妬み、温度差、不満、権力、不信感……。
組織にはびこる「ネガティブ感情」を、
いかにポジティブに変えて活性化していくのか
立命館大学 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 教授
山浦 一保さん
これまで多くの研究者や実務家が「円滑な組織運営の秘訣」を唱えてきました。しかし、組織から課題がなくなることはありません。組織の多様化が進む中、とくに問題となっているのが、「妬み」や「不満」といった、一般的には「ない方がいい」と考えられているネガティブな感情。これらの感情に着目し、いかにポジティブな要素に変えていくかを研究しているのが、立命館大学の山浦一保教授です。個人と組織が十分なパフォーマンスを発揮するために、ネガティブ感情とどのように向き合えばいいのでしょうか。山浦教授にお話をうかがいました。
- 山浦一保さん
- 立命館大学 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 教授
やまうら・かずほ/熊本大学教育学研究科前期課程、広島大学生物圏科学研究科博士後期課程修了。2010年より立命館大学スポーツ健康科学部准教授、2016年より現職。専門は産業・組織心理学、社会心理学。長年にわたって企業やスポーツチームにおける「リーダーシップ」と「人間関係構築」に関する心理学研究に従事。福知山線脱線事故直後のJR西日本や、経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施。個人がいきいきと働きながら、組織が成果を上げるために、上司と部下はどのような関係を構築すればいいのか、理論と現場調査の両面から解明を試み続ける。近著に『武器としての組織心理学』(ダイヤモンド社)。
組織の中で注目されてこなかったネガティブ感情
そもそも「組織心理学」とは、どういった学問なのでしょうか。
組織の中で個人がいきいきと働き、組織が力を発揮するために必要な条件とは何なのかを明らかにする、応用心理学の一分野です。変化にどの程度適応していけるのかは私たち人間の永遠の課題ですが、組織は変わりゆくものです。人間の永遠のテーマを扱う学問と言えるでしょう。
いまと昔を比べると、組織に関する課題は変化しているのでしょうか。
その時代に応じた苦しみがあるので、苦しみの「量」を比較するべきではありませんが、「質」は変わってきていますね。現在はダイバーシティが推進され、多様性が認められているのは素晴らしいことですが、一方でそれぞれが違うことは、意見の対立を引き起こしかねません。「なんであの人はわかってくれないんだろう」とネガティブに考えてしまう機会は、昔より増えているかもしれませんね。
山浦先生は、人の感情の中でも特にネガティブな部分に着目していらっしゃいます。
もともと私は、組織の中で個人のモチベーションを高めるために必要となる、ポジティブな要素について研究していました。しかし結局、どの研究でもリーダーシップや人間関係、コミュニケーションが大事だという結論に落ち着くんです。この結論を否定する人はおそらくいないでしょう。
一方で、いじめやハラスメント、メンタル不調などの職場の問題はなかなか解決されない。その理由は、人が面倒なものに蓋(ふた)をしてしまう側面に切り込めていないからではないかと考えたんです。そこで、人の心の中にうごめいているネガティブな感情について研究するようになりました。
昨年発表した著書『武器としての組織心理学』では、組織におけるネガティブな関係を極力減らし、ポジティブで有益なものを(相対的にみて)高めていくために、「妬み(ねたみ)」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」という五つの要素を取り上げました。
これらのネガティブな感情は、人間が生きている限り、ゼロにすることができません。感情とは厄介なもので、理性が働いていると前向きに考えられるのですが、好き嫌いが絡んでくると「説明はできないけれど、いやだ」と思ってしまうこともあります。人間関係は感情に振り回されることも多く、基本的に面倒です。その前提のもと、良い人間関係をつくっていくにはどうすればいいのか。ネガティブな感情や欲求を抑えるように努めつつ、ポジティブな部分を出しやすくすることが大事です。
