MBO(目標管理)は1954年、経営学者として有名なピーター・ドラッカーが、『現代の経営』の中で紹介したマネジメント手法として広く知られています。「Management by Objectives and Self Control」とあるように、「目標と自己統制によるマネジメント」という意味が込められています。ドラッカーによると、GM(ゼネラルモーターズ)が事業部制を設計する際に、その考え方がまとめられたそうです。
MBOでは、従業員一人ひとりが自分の所属する部署の目標を自分のものとして認識し、その目標を達成するために上司と相談しながら、自分は何をすればいいのかを考え、目標(業務目標・能力開発目標など)を立てます。自分が立てた目標を達成することにより、部署の目標も達成されるという点に、大きな意味があります。
このようにMBOにおける目標は、上から押し付けられるものではなく、各人が自分で考えて納得したものとなるわけです。その結果、自己統制による裁量余地が大きくなり、モチベーションを高く持って目標達成に取り組むことができます。また、MBOは発祥の地であるアメリカだけでなく、世界的にも広く行われているマネジメント手法であり、日本でも一定規模以上の企業での導入率が高くなっています。
日本企業におけるMBOの導入経緯を見てみましょう。最初は、昭和30年代の不況がきっかけでした。不況克服を契機として、各業界のリーダー的存在である企業を中心に「目標必達」「業績向上」を意図したMBOが導入されたのです。
高度成長期に入ると、企業は事業の拡大に合わせて組織を拡大。それに見合う「人材の育成強化」を目的に、プロセス管理を重視したMBOを導入するケースが増えていきます。さらに年功序列から能力主義へと人事管理の方向性が移っていくに伴い、「能力での処遇実現」に切り替えるためにMBOを導入し、人事評価制度に結び付けていく企業が増えていきました。
ところがバブル経済崩壊後、状況は一変します。多くの企業は人件費の変動費化を目的として成果主義を導入、「成果を評価する仕組み」としてMBOを導入しました。従業員一人ひとりの目標達成度を、昇格や賞与などの処遇へと反映していったわけです。しかし、リーマンショック以降、目標未達者が続出したことで、モチベーション低下を招く事態が発生。さらに昨今はビジネスを取り巻く環境変化のスピードが速く、一期・半期の目標達成度を測るMBOの仕組みを見直す企業も増えています。
近年では課題が指摘されることの多いMBOですが、それでもマネジメント手法において一定の割合を占めていることには間違いありません。いずれにしても、時代の変化やその時々のニーズに合わせて、活用の目的が変化していることが分かります。
多くの企業でMBOが求められてきたことには、いくつかの理由があります。そもそも仕事を進めていく上で、「目標」を設定することは極めて重要です。目標がはっきり決まっていると、人はその目標を達成するために、手段・方法の選択や時間配分に気を配るようになります。すると、仕事の生産性向上が実現できます。また、目標達成のために努力するプロセスを通じて、能力やスキルの開発・向上が進み、仕事のできる優秀な人材が育っていきます。そして、従業員一人ひとりが自分の目標の達成に向けて工夫することにより、職場に活力と効率性・生産性向上の機運が育まれ、会社業績の伸張へとつながります。このようなMBOの持つメカニズムの効果・効用が、多くの企業に受け入れられてきた大きな理由と言えます。
また、自ら目標を設定し、達成に導くという点からもわかるように、MBOは「PDCA」(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回すという、マネジメントを効果的に進めるための機能を備えています。上司と部下が面談をし、目標を設定し、一期・半期ごとにPDCAを回していく機能が、否応なく人と組織の継続的な改善を促すことになるわけです。これが、多くの企業でMBOを導入するきっかけ(インセンティブ)となったことは、言うまでもありません。
最近では企業の目標を立てる上で、「OKR」という言葉をよく聞くようになりました。ここでは、OKRの概要を説明しつつ、MBOとの違いについて考えていきます。
OKR(Objective and Key Result)は、米IntelやGoogleはじめ、さまざまな大企業で導入され、成果を上げたことで有名になりました。日本語にすると「目標と主要な結果」と訳すことができますが、一般的な「目標」とは若干異なり、会社全体の業績アップに直結するような、具体的な目標と数値を組み合わせたものを指します。
例えば、あるWeb広告会社では、下記のように抽象的な「目標」と具体的な達成数値を組み合わせてOKRを定めています。
このように具体的な達成数値とともに目標を設計するのがOKRの特長です。達成数値を実現不可能なところに目標を置きつつ、実現させようとすることで、より最適なパフォーマンスを生むことができるという考え方です。
MBOとOKRを比較する上で、もっとも違いがあるのが目標の立て方です。例えば、MBOでは「従業員一人ひとり」がそれぞれの目標を立てるのに対し、OKRは企業全体で掲げた目標に向対して、各部署が具体的な数値目標を立てる形で組織的に目標を立てていきます。
