を構築することにしたのです。
最初に固めたのは「Pay for Job」、いわゆるジョブ型雇用です。属性や経験値ではなく、仕事そのものに報酬を連動させた方が働きがいを感じ、納得感も得られると考えました。中途採用の時に年収を決めるのと同じことを全従業員に適用しました。仕事に報酬が連動しているので、いちいちランク付けのような評価をする必要はありません。これが「No Rating」です。
ボーナスについては、OKRの下ではビジネスは「団体戦」であると位置づけ、個人の評価ではなく関わった全員で収益を分けあう「One Team/Profit Sharing」という形で運用することにしました。チームはOKRをつくれる大きさで決めています。通常は部署単位が基本です。
まさに「慣習を打ちこわす」大胆な変革ですね。新しい人事制度を機能させるために工夫された点をお聞かせください。
OKRの運用にあたり、並行して導入したのが「CFR」という仕組みです。これは「Conversation, Feedback and Recognition」の頭文字をとったもので、対話を強化し、フィードバックをより頻繁に行い、リアルタイムで称賛を伝えるものです。
具体的には、ジョブ型雇用に欠かせない「ジョブ・ディスクリプション」と、キャリアのステップを7段階にわけて昇格・昇進に必要な条件を明記した「キャリア・ステップ・ガイドライン」を整備しました。特に後者をしっかりとつくっている企業は少ないかもしれません。これは、職位ごとに「求められる役割」「求められるスキル」「成長のヒント」「昇進のサイン」を詳細に書き記したものです。
これらをベースに年2回のキャリア面談を行います。毎週の1on1ミーティングとは完全に別枠で、パフォーマンスレビューとキャリアだけに特化した面談です。今は働き方が多様化しているので、全員がマネジメント職につきたいわけではありません。専門性を磨きたい方も増えている印象です。そうしたことも踏まえて、今後の方向性や必要な教育について話しあいます。
最初は「レーティングをしない」といった尖った部分が印象に残りますが、詳しくうかがうと、すべての要素が合理的に組み合わさった人事制度だと感じます。
3ヵ月サイクルのOKRにあわせて、労力をかけて評価しても、そのデータはあまり使い道がありません。昇給やボーナスの平等な配分のためという考え方もあるのでしょうが、私たちはOKRを団体戦だと考えています。団体競技のチーム内で、選手一人ひとりに差をつけてランク付けするのは至難の業でしょう。納得感を得られない数値評価をしても、逆に不満がたまるだけです。それなら無理に数値評価はしない方がいい、という発想です。
ボーナスは各自のジョブに応じて利益を分配するプロフィットシェアが最適解です。その土台となるのは、「チームはみんな一所懸命に働いている」「なまけている人はいない」という性善説、そしてチーム全体で喜びを分かち合う姿勢です。これも「正しいことを行う」「FUNの共有」というバリューの一つとつながった考え方です。
団体戦はチームメンバーへの信頼が大切、ということですね。その考え方に対して、従業員から不満は出ていないのでしょうか。
慣れるまで少し時間がかかりましたが、予想していたような不満を持つ社員はいませんでした。あとはローパフォーマー対策ですね。他社では、ローパフォーマー対策として「PIP(パフォーマンス改善プログラム)」のような人事制度を導入している事例も聞きますが、当社では特にそういった対策を行っていません。そこはHRBPの腕の見せ所で、何か問題があれば個別に話しあって障害を取り除くようにサポートしています。なまける人がいることを前提にすると制度が複雑になり、まとまりません。全員が成長し活躍できる環境をつくる前提で進めることが大事だと考えています。
「サステナブルな企業文化」を育てる組織開発
人事の大きな枠組みから再構築されたとのことですが、足元の部分で取り組まれている人事施策や制度づくりなどについてもお教えいただけますか。
当社は「2030年までに日本でもっともサステナブルなQSR(クイック・サービス・レストラン)になる」ことを目標に掲げています。そのためにも攻めの人事、とりわけ「組織開発」が重要になると考えています。将来に向けて、良い人財を残すことよりも前に、良い組織や良いカルチャーを残したいという思いからです。現在、こうした考えで進めている取り組みは、次の三つが代表的なものです。
一つ目は「OKR Week」。目標設定・管理をOKRで行うからには徹底的にやろうということで、年4回、各クォーターの最初の1週間をまるまる使って、会社全体、部門、チームごとにOKRを設定します。この1週間は通常業務よりも、OKRに関する話し合いが優先です。店舗開発を担当しているため外回りが多い従業員も、この期間は基本的にオフィスへ詰めることになります。そして最終日には各部署が発表を行い、全員でOKRを共有し、ビールで乾杯します。我々の仕事の中心がOKRであることを組織に浸透させる効果を狙っています。
二つ目は「Go Gemba!」。「現場に行こう」ということです。飲食業ではオフィススタッフも、店舗をよく理解していることが重要です。2年前からはじめたのですが、10名程度のチームでクォーターごとに店舗を訪れ、アルバイトの人たちと同じ仕事を体験します。執行役員クラスのエグゼクティブチームも、定期的にグループで店舗勤務を行っています。店舗スタッフと直接触れ合うことで、現場の人たちがどんなことを考えながら働いているのかを具体的に理解できるようになります。
