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「ワーク・エンゲイジメント」―組織を元気にする“攻め”のメンヘル対策

東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野准教授

島津 明人さん

“仕事と個人とのポジティブなかかわり”を失業率20%超の国に見た

これからの職場に必要なメンタルヘルスとは何か。そこをもっとポジティブにとらえ直していこうという発想の転換ですね。

島津 明人さん Photo

企業間競争の激化と厳しい雇用情勢との板挟みで、日本の多くの職場はひっ迫しています。最小の人数で最大の成果を上げなければならず、一人ひとりが過重な負担を強いられている。その割に給料は上がらず、ポストも減り、頑張っても報われにくい。労働に対し、経済的にも心理的にもさまざまな見返りがあった高度成長期やバブル期とは比べるべくもないでしょう。

こうなってくると、単に「病気でなければ健康」と見なす従来の消極的な健康観や、それに基づいてストレスや不調をなくすことに重点を置いてきた“守り”のメンタルヘルス対策では、個人も、組織も生き残っていけません。少ない人数で最大の成果を生み出すためには、ストレスを減らすのはもちろん、その人の強みを伸ばしたり、意欲を活性化したりして、もっと活き活きと自律的・効率的に働いてもらわなければならない。“攻め”のメンタルヘルス対策が求められるゆえんです。これからのメンタルヘルスとは、病気がないだけでなく、その一歩先へ進める心のありようだと、私は考えています。

その心のありようを理論化したものが、仕事と個人とのポジティブなかかわりを表す「ワーク・エンゲイジメント」。メンタルヘルス活動の新指標として注目されていますが、先生がこの考え方に出会われた経緯をお聞かせください。

以前から、ポジティブなメンタルヘルス対策の可能性について模索していたのですが、その思いに確信を与えてくれたのが、留学先のオランダで出会った「ワーク・エンゲイジメント」です。提唱したのは、私が2005年から客員研究員として師事したユトレヒト大学のシャウフェリ教授。彼はもともと「バーンアウト」(燃え尽き症候群)の研究で有名な人ですが、たまたま休暇でスペインのバレンシアを訪れたとき、当地の海岸でこの新しい研究テーマにつながるインスピレーションを得たそうです。スペインは景気が悪く、失業率も20%超と先進国としては異常に高い。にもかかわらず目の前の誰もが明るく、楽しそうに働いている。シャウフェリ教授はそんな人々を見て、ネガティブなバーンアウトだけではなく、働くことからもたらされるポジティブな情動にも目を向けるべきだとひらめいたんですね。スペインにルーツをもつワーク・エンゲイジメントは、こうしてバーンアウトの真逆の状態、対概念として提唱されました。

具体的に、どのような状態を指すのでしょうか。

仕事に誇りややりがいを感じている「熱意」、仕事に熱心に取り組んでいる「没頭」、仕事から活力を得て活き活きしている「活力」――この三つの要因がそろっている状態を「ワーク・エンゲイジメントの高い状態」と定義します。図1の関連概念と比較すると、イメージがつかみやすいでしょう。対概念であるバーンアウトに陥ると、仕事への意欲や関心、自信を失って、疲弊しきってしまうのに対して、ワーク・エンゲイジメントの高い人材は活力にあふれ、積極的に仕事にかかわるという特徴があります。しかし仕事に熱心で、没頭している状態は、「ワーカホリズム」(仕事中毒)の人にも見受けられますね。ワーカホリズムは、ワーク・エンゲイジメントと似て非なるものなんです。

図1:ワーク・エンゲイジメントと関連概念

ワーク・エンゲイジメントを高める「個人の資源」「組織/仕事の資源」とは

ワーク・エンゲイジメントと、似て非なるワーカホリズムでは心理的なメカニズムが違うのですか。

図1を見てください。見た目は同じように仕事熱心でも、なぜ熱心に取り組むのか、両者の理由(動機)を比べるとその違いは明らかです。ワーク・エンゲイジメントの高い人は、その仕事が「好きだから」「楽しいから」といった理由で前向きに取り組むのに対して、ワーカホリズム傾向の人は、仕事をしていないとどうにも落ち着かないため、しかたなく没頭していることがわかります。この心理的なメカニズムは、アルコール依存症やギャンブル依存症など、さまざまな依存症のメカニズムと共通するもので、心身の健康を害し、仕事・私生活への不満を助長するほか、パフォーマンスの低下も招きますから、現場の管理監督者や人事労務担当者には“見かけの熱心さ”に惑わされないよう注意してほしいですね。

では、正真正銘のワーク・エンゲイジメントを高めるためには何が必要でしょう。

島津 明人さん Photo

ワーク・エンゲイジメントは、「個人の資源」と「組織/仕事の資源」と呼ばれる二つの要素によって決まります。個人資源とは、心理的ストレスを軽減したり、モチベーションをアップさせたりするための原動力となる、その人自身の内的要因のこと。楽観性や自尊心、自己効力感などがこれに含まれます。

とくに重要なのが「自己効力感」です。新しい課題にチャレンジする際、「できそうだ」「きっとできる」と思える見込みや自信の源になるもので、オバマ大統領のいう“Yes, I (We) Can!”のような感じでしょうか(笑)。この自己効力感が強い人は、何事にも前向きに取り組むことができますから、いろいろな知識を学べ、成功体験も得やすいんです。すると、仕事が楽しくなって活き活きするし、自己効力感もさらに高まっていく。小さくてもいいから、自分自身の努力で成功した体験を積むことが、自己効力感を鍛える最大の原動力になるんです。

「個人資源」を、自分でアップさせることができるんですね。

もちろんできます。ロールモデルを設定するのも効果的だと考えられています。ただ、誰をモデルにするか、選び方には留意しないといけません。会ったこともない憧れのスーパーヒーローはロールモデルになりにくい。自分よりも少しキャリアが上で身近な先輩や上司など、ちょっと頑張れば手が届きそうな目標を設定するといいでしょう。そのメリットは、どんな努力がどういう結果につながっていくのかを間近で学べることにあります。

エンゲイジメントを決定するもう一つの要因、「組織/仕事の資源」についてはどうでしょうか。

仕事の負担を減らす・仕事の負担の悪影響を緩和する・モチベーションを高める、この三つの役割を果たす組織内の有形・無形の要因を「仕事の資源」(組織資源)と呼びます。具体的には上司・同僚のサポート、仕事の裁量権、パフォーマンスに対する評価、トレーニングの機会などがこれに当たります。この仕事の資源と個人資源には密接な関係があり、仕事の資源が充実すると個人資源もアップします。さきほど、自己効力感を鍛える最大の原動力は成功体験だといいましたね。これもメンタルヘルス対策としては、その人自身の努力だけにまかせず、本人がうまく成功体験を積めるように、また仮に失敗してもそこから何かを学べるように、周囲の上司や同僚がサポートしてあげるべきなのです。

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この記事ジャンル メンタルヘルス

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【用語解説 人事辞典】
ボアアウト(退屈症候群)
ワーク・ファミリー・コンフリクト
緑視率
出向起業
経路依存性
チャンクダウン、チャンクアップ
OARR
リフレーミング
DESC法
ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチ