法的な要件と労使双方の要望を満たす
定年後再雇用の労働条件と賃金設計
社会保険労務士
川嶋 英明
3 労使双方が納得する雇用のあり方とは
以上を踏まえて、定年後再雇用について労使双方が納得する雇用のあり方について、考えていきたいと思います。
<1>全体の方針
定年後再雇用者の労働条件を決めるうえでは、一貫性を保つため、あらかじめ全体の方針を決めておく必要があります。以下では方針を決めるうえで考慮すべき事項をまとめました。
① 会社側が考えるべきこと
年功序列型賃金により勤続年数および年齢により給与が上がる一方、判例により賃金を引き下げることが難しい日本の伝統的な賃金制度のなかで、再雇用制度は高齢労働者の人件費をリスクなく引き下げられるため、会社側の需要にマッチした制度だったといえます。加えて、長澤運輸事件の最高裁判決は、こうした制度を概ね肯定するものでした。よって一部見直しさえ行えば、ほぼこれまで通りの再雇用制度を利用することも可能です。
しかし、在職老齢年金と高年齢者雇用継続給付金の額から再雇用後の賃金を決定するというのは、職務や職責、成果と賃金の関連性がないことから、高齢労働者の労働意欲を奪う可能性があり、高齢労働者の離職や生産性低下のリスクがあるといえます。昨今の慢性的な人手不足に加え、近い将来、5人に一人が60歳以上の高齢労働者になると言われているなかで、法的義務を果たすための高齢者雇用、いわゆる「福祉的雇用」をいつまでも続けていて本当によいのかどうかは考えておく必要があります。
逆に、高齢労働者を戦力として考え、それに応じた賃金を支払う場合、賃金の引下げというリスクを冒す必要がなくなる一方、その原資をどうするのか、他の正社員とのバランスをどう取るのかという問題が出てきます。
② 労働者側の需要
平成30年版高齢社会白書の中で、現在仕事をしている60歳以上の人たちに「あなたは、何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいですか」と質問したところ、9割を超える人たちが最低でも「65歳くらいまで」働きたいとし、そのうちの4割以上は「働けるうちはいつまでも」と答えました。
このように、現代の高齢者の就労意欲は非常に高くなっています。ただし、就労意欲が高いといっても現役並みに働きたいという人もいれば、働く意欲はあっても健康上の理由や家族の介護といった理由でペースは抑えたいという人もいるはずです。また、せっかくもらえる年金を減らされたくないという人もまだまだいると思われます。
③ 考えられる方向性
以上のことから、会社として定年後再雇用者に提案できる働き方は「福祉的雇用」と「戦力としての雇用」の二つが基本となります。仮に労働者側の要望を基に定年後の労働条件を決めるにしても、会社としての軸はどちらなのかは決めておかないと、制度設計自体が困難となります。
よって、会社としては定年後再雇用のプリンシプル(原理原則)を固めたうえで、労働者個々の能力や健康状態、家庭の事情、今後のキャリアプランに関する要望を踏まえて労働条件を決めていくことが最善かと思われます。
- 会社の方針を決定
- 福祉的雇用
- 戦力としての雇用
- 労働者の要望を勘案
- 現役並に働きたい
- 家庭の事情
- 健康状態
- 年金 etc
- 労働条件を決定
<2> 個別の労働条件
全体の方針が決まったら次は個別の労働条件についてです。「福祉的雇用」のほうが法的に問題となりやすい部分が多いこと、「戦力としての雇用」の観点から見た場合でも最低限の労働条件と見ることができることから、以下では「福祉的雇用」の際の労働条件について具体的に見ていきたいと思います。
① 労働時間、労働日数
日本の労働法制では賃金と労働時間は密接に関連しているため、定年後再雇用するにあたって賃金を引き下げる際、労働時間や労働日数も減らすのは比較的リスクの低い方法です。
ただし、労働時間および労働日数に関しては減らしすぎてしまうと、定年後再雇用者が社会保険や雇用保険に加入できないという問題が発生します。