「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」にはそれぞれどのような特徴があるのでしょうか。また、円滑に組織を運営していくためには、それらにどう対処すればいいのでしょうか。
(1)妬み
「妬み」は、とにかく見えづらい感情です。怒りや悲しみの感情は顔に出やすいけれど、職場で妬みの感情が見える人はあまりいませんね。しかし、誰もが多かれ少なかれ妬みという感情を持っています。妬むことで本人は苦しい思いをします。不安に駆られる、周りが気になる、欝になる、という具合です。
自分が得意だと思っていた分野で、自分よりもスキルがある人が出てくると、人は「私の存在価値がなくなってしまうんじゃないか」と強いストレスを感じます。まずは嫌な気持ちを解消しようと画策しますが、「自分には能力がない」と思ってしまうと、相手をどうにかするしかない。それで相手の足を引っ張ったり排除したりするようになり、結果的にチームの雰囲気が悪くなって、ものが言いづらい職場風土、パフォーマンスを上げにくい環境が生まれます。
妬みを解消するには、居場所を作ってあげることが重要です。その人だけの得意な領域をつくって、役割を与えるといいでしょう。妬んでいる相手ではなく、自分自身の役割に目を向けさせるのです。
(2)温度差
同じ組織の中でも、人によって伝わり方が違うことで生じるのが「温度差」です。リーダーがメンバーに思いを伝えるときは、全員に伝わるように話しているはずです。それなのに、思いが伝わっている人と伝わっていない人が出てきます。
言葉が伝わっていなければ、モチベーションにも当然、差が生じますよね。伝わらないのは、伝える側の言葉に問題があったのかもしれないし、受け止める側に問題があったのかもしれない。それぞれに思いがあるので、バイアスがかかってしまった結果、うまくかみ合わなかった、ということも考えられます。
バイアスなく的確に相手が伝えたいことを受け止めるのは、人間である以上おそらく無理です。相手に対して「どうして思いが伝わらないんだ」と思ったなら、お互いに話をすればいい。話しやすい環境をつくるには、日頃のあいさつや一人ひとりのベクトルを合わせることが重要です。
(3)不満
温度差から出てくるのが「不満」です。職場に温度差があると、不満が上司の悪口となって出てくることがあります。
理想的なリーダーがいる職場でも、不満を持っている部下は少なからずいます。ただし強い不満を持っている人は少なく、生産性は高い。リーダーが不満を上手に吸収して対処しているからです。不満には、組織の状態をマイナスからプラスに転じるためのヒントが含まれています。
理想的なリーダーのいる職場では、部下も優れたコミュニケーションスキルを持つ存在として機能しています。たとえばリーダーに対して、面と向かって不満を言うのではなく、相談や質問という形に変えてうまく伝える工夫をしています。リーダーをいやな気持ちにさせることなく、自分たちの不満を吸い上げてもらえるような関係性を築けている。部下自身が、上司と理想的なコミュニケーションを取れるように関係性を構築していくことが重要です。
(4)権力
リーダーになることによって人は「権力」を得ますが、権力には自己利益に走りやすくする側面があります。優れたリーダーでも、初めて権力を持つと、なんとなく鼻が高くなってしまうんですね。いろいろと優遇されているうちに、味をしめてしまうこともある。しかしリーダー自身は一生懸命なので、権力が自分を変えていることにはなかなか気付きません。
リーダーが権力の腐敗にのみ飲みこまれないようにするには、忙しさを理由にせず、日々内省しなければいけません。自分自身のリーダーシップの効果を図るひとつの指標は、部下の反応です。部下の様子をちゃんと見ていれば、自分が偉そうに振舞っていないか、メンバーの声に耳を傾けることできているか、常に部下からフィードバックをもらえているはずです。部下の反応もわからないようでは、リーダーの役割を果たしているとは言えません。
(5)信用(不信感)
