新日軽株式会社
売り手市場に負けない“人材獲得術”
例年になく厳しい採用活動が続いている。企業の採用意欲はバブル期を超えるとも言われ、採用計画の人員を確保でき ない企業が相次いでいる。特に学生にとって知名度の低い中堅・中小企業の採用は困難を極めている。こうした中、BtoB企業でありながら、さまざまな困難 を克服し、地道な活動で例年以上に採用を成功させている企業もある。その秘訣を新日軽の大島章嗣人事部採用・教育担当課長に聞いた。 (聞き手=ジャーナリスト・溝上憲文)
- 大島章嗣さん
- 人事部 採用・教育担当課長
おおしま・あきつぐ●1964年東京生まれ、埼玉に育つ。中央大学理工学部卒業。1990年新日軽入社。入社後、住宅用サッシの設計、ビル用サッシの設計、生産技術など技術系の仕事を経て、1995年人事部へ異動、現在に至る。人事部では、採用、教育に関する業務を責任者として担当し、他に給与、考課、人事制度企画・運用など人事業務全般に広く携わる。
人事の経験は長いのですか?
人事部に来て11年になります。最初は商品開発・設計の仕事を担当し、その後、生産技術の仕事に携わるなど技術系の道を歩んできましたが、気がついたらいつの間にか人事の仕事をやっていたという感じですね(笑)。もともとは教師志望だったのですが、社会人を経験してから教師になろうと思い今の会社に就職しました。しかし、人事部に来て採用や教育を担当したところ教師と似たような仕事であり、おもしろいなあと思うようになったのです。
今年は売り手市場ということで採用活動も大変だったと思いますが、思うような人材を採用できましたか?
例年なら当社の規模ですと新規学卒者は45人ぐらいが適正な人数ですが、今年(2007年4月入社)はいつもより多く49人採用できました。例年に比べて苦労したということはなかったですね。
何か新しい採用手法を取り入れたなど、秘訣があるんですか?
そうですね。実はきっかけがありまして、私は人事部に来て最初から採用を担当してきましたが、途中2年間は採用をやめていた時期があります。その後再開したのですが、急な再開で時期的にも一般的な企業では採用活動を終えている9月だったのです。しかも上は「10月ぐらいに内定式をやりたい」と言うし、わずか1ヵ月の間に20数人採用しなくてはなりませんでした。
通常の採用活動であれば、まず母集団を形成してその中から選考していくという方法が一般的ですが、そんな余裕もありませんし、募集ツールさえない。とりあえず社内報をかき集めてツールをつくって募集をかけました。母集団もなかったのですが、結果的には納得のいく人材を集めることができました。逆に会社からも「良い人材が集まった」と評価を受けましたね。
母集団が少ないほうが学生をじっくり見られる
今の採用活動においては、母集団を多く集めることが優秀な人材を獲得するうえで不可欠と見られていますが、必ずしもそうではなかったということですか?
そうです。母集団というのはそれほど必要なのかなと思いましたね。逆に母集団が少なければ少ないほど一人ひとりの学生をじっくりと見ることができる時間がつくれます。もちろん、翌年からは通常のスケジュールに従って母集団を形成しようとし始めたのですが、比重としては採用のプロセスを重視し、丁寧にしていこうというスタンスを強く打ち出し、深めていったのです。具体的には選考途中の学生と接触する時間を増やしました。人事部だけではなく、社員も接触し、内定後はほかの内定者との接触の機会を設けるようにしました。その結果、入社3年以内の離職率がゼロという年が2~3年続くという現象も生まれました。その後も母集団があまり多くないなかで一人ひとりに対する丁寧な対応をしてきていますが、その方法は間違いではないと確信するようになっています。
消費財を扱う業界と異なり、学生にとっては一般的に馴染みのない業界ですが、採用活動ではどのようにアピールしていますか?