社会保険に加入しない場合、在職老齢年金の問題はなくなるものの、定年後再雇用者は国民健康保険に加入する必要が出てきます。そのため、定年後再雇用者に家族がいる場合、その家族は健康保険の被扶養者等になれません。老齢厚生年金の支給開始年齢が徐々に引き上げられていることを考えれば、多くの労働者にとっては加入しないメリットよりもデメリットのほうが大きいでしょう。そのため、健康状態や家庭の事情など労働者の要望により労働時間や労働日数を減らす場合も、加入の意思については確認すべきです。
雇用保険に加入しない場合、高年齢雇用継続基本給付金の支給は受けられません。
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② 労働の提供内容
次に定年後再雇用者の労働の提供内容についてです。
定年後再雇用者の賃金の引下げについては、長澤運輸事件で見たように「その他の事情」が大きく考慮されます。とはいえ、「職務内容(業務内容・責任の程度)」「職務内容・配置の変更範囲(いわゆる「人材活用労働時間、の仕組み」)」について、同一のままよりも変更があったほうが賃金を引き下げる際のリスクは低下します。
ただし、業務内容の変更に関しては、再雇用時に提示する職種が定年前の業務とまったく別個の職種に属する場合、継続雇用としての実質を欠き許されないとする判例もあります(トヨタ自動車事件)。例えば「ホワイトカラーをブルーカラーに」のような業務内容の変更は認められないと考えたほうがよいでしょう。
一方、人事異動や転勤を制限し勤務地を限定することや、役職から外すなどの職責の変更、時間外労働の免除などは、会社としても対応が比較的容易なうえ、働き方をセーブしたいと考える労働者であればその要望に合うものが多いと考えられます。
いずれにせよ、賃金の引下げありきで考えると上手くいかず、労働者の要望とも合わない可能性が高いため、まずは会社が定年後再雇用者に何を求めるかを明確化したうえで、個々の定年後再雇用者の事情を考慮しつつ決定すべきでしょう。
② 副業・兼業
会社側が再雇用時の賃金や労働日数等を大きく減らす方針の場合、生活のため高齢労働者が副業・兼業を望む場合があります。副業・兼業を完全に禁止することは難しい一方、現行法の中で解禁することは問題が多いのも確かです。
特に労働時間については、現状の行政解釈では異なる会社での労働時間も通算するとし、通算の結果、法定労働時間を超えた場合の時間外手当の支払義務は労働契約を後で結んだほうにあるとしています。
一方、本業と副業の所定労働時間の通算が8時間に達している場合で、所定労働時間を超えて働かせた場合、労働契約の締結が先か後かにかかわらず、その分の時間外手当の支払義務は所定外労働をさせた側にあります。例えば、甲事業場で所定労働時間4時間、乙事業場でも所定労働時間4時間という労働契約を締結している労働者に対し、甲事業場の事業主が1時間の時間外労働を命じた場合、その1時間分の時間外手当の支払義務は甲事業場にあります(甲事業場の事業主が乙事業場で労働していることを知っている場合)。
再雇用する側の会社が、副業・兼業先よりも後に労働契約を結ぶことはほぼ考えられないので、気をつけるべきは、副業・兼業をしている労働者に所定外労働をさせる場合ということになります。対応としては副業・兼業をしている労働者には所定外労働をさせない、再雇用後は36協定の対象労働者から外すといったことが考えられます。
公的保険についても注意が必要で、制度上の問題から社会保険は複数の事業所での加入が難しいため副業先での賃金は将来の年金に反映されないことがあることや、副業先で労災に遭った場合に副業先の賃金額で労災の給付額が決まるといった、副業・兼業が労働者に不利益になる点については事前に周知しておいたほうがよいでしょう。
以上の問題点は、複数の事業所で雇用される「ダブルワーク型副業」の場合であり、労働者として副業・兼業をするわけではない「自営・フリーランス型副業」の場合は関係ありません。
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