「ワーク・エンゲイジメント」―組織を元気にする“攻め”のメンヘル対策
東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野准教授
島津 明人さん
メンタルヘルスは企業のパフォーマンスに直結する経営資源
個人資源と仕事の資源がともに充実し、ワーク・エンゲイジメントが高まると、組織や個人にはどのようなメリットがもたらされるのですか。
そこが肝心なところですね(笑)。先行研究によれば、ワーク・エンゲイジメントが高い人は、心身ともに健康なだけでなく、仕事に前向きに取り組む、自発的に行動する、職務や職場への満足感が高いなど、組織の活性化や生産性向上に資する傾向を示すこともわかっています。たとえばあるファストフードチェーンでの調査では、従業員のワーク・エンゲイジメントが高い店舗やチームほど、売上げが上昇したというデータが出ました。ホテルやレストランにおいても、施設内の従業員のワーク・エンゲイジメントの高さと、利用者の満足度の高さに相関関係がみられたという報告があります。こうした客観的事実を見るにつけ、経営者や人事労務部門の方には、働く人のメンタルヘルスが企業の業績やパフォーマンスを左右する重要な経営資源でもあることに、もっと注目してほしいと思いますね。
ワーク・エンゲイジメントを実現した職場では、バリバリ働くことができ、ストレスもない。個々の心身の健康度と、組織としての生産性やパフォーマンスが両立するわけですね。
図2が示すとおり、その両立こそが、「職場の活性化」ということだと思いますよ。でも、いまの日本企業に案外多いのは、図の左上の「疲弊予備軍組織」かもしれませんね。全員が働きに働いて、数字は上げているけれど、ストレスフルで胃薬が手放せないという職場(笑)。体育会系のノリで、ワーカホリックの社員も多そうです。ストレスは少ないけれど、活力にも乏しいという沈滞した職場もこれまでにたくさん見てきました。縮小が決まっている事業所や、組織全体の中で存在価値を過小評価されている“縁の下の力持ち”的な部署によく見られる傾向です。こうした職場のワーク・エンゲイジメントを高めるには、トレーニングの機会やパフォーマンスに対する正当な評価といった「仕事の資源」を充実させる対策が必要になってくるでしょう。
社員のワーク・エンゲイジメントを高めて、誰もが活き活きと働くことのできる職場環境をつくるために、人事部門はどのような支援を行っていけばよいのでしょうか。
正直なところ、人事部門の方は、メンタルヘルスというと医療の問題という先入観があるからか、やや腰が引けてしまうんですね。でも、今回お話ししたようなポジティブな視点、経営寄りの視点を持って取り組めば、果たすべき役割はきわめて大きいと思います。たとえば人事部門でよく行われるマネジメント研修やコーチング研修に、産業保健部門と協調してメンタルヘルスの知見を盛り込むのも有効です。とりわけ現場のキーパーソンであるミドル層の適切なマネジメントは、職場の活性化や部下のパフォーマンス向上に役立つだけでなく、彼らのメンタルヘルスの改善にも効果があることが分かっています。個人の資源と仕事の資源の両者を充実させて、ワーク・エンゲイジメントを実現するためには、人事部門と産業保健部門の積極的なコラボレーションが欠かせません。
(取材は2011年2月17日、東京・文京区の東京大学にて)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。