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多様化の時代だからこそ大事にしたい
職場における「わがまま」の効用

立命館大学 産業社会学部 准教授

富永京子さん

異なる立場の理解を後押しするデータの力

従業員のわがままは、どのように扱うのが望ましいのでしょうか。

ヒントは、日本企業の特性にあると思います。欧米企業と違い、日本の会社では人物が非常に重視されます。それ自体は決して悪いことではなく、仕事をアサインさせやすかったり、コミュニケーションを円滑にしたりといった作用をもたらします。しかし一方で、負の側面も知っておく必要があるでしょう。

それは、一つの意見を人物固有のものとして、ひもづけてしまうことです。例えば、「わがままを言う人は扱いづらい」というように。組織や社会を改善するはずの意見や発言が、人物の評価の側を規定してしまっている。

社会運動研究にも関連する知見があります。ハワイ大学のパトリシア・スタインホフは、日本の社会運動をめぐるフィールドワークを行い、人々が社会運動と活動家を同一視し、ネガティブな評価をする傾向にあると述べています。「社会運動をやっているヤツ=自分とは違う、社会から浮いた存在」というような。でも、今述べたことと同じ現象が、企業でも起こっているのではないでしょうか。例えば、「意見を言う社員=ヤバいヤツ」というように。

意見と人とのつながりが強いため、その人自身の職能と切り離して考えにくい、ということですね。

富永京子さん(立命館大学 産業社会学部 准教授)

そうですね。私の大学の教員たちがそれなりに「わがまま」でいられるのは、研究という仕事を通じて、その人の意見や発言と、職務能力や人柄との間に関連性がないと認識するトレーニングができているからではないかと思うことがあります。

しかし、一般企業は少し違うでしょうね。小熊英二さんの『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)などを読んでも、従業員たちが同じ空間にいて、共同で一つの作業をするのが日本企業のスタイルで、そこでは「ハーモニー」が重視されています。それを無視するのは現実的ではありませんから、「わがままを言う人は扱いづらい、一緒に働きづらい」といった見方をしてしまうのは、ある程度仕方のないことかもしれません。

そういった見方をうまくコントロールするには、何が必要でしょうか。

マイノリティーに関心を向けるきっかけとして、データを見せるのは有効かもしれません。データは社内のものに限らず、一般的なものでもいいと思います。

ポイントは、数字の解釈にとどめず、発想を広げることです。例えば日本の識字率は99%と言われていますが、100%ではありません。1%未満ですが読み書きに支障を来している人がいる。大事なのはここからで、「文字が読める」っていったいどういうことなのか、それはどれくらいの人ができているのかと考えてみるのです。学習指導要領程度でいいのか、それとももっと専門的なリテラシーが必要なのか。例えば外国人労働者も増えていますから、彼らの「識字」をどうとらえればいいのかと考えると、いろいろな世界が見えてきます。

言うなれば、データをきっかけに、データに現れない部分を想像することでしょうか。これを広げていくと、イスラム教徒の人たちはオフィスで礼拝できているのかな、トランスジェンダーの人たちはトイレに行くときどうしているのだろうと、「ふつう」のくくりでは見えないものが浮かび上がってくる。それは「わがまま」を理解する後押しとなるはずです。

理解が深まれば、自分とは異なる考えを持つ人との距離も近づきそうですね。

ただし、仲良くする必要はありません。むしろ仲良くならないほうがいいかもしれない。日本の社会では、なあなあで仲良くなり過ぎたために、わがままが言えなくなっていることもあると思います。あえて距離を置くことです。

大学では、教員の研究室が個室になっていて、ある程度の個別性は担保されています。しかし、教員同士に信頼関係がないわけではありません。距離を取ることで個別性・専門性を尊重するし、意見と能力を切り離して見る、という関係が成立しているから、一見「わがまま」であっても意見を言えるのだと思います。

個別性と距離の担保と、持続的な信頼関係は真逆の関係にあると思われがちで、相互を両立させるのはなかなか難しいと考えられるかもしれません。しかし「仲がいい」と「信頼している」とでは、少し違うところがあるのでしょうね。

確かにこれまでの日本の企業社会は、仲のよさと信頼を同一視している部分があったかもしれません。飲みニケーションなどは、その代表といえそうですね。

富永京子さん(立命館大学 産業社会学部 准教授)

先日、新卒で就職した卒業生が、「会社の飲み会が嫌だけれど、出なければいけない」と不満を漏らしていました。嫌なら出なければいいと思うのですが、「自分のいない空間で何を話されているのかわからない。何かあったら嫌じゃないですか」と言うのです。

陰口を言われるだけに限らず、面白い出来事ややりたい仕事、キャリアアップにつながるような機会がそこで生まれている可能性を思うと、嫌いな飲み会でも最後までつき合わないわけにいかない。でもよくよく考えると、飲み会で有益な情報のやり取りがなされ、キャリアに差がつくというのは、決して健全ではありませんよね。

確かに酒の席で従業員の人となりを知ったり、仕事への情熱に触れたりすることはあります。しかし、育児や介護で家に帰らなければいけない人、さまざまな事情でお酒を飲めない人など、飲み会に出られない人を排除したうえで成り立っている。飲み会が日本の成長を支えてきた側面はあるかもしれませんが、不健全な側面にも目を向ける必要がある。

日本の企業は、会社に対する忠誠とコミュニティー意識が高い分、暗黙のうちに起こっている排除に気づきにくいところがあるのでしょう。先ほど取り上げた『日本社会のしくみ』の中で、小熊先生は企業の透明性を高めることの重要性を説いていました。働く人の多様化が進んでいることからしても、飲み会や従来の催しを見直そうとする配慮も重要かもしれません。

キーパーソンが語る“人と組織”

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この記事ジャンル 組織風土改革

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