「配転命令権」行使の有効性判断が必要
人事異動に応じず、従来の職場に出勤する社員への対応
ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士
山田 亨
(3)配転命令権の行使が有効であると判断される場合
1. 会社がとりうる対応
配転命令権の行使が有効であるのに社員が命令に従わず従来の職場への出勤を続ける場合、会社としては職場の規律を維持し、他の社員への業務が阻害されたり、社員の士気が低下したりといった悪影響を防ぐため、以下のように毅然とした姿勢で対応することが必要です。
(ア)従来の職場の貸与品で、配転先では不要となるものの回収
例えば各職場によりセキュリティカードが異なっており、配転先では従来のカードを持つ必要がない場合は、カードを取り上げることにより従来の職場への出勤を防ぐことができます。また、各職場によりPC端末が分別管理されている場合は、端末を取り上げることによって、従来の職場のシステムへのアクセスを防ぐことができます。
(イ)人事担当者等からの新しい職場への出勤の督促
有効な配転命令は、業務上の必要性に基づいていますから、社員が配転先に出勤しないことによって配転先の業務に支障が出ることになります。将来ありうる懲戒処分の相当性要件を充足するためにも、その旨を社員に知らせ、新しい職場に出勤して職務を遂行することを命ずることが必要です。複数回繰り返して督促するのが通常です(なお、前記の通り、懲戒解雇をちらつかせて督促することは、強迫ととられるおそれがあるので注意が必要です)。
(ウ)自宅待機命令
従来の職場への立入り自体を防ぐことが難しく、職場に出勤して会社を誹謗中傷する発言をするなど、職場の秩序を乱すことが合理的に懸念される場合には、懲戒処分を下すに先立ち、自宅待機命令を出すことが考えられます。
労働法上、社員には就労請求権は認められていませんから、会社は、業務上合理的な必要があれば自宅待機命令を出すことは可能です。ただし、事故や不正行為再発の防止等、自宅待機命令を出すことがやむを得ないと認められる事情が存しないときは、賃金は支払う必要があります(名古屋地判平成3年7月22日(日通名古屋製鉄事件)等)。
(エ)懲戒処分
有効な配転命令の拒否は、不当かつ重大な業務命令違反ですから、懲戒処分に相当する行為です。しかし、周知の通り裁判所は解雇処分の相当性については慎重な判断をしますので、単に数日間従来の職場に出勤したというだけであれば、懲戒解雇の相当性が認められるかは疑問があります。
したがって、社員があからさまな服務規律違反行為や業務妨害行為を繰り返す等の事情がなければ、賃金の支払停止を伴う出勤停止処分とするに留め、出勤停止明けにも拒否を続けるようであれば、諭旨解雇または懲戒解雇処分とするのが相当でしょう。
(オ)刑事告訴
セキュリティカードを取り上げたにもかかわらず、無理やり従来の職場に侵入したり、従来の職場で他の社員の職務遂行を故意に妨げたりする行為を執拗に繰り返すときは、相当な懲戒処分(懲戒解雇)とともに、威力業務妨害や住居侵入で刑事告訴することを考慮することになります。
(カ)民事訴訟
配転命令拒否を契機として解雇処分を行っても、なお元社員が配転命令の無効等を主張してくるときは、会社側から雇用関係地位不存在の確認請求訴訟を提起することができます。
また、社員の拒否行為に起因して会社に損害が生じたときは、不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができます。
2. 社員がとりうる手段と会社の対策
配転命令を拒否する場合、社員にも何らかの主張があり、それを会社が聞き入れてくれないという不満を持っているのが通常ですので、社員のイニシアティブで法的な対抗手段を講じてくることがあります。典型的には、次のような裁判が提起されます。
- (ア)配転命令無効確認請求訴訟
- (イ)(解雇処分を受けた場合)地位確認請求訴訟
- (ウ)地位保全仮処分
- (エ)賃金支払請求訴訟
しかし、有効な配転命令についてこれらの裁判が開始されたとしても、弁護士に委任するなどして手続きを追行すればよく、裁判の係属中であるか否かにかかわらず、社員の不当な行為に対して適切な対処をすることに変わりはありません。
また、新たに組合に加入し、または従来から加入している組合を通じて、団体交渉の申入れをしてくることがあります。そのうえで、会社側の配転命令やこれに関連する懲戒処分等を不当労働行為であるとして労働委員会に救済を申し立てることもあります。
この場合も、原則論に従って、義務的団交事項であれば誠実に交渉するが、不当な圧力(例えば配転命令が組合つぶしを目的とした不当なものであるから撤回せよといった言いがかり)には屈しないという姿勢で臨めばよいことになります。
やまだ・とおる ● 1990年東京大学法学部卒。1992年司法研修所修了(44期)、弁護士登録(第一東弁護士会)。1997年ハーバード・ロースクールLL.M.修了 (フルブライト奨学生)。1998年ニューヨーク州弁護士登録。現在、外国法共同事業ジョーンズ・デイ法律事務所パートナー。著書に「有限責任事業組合 (LLP)の法律と登記」(日本法令・共著)等がある。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。