当社はサッシやカーテンウォールを始めとするビルの外装部分の設計・製造・販売をしている会社です。したがってそれぞれの部門に必要な人材を採用しています。具体的には営業職、商品開発・設計職、生産技術職という3つの職種が中心です。採用にあたっては学生さんに対して「こういう職種がありますのでいつでも聞きにきてください」という姿勢で臨んでいます。学生さんにとっても、営業をやりたいのか、設計をやりたいのかなかなかわかりません。もし迷っているなら我々が相談に乗りますし、「実際に当社の社員に会って業務内容を理解してから決めてください」と、なるべく間口を広くして丁寧な対応を心懸けています。
確かにやりたい仕事とその仕事に向いているのかという適性を判断するのはむずかしいですね。
当社の一つの製品ができるまでにさまざまな分野の能力が必要になります。たとえば素材のアルミニウムの場合、インゴット(溶かした金属を鋳型に流し込んで固化させたもの)を溶かす作業では金属・化学系の知識が必要ですし、それを動かすのは機械ですから機械系の技術者も必要です。また、プロセスを管理するシステムエンジニア、電機系の技術者などいろんな学部・学科を出た幅広い人材が必要になります。その上で電機系の学部・学科を出たといっても商品開発の仕事がいいのか、製造現場の生産技術がいいのかとなりますと、やはり本人がどんな仕事をやりたいのか、最終的にどんな生き方をしたいのかという点が重要になります。これまでの人生を振り返り、どういう生き方が好きで、楽しいと感じるのか、あるいは嫌いなのかについて我々がしっかりととらえて、当社の組織のどこであればがんばれそうか、その人がハッピーになれるのか。情報提供を通じて学生さんの意見も聞きます。互いにキャッチボールしながら決めるようにしています。
というのは学生さんが「私は生産技術の仕事をやりたいです」と言っても、いろいろ話を聞いていくとどうも違うのではないかということもあります。本人の得意分野やキャリアに対するイメージを聞いて、「商品開発に向いているんじゃないの」ということも言います。実際の仕事のプロセスにおける楽しみや辛さを細かく説明して、どう思いますか?と相手に投げ返し、本人ができるだけ適正な判断をしてもらうことを優先しています。
学生に会社を評価してもらう「逆面接会」
たとえば面接などで工夫しているのはどんな点ですか?
まずはハードルを低くして、エントリーシートや書類での選別はしませんし、誰でも会社に来てくださいという姿勢を打ち出しています。そして面接では個別に面談しています。面接は3次までありますが、2次面接と3次面接の間に「逆面接会」というのを実施しています。これは学生さんに会社を評価してもらう場です。最前線の営業職のほか商品開発職や生産技術職など、それぞれの職種の若手から中堅までの社員に集まってもらいます。基本的には学生さん5人と社員5人ぐらいの構成で1対1で対峙して仕事の中身などについて評価してもらいます。席替えタイムを設けて5人の社員と個別に面談しますが、全体で2~3時間ぐらいの時間をかけています。先輩社員の話を聞いて間違いないと思えば、次の3次面接に進んでくださいと言っています。
学生もじっくりと話を聞けますし、社内の雰囲気も観察できますね。
ええ。会場も焼き肉屋なんです(笑)。アルコールを飲み、焼き肉を食べながらリラックスした雰囲気の中でやっています。そうしないとお互いに納得のいく情報交換はできませんし、できるだけ本音で話せるように工夫しています。夕方6時以降にスタートしますが、社員も定時以降なら出て来やすいですし、逆に、飲み放題・食べ放題ということで楽しみにしているようです。
実は学生さんだけではなく、社員にとっても若い学生さんとざっくばらんに仕事について話をしたり、触れあうことで刺激を受けます。新人当時を思い出し、リフレッシュすることができ、結果的に社内の活性化につながる場にしたいという思いもあります。
学生にとっても人事担当者から話を聞くより、社員に聞いたほうが本当の情報を知ることができますね。
そうなんです。人事は嘘つきだから信用しないようにと私も言っています(笑)。嘘をついてもどうせ後からわかりますしね。最初から仕事の大変さや辛いこと、いい面など実態を理解したうえで本人に決めてもらうことが大事だと思っています。
なるほど。決して母集団の数に頼らないで、学生との接触の機会を増やした丁寧なやり方が採用活動では有効ということですね。他社も工夫の余地がありますね。
でもほかの会社で、母集団を減らすことはかなり勇気が必要です。基本的には採用基準を設けて会社が選考するという姿勢をとっている限り、この方法は難しいのです。母集団を多く集めても、面接できる人間は限られています。結果的に何らかの方法で落としていくことになりますが、これが果たして適切なのかという疑問が前提として我々にはあります。エントリーシートや筆記試験だけではその人を見極めることはできません。今後いくらすばらしい試験方法が開発されても、難しいでしょう。逆に試験だけの選考では多様性のある人材を求めたくても求められるはずがないと思っています。
極端にいえば45人の採用枠なら45人の学生が訪れ、全員がこっちを向いてくれる人であればいいのです。向いてくれれば選考する必要はありません。採用というのは、会社と本人の相性をチェックする仕事だと思っています。また、そのように割り切らないと、母集団を少なくするのは非常に怖いと思いますね。当社はそれを一回やらざるをえませんでしたが、その経験を経たことはラッキーだったと思っています。
母集団に頼らない方法として、ほかに工夫していることはありますか?