先ほどのWeb広告会社の例では、求められる主要な結果に対して「Webデザインチームは顧客アンケートで満足度を○○%とる」「営業チームは契約企業を○件以上にする」というように、全体の目標と各部署、部門の目標が一体となって設計されるため、組織全体で一貫性のある活動をしやすくなります。一方、MBOは各個人で目標を立てるため、各個人の能力ややる気によって、組織全体で見た場合に目標の整合性が取れなくなる可能性があります。
ただし、MBOには「個人のやる気を引き出させる」という、経営にとって重要なメリットがあります。目標設定を行う際は、MBOとOKRの利点をうまく取り入れると、よい相乗効果を生むことができるかもしれません。
MBOにおいて、「目標」を設定する際、基本的には以下の三つのパターンが想定されます。
会社全体の指針として目標値を決めた上で、事業部門など組織ごとに目標値を割り振り、最終的には個々の従業員に目標を割り当てていく決め方です。ただし、トップダウンによる目標設定は、往々にしてノルマ管理(目標数値が組織上の上位者から下位者へと自動的に落ちていく形式)に陥りやすい欠点があります。そのため、トップダウンによるアプローチでMBOを行うケースは、経営トップにカリスマリーダーが存在するような企業に限られる場合が多くなっています。
トップダウンとは逆に、ボトムアップで目標が積み上がっていくパターンもあります。この場合、従業員一人ひとりが自分の目標を立てて上司に提出し、上司は部下の目標を取りまとめたものに自分の目標を乗せて、上位者に提出します。この形式を繰り返して、最終的には部門担当の役員が経営者に提出する、という目標の決め方です。従業員に受け入れやすい半面、会社全体の戦略や重点的な課題とは関係ない目標を設定しがちとなることが、問題点と言えます。
トップダウンとボトムアップをミックスしたパターンです。トップダウン・ボトムアップの持つ特徴を生かした合理的なやり方で、実際の事例を見ても、このパターンを用いる企業が多いと思われます。経営側と従業員側双方の満足度・納得感を得やすいものといえますが、一方で問題点もあります。上司と部下との間で、日頃から事業や組織の運営、内外の環境動向などの情報を共有し、同じ認識に基づく議論(コミュニケーション)ができていないと、目標の形式的な要件をチェックするだけになってしまうことです。これでは、目標達成の意味が薄れてしまいます。また、時間や手間のかかることも、このやり方の問題点といえるでしょう。
MBOを効果的に運用していくには、上司と部下の話し合いの下、上記に示した「トップダウンとボトムアップのミックス」によるアプローチが適切だと考えられます。以下、そのためのステップを紹介します。
従業員それぞれの目標は、上司が一方的に決めるのではなく、MBOの目的から言っても、本人が主体となって決めることが重要です。「組織の目標を達成するために、自分はどう貢献していけばいいのか」「そのために今期、どのような行動をとるべきなのか」「それを自分の成長へとどのようにつなげていくか」といったことについて、本人と上司が一緒になって考え、具体的な目標を設定します。
目標が設定できたら、上司は「組織目標につながっているか」「本人の能力に比して簡単すぎる目標ではないか」「実現不可能な目標となっていないか」といった点を確認し、必要があれば本人との話し合いの中で目標を調整して、正式に目標を決定します。
目標が決まったら、実際の行動を計画し、実行するフェーズに入ります。ここではPDCAサイクルにより、目標達成までのプロセスを管理します。PDCAサイクルを回し、継続的に改善を推進していくことは、上司と部下の双方にとって大変重要であり、人と組織のマネジメントにおいて、なくてはならないものといえます。
Plan(計画) | 成果イメージを計画として立てる。上司・部下の間ですり合わせ、共有する |
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Do(実行) | 成果イメージにたどり着く方法を考え、実行する。その際、上司は適切なアドバイスを行う |
Check(点検・確認) | 成果イメージと最終的に生み出された成果のかい離を測定。その結果をもとに、課題点を抽出する |
Action(行動) | 課題点の克服のための改善策、プロセスの変更点を明らかにし、次のPlan(計画)に結び付ける |
目標を達成するまでには、一定の期間があります。その間、目標の進捗状況の確認や修正・見直しを行うことは、上司にとって重要な役割です。具体的なアクションとしては、「日報や週報を作成させ、進捗をチェックする」「週に1度、月に1度など定期的な面談を実施する」といったケースが想定されます。これはPDCAサイクルの、「Check(点検・確認)に該当します。
また、上司はフィードバックする際、「設定した目標が適切だったかどうか」「行動していく中で、新たな課題が出てきたかどうか」などの質問を問いかけ、部下に振り返りを促すようにします。場合によっては、目標や行動計画を再設定する必要性も出てくるでしょう。