最後に「信用(不信感)」ですが、「職場の関係性が壊れている」「職場の人間関係が苦しい」といった現場からの声をよく聞きます。信頼関係が低下しているケースの半数以上は「ある日(の出来事)を境に急激に悪化した」というもの。一般的に言われるとおり、信頼関係はあっという間に崩壊してしまうことがわかります。
ただし、中には崩壊しかけた関係性がV字回復したケースもあります。人間関係をやり直すために大事なのは、「ごめんなさい」と謝ること。研究の結果、上司と部下のように、力関係に格差があるときは、上司がどんどん謝らなくなっていくことがわかりましたが、間違っていたなら、上司も部下も「ごめんなさい」と言うべきです。そして、指示は極力絞って、かつ明確に伝えることです。
もう一つ言えるのは、「人間関係が良くなった」と話す部下の多くは大人の対応を取っている、ということ。心では「苦手だ、いやだ」と思いながらも自分から折れて明るく接するようにしたり、丁寧に接したり。そのうちに、上司もだんだんと歩み寄ってくれるようになります。
また、信頼関係を回復する上で影響が大きいのは、初期信頼です。最初がしっかりしていると、多少何かが起きてもリカバリーしやすくなります。
リーダーの役目は組織を見て個人を生かすこと
人間関係が円滑な組織とその組織を率いるリーダーには、どのような特徴があるのでしょうか。
ポイントは二つあります。一つは、リーダーが組織を見ていること。組織の全体と一人ひとりをきちんと見て、個人をどう生かすかを常に考えていることが重要です。私はスポーツ健康科学部の教授として大学スポーツも好んで応援して見ていますが、勝てるチームとなかなか勝てないチームがあります。敵チームだと見ることのできない部分も多いので推測も含まれますが、強いチームは、毎年練習の仕方や雰囲気が変わっているように感じます。
大学では、1年ごとにメンバーがどんどん入れ替わっていきます。新しいメンバーの強みを発揮させようとすると、結果として構成や動きが変わっていくのでしょう。一方、勝てないチームは新しいメンバーが入っても変わることなく、これまでと同じことをしているように見えます。これは、企業にも言えることです。新入社員も入ってきますし、異動もあります。メンバーが変わる都度、変化できているかどうかを意識しなければなりません。
二つ目は、何かアクシデントが起きたときに、人のせいにしないことです。どんな職場でもミスは起こりますが、うまくいっていない職場では、自分のミスの原因を必要以上に自分以外のところに求めがちです。何かの拍子にポロリと口をついて出てしまうその言葉は、自分ではなく、メンバーや会社、環境のせいだと言っているのです。しかし、人のせいにばかりしていると、次は相手も人のせいにするようになります。結果、お互いがいがみ合うだけで、改善の動きが見られない環境になってしまいます。
リーダーにも支配型や支援型などいろんなタイプのリーダーがいますが、重要なのはリーダーシップのスタイルではないんですね。
そうとも言えるかもしれませんね。基本的に、リーダーの指示が的確に部下に割り振られてその意味が十分に伝われば、どんなスタイルでもリーダーの評価は上がるはずです。上司が部下の仕事ぶりを褒めて成長を促すことについて言えば変革型リーダーシップでもあり、サーバントリーダーシップでもあります。しかし、普段は部下のことを見ていない上司からの褒め言葉であれば「なんだよ、俺のこと見てなかったくせに」と部下は思うかもしれません。同じ言葉でも、部下を見ているかどうかで評価は変わります。
新たにリーダーとなり、部下との関係をつくっていくとき、一番意識すべきことはなんでしょうか。
信頼関係の構築です。私がJR西日本で行った実験では、初対面の相手と出会ってから10分間で、相手が信頼できる人物かどうかを判断してしまうとの結果が得られました。さらに1ヵ月経つと、今後の関係性がどうなっていくかの見通しをもちます。最初のコミュニケーションで、その後の数年間、あるいは数十年間の関係性のベースがつくられてしまうのです。
新たなメンバーを部下として迎えるとき、その部下は緊張や不安、焦りをきっと感じています。リーダーはどんなチームにしたいのか、部下をどう育てたいのかを考えて臨むことが大事です。
関係性が悪くなってしまったときは、自分から折れて良い関係性まで持っていくことを目指すべきなのでしょうか。