今年は去年と比較して母集団自体は減りましたが、採用者数は増えました。理由の一つは多くの大学で1月から2月に開催されるセミナーに積極的に参加したことです。セミナーでは基本的に会社の説明をしません。私ともう一人の人事部の人間と2人で学生さんのいろんな悩みを聞いて答えてあげるという活動を丁寧にやりました。
あえて会社の説明をしないことがコツなんですか?
以前は行っていたのですが、やめました。完全に“就活悩み相談会”に徹して、ちゃんと質問に答えてあげるようにしたのです。結果的にそれが学生さんの受けがいいのです。当社はそれほど知名度はありませんが、なぜかうちのブースに学生さんが集まって来ますし、隣のブースは真剣な雰囲気ですが、うちだけは皆笑っている(笑)。そうした活動を積み重ねていくことで、学生さんにこういう情報を提供すれば喜ばれるなど我々にも勉強にもなりますし、次のセミナーに活かすようにしています。
社員も参加する2泊3日の内定者研修
社員の定着率が高いということですが、定着してもらうためにどんな工夫をしていますか?
入社前の段階からいろいろやっています。まず学生さんに対して工場見学会を実施し、8月には2泊3日の内定者研修を行っています。8月の研修では学生さんがキャリアを考えるときに、当社ではこういうキャリアを形成できるとか、実際にこういう社員がいますという事前学習も含めた情報提供を行ったうえで、社員も呼んで集合研修を実施します。研修だけではなく、最終日は花火の打ち上げ時期に合わせて、学生と社員が飲みながら花火見学をするイベントを設定し、感動のうちに終わらせるように工夫しています。先輩も交えて皆で見たという思い出づくりにもなります。
その後も個別に都合5~6回の面談を行い、本人の希望を踏まえてどんなキャリアを積んでいきたいのか、どんな生き方をしたいのかについて聞いています。それを踏まえて具体的にどんな職場がふさわしいのかをつめて、10月には大体の配属先がわかるようにしています。そして内定式後の10月には「キャリアサポートスクール」と呼ぶ研修も行っています。自分のキャリアをしっかりと考え、当社のなかでどんなキャリアを積んでいけばいいのかを考えてもらい、研修では社長を呼んでプレゼンテーションを行う場も設定しています。
入社後の研修でもフォローしているのですか?
4月に新入社員研修を行うほか、10月に3泊4日のフォローアップ研修を行っています。もちろん同期同士で連絡を取り合って相談もしていますが、それだけでは十分ではないので半年後に研修を設定しているのです。全員と個人面談をして問題があれば解決の手助けをするようにしています。入社前は皆それなりの意欲と決意で臨みますが、やはり半年後というのは仕事がうまくいかないといった悩みも出てくる時期です。研修で同期が集まると自分一人だけと思っていた悩みを多くの仲間が抱えていることもわかりますし、互いに共感できる場として効果はありますね。
入社半年後といえば、いわゆる第二新卒の“発生源”ともなる時期ですが、上司を含めた職場でのフォローにも気をつかっているのですか?