期末に、部下の目標に対する達成度を評価します。まず部下が「自己評価」を行い、期中を振り返った上で上司が評価する、といった方法がいいでしょう。当初掲げた目標が達成できなかった場合は、「何が問題だったのか」「その原因・理由は何か」「どのようにすれば目標を達成できるのか」といったことを部下に考えさせ、問題点と改善点を明らかにします。その上で、新たな目標と行動計画を策定します。そして、新たな目標を達成していくために、上司はどのようなフォロー(サポート)を行っていくのかを伝えます。
MBOの仕組みがいかに整備されていても、上司と部下が目標(設定・評価)について話し合う関係が構築されていなければ、MBOはうまく機能しません。例えば、部下の自己評価より上司の評価が低かった場合、その評価の「隔たり」や「ギャップ」について、上司は部下に丁寧に説明する必要があります。部下に納得してもらうことができたら、これまでの部下の努力を認め、「この次もがんばってほしい」などと、フォローの言葉をかけることも忘れてはいけません。このように面談やフィードバックの場面では、部下に感情面を含めたフォローやサポートを行い、お互いにしっかりとコミュニケーションを取り合うことが、上司と部下の信頼関係を築いていく上で大変重要です。
目標の達成状況や成果を見るとき、アウトプットを数量的に把握する仕組みは不可欠です。これがなければ、どうしても主観的な判断となり、説得性に欠けることになってしまいます。何より、具体的な説明ができなければ、部下の納得を得ることができません。数量的に把握できる基準作りなど、人事にはMBOにおける業務管理(プロセス管理)の仕組みの整備を進めることが求められます。
MBOを運用していく際に多くの企業では、「事務部門・スタッフ部門での目標設定が難しい」「チームで仕事をしている中で、個人別の目標設定には無理がある」といったことが問題になっています。中には、同じ目標を複数の人が掲げてしまうケースもあるようです。
このような場合には、「定型的な業務の効率を向上させるための目標」「自己の能力を向上・拡大させる目標」「チームとして達成すべき目標」など、目標をいくつかに類型化した上でチームや部門の中で公開し、相互に等級や給与水準に見合う内容かどうかを確認し合うことが必要です。
目標には、業務関連だけではなく、能力開発の項目にも目を向けることが欠かせません。なぜなら、仕事の成果を出すには、そのための能力開発が必要となるからです。ところが一部には、能力開発は仕事の結果を出すためのものであるから目標とはしなくていい、という見解を持つ企業もあります。しかし、これは人材マネジメントの考え方として、本末転倒と言えます。近年のHRM(ヒューマン・リソース・マネジメント:人的資源開発)という観点からも、会社として能力開発は必須の取り組みです。MBOの目標として、能力開発目標は検討されるべき重要事項であることを忘れてはなりません。
MBOの実効性を高めていく上で、キーパーソンとなるのは職場の上司といえます。しかし、実際にMBOを運用するときに、日頃の業務の多忙さからMBO導入に反発する上司も少なくありません。そのため、人事部は「MBOを導入することで、どのような効果が期待できるか」「そのために、どのようなマネジメントをしてほしいのか」「それが管理職自身にとって、どれだけ重要なことなのか」といった点を正しく説明し、納得してもらう必要があります。
そのためには、下記のような内容について事前に「管理職研修」を実施し、MBOを導入する意味を周知・徹底しておくべきです。研修をしっかりと行うことで、上司によって目標の考え方や評価基準が異なり、目標設定や評価の時不公平になるといった不平・不満をなくすことができます。
【管理職研修の内容(例)】
研修のポイントは、MBOが上司と部下との信頼関係を構築するコミュニケーションツールであることを、しっかりと理解してもらうこと。また、コーチング手法などを利用して、部下の潜在能力を健在化することも、考えておくといいでしょう。適切にコミュニケーションをとることによって、信頼関係が強化され、上位組織や会社の方針・指針などを高いレベルで共有することができます。このようにして、MBOを活用して動機づけを行うことが、MBOの運用においては非常に重要であることを、上司は強く認識しなければなりません。
厳しいビジネス環境を乗り越えていくには、その時々の変化に対して、柔軟性とスピード感を持って対応する必要があります。一期、半期ごとに目標設定と結果評価を行うMBOでは、付いていけないケースも増えているようです。また、期初からある程度の時間が経ってからのフィードバックでは実感値が伴わず、評価を伝えるための報告形式に終始しまいがちになるケースも少なくありません。
そのため、最近ではMBOに代わって、日々、業務を遂行していく中で、上司が部下に対する対話を頻繁に行い、フィードバックを行う「パフォーマンス・マネジメント」を導入するケースが増えてきています。今後はMBOとパフォーマンス・マネジメントをセットで捉え、対応していくことも考える必要があるでしょう。
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