現在は新たなフェーズとして「My Store Program」をスタートさせています。オフィスのスタッフ全員を特定の店舗とひもづけ、定期的にその店舗を訪問してサポートする取り組みです。たとえば私の「My Store」は東京大田区の店舗です。原則はクォーターに1回ですが、それ以外の日にも出向いて、店長とコミュニケーションをとっています。店舗スタッフは私たちのビジネスに関わる情報の宝庫なのです。店舗スタッフからは本社の人は専門的な仕事をする遠い存在といったイメージがあるかもしれませんが、定期的にコミュニケーションをとっていれば距離が近づきます。掃除を手伝って、店長から「おかげさまできれいになりました」と言われると、とてもうれしいですね。こういう体験の積み重ねで会社全体が成長していけばと考えています。
三つ目は人事制度で「MGR75」。フルタイムの75%、1日平均6時間勤務で働けるストアマネジャー(店長)の制度です。育児や介護、あるいは趣味やその他の活動のための時間を大切にしたい人にもドミノ・ピザで活躍してほしいという思いではじめました。フルタイムの店長との違いは勤務時間が75%で、担当業務や研修を受ける機会などはすべて同一条件です。雇用形態も正社員です。本当に優秀な方は、短時間でも成果が出せるという思いがありますので、MGR75の中から、将来のリーダーが出てくるといいですね。
OKR導入から2年、ちょうど2サイクル回ったところだと思いますが、狙った成果は出ていますか。また、従業員の皆さんの反響などはいかがでしたか。
最初の半年くらいは「なぜランク付け評価をしなくなったのか」と説明を求められることも何件かありましたが、今はもうなくなりました。受け身ではなく、自己提案で仕事をつくりあげ、自分のジョブを大きくしていくという組織文化ができ始めていると理解しています。
「No Rating」というのは、あくまでもランク付けをしないことのみを指していて、評価やフィードバックはむしろ以前よりも頻繁に行っています。これはぜひ強調したい点です。また、外資系企業の特長でもありますが、やったことを皆で讃える文化があります。日常的なコミュニケーションの中だけでなくアワードなど成果を認める表彰制度もたくさん用意しています。
プロフィットシェアについての反応はいかがでしたか。
まだ大きな実感はないかもしれません。ボーナスの支払いのタイミングが年2回からOKRサイクルにあわせて年4回になったという違いくらいでしょうか。私は「ボーナスのために働く」という発想はなくなってほしいと考えています。あくまでもビジネスは「団体戦」で、チーム全体の利益を伸ばせばプロフィットシェアは後からついてくる、ということです。
そのため、社内に競争相手はいません。店長同士はライバルではなく、真のライバルは店舗と同じエリアのコンビニやファストフード店など、競合するサービスです。この考え方が浸透すれば、自分がどのように一日を過ごすべきかが明確になると思います。
IT部門にはより強い人事のサポートが不可欠
貴社のHR部ではIT部門とのコラボレーションを積極的に行っているとうかがいました。どのような狙いがあるのでしょうか。
これはIT技術を活用して人事業務を効率化するといった観点ではなく、IT部門の人財マネジメントは他部門と比較しても難しいことが多いという認識から出発しています。そこで人事がIT部門のビジネスパートナーになる必要があると考えました。CEO、COOとも連携しますが、もっとも緊密にコミュニケーションをとっているのはIT部門のオフィサー(CIO)で、毎月のミーティングは4年以上続いています。
理由はいくつかありますが、最も大きいのは、IT領域では人財の獲得競争が激しく、本気で取り組まないと優秀な人財を採用できないからです。もう一つは、IT部門の従業員はプログラミングなどに集中することが多く、社内でのコミュニケーションの機会が少ないから。何か問題がないか、こちらから聞き出していく必要があります。
優秀な人財を確保するには多様性も重要で、当社のIT部門の従業員の半数以上は外国籍です。当然、生活習慣や考え方なども違うので、個別のマネジメントが欠かせません。こうした理由から、IT部門に対してはより強いサポートが必要だと考えています。
具体的なサポートの事例を教えていただけますか。
制度化したものでは「Work From Home-International」があります。日本で勤務している海外出身の従業員が、年1回・最長1ヵ月間、母国での在宅勤務を認める制度です。これは世界のドミノ・ピザの中でもおそらく、日本独自の取り組みです。海外のグループ企業からは「日本はそこまでやるの?」と言われることもありますが、実は社員には人気があって、この制度の利用率はかなり高いですね。
もうひとつは「Saikin-Do Survey」の導入です。これは「最近どう?」と声をかけるような感覚で従業員の心身のコンディションをリサーチするWEBサーベイです。IT部門だけでなく全従業員が対象で、月1回実施しようと企画しました。基本的なアンケートの他に何でも自由にコメントできる欄も用意しています。会社に対して意見を伝える場があること自体が安心感につながる効果もあると考えています。
「Go Gemba!」「Saikin-Do」など、制度のネーミングにも凝っていますね。
人事制度のネーミングはとても重要です。「Go Gemba!」は普通にネーミングすれば、「本社スタッフ店舗勤務制度」ですから、ワクワクしませんよね。人事制度は、私たち人事チームの商品なので、わかりやすく印象的なネーミングにすると、制度の利用率も向上します。2030年に「日本でもっともサステナブルなQSR(クイック・サービス・レストラン)になる」ため、今後もOKRを中心とした良い組織づくりをしていきたいですね。