今年ぐらいからしっかりとフォローする仕組みを構築しつつあります。まず半年後の研修を境に事前および事後の面談を実施し、事後に関しては面談シートを提出してもらいます。その後、ビル、住宅、エクステリア、素材の4つの各事業本部のナンバー2の企画部長会議で状況について報告。問題点について口頭で説明するとともに、各部門においてもサポートの徹底をお願いするようにしています。また、マネジメント研修の際に、現在の問題点などについてもフィードバックしています。
また、来年3月からメンター制度の導入も予定しています。上司が任命した職場の先輩社員を対象にメンター研修を実施し、新人のモチベーションを高めたり、フォローする役割を担ってもらうことにしています。職場にはもともと新人を大事にする雰囲気はありましたが、職場によって対応能力が違いますし、もう少し職場ごとのフォローのレベルを平準化したいという思いがあります。
研修の目的はメンターとしてのスキルアップもありますが、やはり職場として新入社員を迎えるんだという意識・姿勢をしっかりと持ってほしいという思いがあります。そのため、メンターはそこで学習したことを上司にしっかりと報告するとともに、新人が研修を経て配属される5月までに職場でロールプレイングをしてもらうことにしています。たとえば上司である課長クラスが新人役となり、皆の前でメンターとのやりとりをしてもらう。課長自身も勉強になりますし、メンターのスキルチェックもできます。それを通じて職場のコミュニケーションの活性化につながることも期待しています。新人研修を終えて、5月に配属される新人を迎えるための心の準備をやってもらおうと考えています。
以前の日本企業なら入社後は先輩社員のやり方を見よう見まねで盗みながら、いわば自然に育つという雰囲気がありましたが、今はメンタル面を含めて会社として細やかなフォローをしていく必要があるということでしょうか?
今、大学生を含めた若い世代に対して、ストレス耐性が低いとか、ひ弱であるとかという言い方がされていますが、私は決して彼らの責任ではないと思っています。問題なのは彼らを鍛える場がなかったからなのです。彼らは同世代の人以外とはあまり会話をせず、またクラブ活動よりも勉強を一生懸命にやってきた世代です。その中で人と対立する経験自体が少ないまま育ってきたのではないでしょうか。
そういう環境で育った人間に「お前はストレス耐性がない」と言うこと自体が間違っています。会社としては、ストレス耐性がないという前提で育成していくことが大事です。そうした手助けは我々にも十分できる余地はありますし、現行の学校教育体制でできないとすれば、それを引き継いだ企業が受け持つしかないと考えています。自社のためだけではなく、社会のために企業が果たすべき役割ではないでしょうか。そうしなければ優秀な人材も育ちません。
社会が悪い、学校教育が悪いと企業が言っていてはいけない。学校ができないのなら我々がやりますという意志をしっかりと持って、企業が若い人たちを引き継ぐことが重要だと考えています。
取材を終えて 溝上憲文
就職戦線は相変わらず「売り手市場」であるが、いかに優秀な学生を獲得するかという“厳選採用”の基本方針は各社共通している。従来型の広告媒体やネットを通じて大量の母集団を形成し、そこから優秀な学生を選別する手法が一般的だが、逆に同社のように母集団を数多く集めることよりも、一人ひとりの学生に門戸を大きく開き、接触の時間を増やすことで企業と学生の“相性”を見極めることを重視する企業もある。結果的に優秀な人材が集まっているとのことだが、こうした手法は100人以下の少数精鋭の採用を目指す企業にとっては有効だろう。
また、最近の学生は情報が氾濫しているといっても企業内部の生の情報に飢えている。ネット上の情報だけではなく、人と人との接触の機会を通じて本当の情報を提供することが企業理解に直結し、ひいては離職率の低下につながるという話も傾聴に値する。
(取材は2006年12月15日、東京・品川区大崎のオフィスにて)
みぞうえ・のりふみ●1958年、鹿児島県生まれ。明治大学政経学部を卒業後、月刊・週刊誌記者などを経て現在フリー。新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に『隣の成果主義』(光文社)、『超・学歴社会』(光文社)、『「トヨタ式」仕事の教科書』(プレジデント社、共著)、『人事管理の未来予想図』(労務行政研究所、共著)など。近著に『団塊難民』(廣済堂出版)。日本人材ニュース編集委員も務めている。