人間であれば、苦手な人やどうにもソリが合わない人がでてくるのは仕方のないことだと思います。そういう場合は、コミュニケーションの目的を考えるべきです。仲良しになることを目的に会社に行っているわけではありませんよね。エンドユーザーによいものを提供することを目指しているはずです。その目的を実現するためには協力した方がいいと会社が判断したから一緒の空間にいるのであって、仲良くなることを目的にする必要はありません。
また、上司と部下の関係性が良くなればストレスは減りますが、関係性が良すぎるとストレスが増大する、というデータがあります。関係が良くなりすぎると、部下は上司の度重なる要求に何とか応えようとして、ストレスを生じさせてしまうのです。
良い関係だからこそ、上司は「ここまでやってほしい」と示さなければなりませんし、部下も「これ以上は無理です」と言うことが大事です。良い関係を築いていれば、そういった調整のやりとりも楽しくできるでしょう。
上司が権力を得るとうまくいかないことがあるのなら、組織の中ではなるべく権力を与えない方がよいのでしょうか。
権力とは、特権ではありません。リーダーがイノベーションを起こすために必要なものです。現代社会では、企業はイノベーションを起こし続けなければ存続できません。そのためには、変わることを恐れない企業風土と、明るさや前向きさを持つメンバーたちが集う場を作ることが重要です。
場を創出するには、「あの人の言うことなら聞いたほうがいい、聞こう」とメンバーが思えるような、権限と責任を持たされた存在をつくった方がスムーズに進みます。社内で何かを始めようとしても、いきなり大きなことはできませんし、社内に抵抗勢力も生まれやすい。そんなときは、メンバーを引っ張っていってくれる旗振り役の存在が重要です。
ネガティブ感情は人間に必要なもの
部下がネガティブな感情を持っているとき、リーダーはどのような姿勢でいるべきでしょうか。
部下を恐れてはいけません。私は毎年研究室に新しいメンバーを迎えるのですが、その学生のことをしっかりと見るようにしています。学生が私に失望する瞬間があるかもしれませんが、その瞬間を見逃してしまうと、絶対に良い結果にはつながりません。そういうことのないようにするには、私から飛び込むしかないと思っています。
良い関係を築くためには、「ありがとう」と言うことも大事です。お互いに前向きでいたいなら、「ありがとう」という言葉の方がいいと思います。
相手の不満顔を区別することも大事ですね。むっつりした顔には、意味がいくつかあります。一つ目は不満があるとき、二つ目は腹落ちしていないとき、三つ目はわからない(理解できない)とき。どれも同じ表情ですが、区別できなければ指導もできません。不満があるのなら吐き出させる必要があるし、わからないのなら、わかるようにリーダーが発しなければいけない。
不満は隠蔽されてしまうのでわかりづらいのですが、わからない(理解できない)ときの仕草は一人ひとり特徴があります。学生で言えば、授業中にだんだん身体が傾いていっていったり、ノートの文字を追い始めたり。そんなアクションが出てきたら、もう一度さらに砕いて説明するようにしています。
特に何かを指示したときには不満が生じやすいので、相手がどう感じているかは、確認しなければいけません。
自分のネガティブな感情と向き合うことが組織運営に必要だとわかりました。一方で、社会にはまだ「ネガティブな感情を持つべきではない」と考えている人もたくさんいると思います。
「どうしたらネガティブな感情をなくせますか」とよく質問されるのですが、ネガティブな感情はとても人間らしいものです。人間にそういう感情がなくなってしまうと、ロボットと同じになってしまうでしょう。
エモダイバーシティ(感情の多様性)の研究の中では、ポジティブとネガティブの両方の感情のグラデーションを心の中に持つ人ほど、ウェルビーイングも高く、病院にかかる回数が少なく、心身ともに健康だと言われています。ネガティブな感情は誰もが持っていますが、その部分はむしろ大事にすべきなんです。人生100年時代と呼ばれるほどの長寿社会の中で心と身体を保っていくためにも、ネガティブさは必要な感情ですから上手につき合いたいものです。
(取材:2022年1月20日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。