「女性の活躍」の土台を築く「男女間賃金格差の解消」
~女性の老後のリスクマネジメントにも
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
「女性版骨太の方針」と言われる今年の「女性活躍・男女共同参画方針」原案に、新たな目標が追加され、6月5日の男女共同参画会議で提案された。その内容は、グローバル企業を対象とした東京証券取引所の「プライム市場」上場企業に対して、2030年までに女性役員の比率を30%以上にするよう目指すというものだ。企業に多様性を持たせることで、イノベーションや事業変革を促し、引いては日本経済の発展を目指すという。近年、国内の機関投資家も、女性取締役がゼロの企業に対して厳しい姿勢で臨むようになっているといい、この流れに応えるものだ。筆者としても、政治経済の主要な場で女性リーダーを増やすことは、硬直的な組織運営に風穴を開け、社会全体の男女役割分担意識を変える契機になると期待している。しかしもう一つ、今年の女性版骨太の方針の中で、筆者が注目している項目がある。働く人の男女間賃金格差について、公表を義務付ける対象企業の拡大を検討するとしたことだ(図表1)。
そもそも日本は男女間賃金格差が大きい。厚生労働省の「令和4年賃金構造基本統計調査」によると、男性労働者の月の平均賃金が約31万円であるのに対し、女性は約26万円であり、女性は男性の76%に留まっている 1。過去20年間で、男女差は約10ポイント縮小したものの、G7諸国と比べても格差が大きい。日本では、女性はパートや契約社員などの非正規雇用が多いためだが、正規雇用だけを比べても、男女間には格差がある 2。
図表2に、日本を含むG7と韓国の男女間賃金格差の推移を示した。各国において、男女間の賃金差が、男性の賃金の何%に相当するかを示すもので、グラフの上に行くほど格差が大きい。日本(赤色)は韓国(緑色)と比べると差が小さいが、他のG7諸国に比べると差が大きいことが分かる。
このような状況を打開しようと、「女性の活躍」を国の成長戦略に盛り込み、最重要課題に押し上げたのが第二次安倍政権だ。政府は2003年から「女性の管理職比率30%以上」を目標に掲げていたものの、進捗していなかったため、安倍首相(当時)が自ら旗振りをして、大企業に女性活躍に関わる計画策定や情報開示を義務付ける女性活躍推進法を2015年に成立させた。経済界もこれに応じて、女性社員の管理職登用を急いだ。
しかし、女性の雇用全体を見れば、非正規雇用が過半数を占めていることなどから、「既に活躍している一部の女性を一層、輝かせるだけ」「女性労働者の間に格差が広がる」といった批判も出された。企業の現場でも、何とか「初の女性役員」「初の女性管理職」を達成したものの、登用されたのは未婚や子がいないために長時間労働が可能な女性だけで、後に続く女性人材が足りない、育児との両立を希望する女性のロールモデルにできない、といったケースがあったのではないだろうか。
それに対し、2022年施行の改正女性活躍推進法では、常用労働者301人以上の大企業に対し、「男女間賃金格差」の公表が義務付けられた。今回の女性版骨太の方針原案は、その対象を常用労働者101人~300人の企業にまで拡大することを検討する、というものである。
男女間賃金格差の解消は、一部の優秀な女性社員を管理職登用するだけでは解消しない。女性社員が出産後に退職したり、基幹的なキャリアコースから外れたりすることを防ぐなど、女性社員全体が、ライフイベントを経ても働き続け、男性同様にキャリアアップしていけるように、雇用管理や人事制度全体を見直す必要がある。
そのためには結局、長時間労働や転勤制度の見直しなど、男性を含めた職場全体の働き方を見直さなければならなくなる。「男女間賃金格差の解消」は企業にとって、抜本的に業務見直しと働き方改革を迫る、ハードルの高い指標と言える。逆に、それが達成されれば、キャリアを積み、スキルを培った女性人材が企業に蓄積され、女性管理職も増えていくだろう。「男女間賃金格差の解消」は、女性活躍の土台を築き、企業の事業変革に資すると期待できる 3。
ただし、筆者が「男女間賃金格差の解消」を重要視しているのは、このような企業活動や経済に寄与するためだけではなく、当然ながら、女性自身の生活水準を守る指標になるからだ。現役時代の賃金が安定すれば、老後の年金も充実し、安心した老後の暮らしにつながるためである。
年金の受給金額は基本的に、現役時代の賃金と勤続年数(保険料を納めた期間)によって決まる。したがって現在は、国内の男女間賃金格差と勤続年数の格差が、老後の男女間年金格差を引き起こしている。
厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業年報」(令和3年度)によると、厚生年金保険受給権者の平均年金月額は、男性が16万3380円に対し、女性が10万4686円と、女性は男性の3分の2に過ぎない。勿論、受給額には個人差があるが、金額別の分布を見ても、違いは明らかである(図表3)。図表の左右(男女)で山の形は非対称となっており、男性(青色)のピークは「17~18 万円」であるのに対し、女性(赤色)のピークは「9~10万円」である。
同年報から厚生年金の保険料を納めた期間を見ると、男性の平均加入期間443か月(36年11か月)に対し、女性は337か月(28年1か月)と、やはり女性は男性の4分の3である。
女性の中では妊娠や出産を機に会社を退職し、子が成長した後に再就職するパターンも多いが、仮にフルタイムの仕事に再就職できたとしても、トータルの加入期間は短くなる上、キャリアの中断によってその後の賃金アップが抑制されれば、年金水準も抑制されることになる。パートなどの非正規雇用で再就職すると、さらに年金水準は低くなる。
「夫が仕事、妻は家事育児」という固定的な性別役割分担意識が強かった時代には、男女間の賃金格差も、年金格差も、所与の物として受け止められていたのかもしれない。妻の賃金(年金)が低くても、夫が高水準の賃金(年金)を得ているなら、家計には支障がないという見方もできる。しかし、先進諸国ではジェンダーギャップは公正、公平に対する課題だとみなされる。家庭の中で女性が弱い立場に置かれることを防ぐためにも、女性の賃金水準と年金水準を引き上げ、女性の経済的自立を促していくことが重要ではないだろうか。
今から3年後の2026年には、採用や昇進での性差別を禁止した男女雇用機会均等法施行から40年、女性活躍推進法施行から10年を迎える。女性活躍推進法は10年間の時限立法だが、図表2で示したように、日本の男女間賃金格差の縮小ペースは緩やかであり、法の趣旨が実現するまでには当分、時間がかかりそうである。ここから「男女間賃金格差」という女性の雇用に関する根本的な課題に取り組むことで、女性人材の採用、育成、登用という持続的なサイクルにつながり、女性個人も、より安心できる老後を迎えられるようになるのではないだろうか。
1 同調査では、「賃金」は所定内給与額であり、所得税などを控除する前の金額。残業代は含まれない。
2 坊美生子(2023)「『106万円の壁』だけではない主婦の就労を妨げるもう一つの壁~働いても老後の年金には男女格差」(研究員の眼)
3 ただし、企業によっては「男女間賃金格差の解消」だけ女性活躍の土壌を整えたと言いきれない場合もある。例えば男女間賃金格差が小さくても、そもそも女性従業員の比率が低ければ、女性が働き続けることが難しい職場だという場合も考えられる。従って、様々な指標を用いて状況を把握していく必要がある。
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