退職時返却されたPC破損の弁償の可否について
いつも参考にさせていただいております。
問題行動等により、試用期間を延長し行動の改善を求めていた社員が、退職届を提出し退職することになりました。次の仕事が見つかったようです。
最終出勤日を迎え、PCその他貸与物の返却がありました。
貸与物の返却を受けたITによると、3カ月前に支給したばかりの新しいノートPC(約30万円)が今までに例のない破損の仕方で破損しているとの報告がありました。まだ確認したわけではないが、おそらくメーカーでも修理は不可能ではないかとのことです。グローバルのITの内規では、社員に費用を請求することになっているレベルとのことです。
当該社員は会社や上長に対して不満をあらわにしたり、無視したり暴言を吐いたりしていたこともあり、故意または重過失も疑われますが、現時点では確証はありません。ITは通常の使用の仕方ではこんな破損はしないとのことで、善管注意義務違反に該当するように思います。一方、就業規則と雇用契約書を確認しましたが、備品の取り扱いや弁償に関する文言は見つかりませんでした。
PCの費用は当該社員に請求できるものでしょうか。
投稿日:2025/10/27 17:55 ID:QA-0159964
- 色々ありますねさん
- 東京都/医療機器(企業規模 31~50人)
プロフェッショナル・人事会員からの回答
プロフェッショナルからの回答
ご回答申し上げます。
ご質問いただきまして、ありがとうございます。
退職時の貸与PCの破損に対して「社員へ弁償請求できるか」は、民法・労働法・裁判例の複合判断になります。順を追ってご説明申し上げます。
1. 原則:会社備品の破損は「労働者に全額弁償させることは困難」
民法第415条(債務不履行)・第709条(不法行為)により、
社員が会社の物を壊した場合でも、原則として「故意または重過失」がなければ損害賠償請求はできません。
さらに、仮に故意・重過失があったとしても、
労働契約関係においては「使用者の指揮命令の下で労務を提供する特殊な関係」にあるため、裁判上は 損害の全部を負担させることは許されない とされています。
2. 主要な裁判例と実務運用
・(例)八戸市医師会病院事件(最高裁昭和51年7月8日)
看護師が業務上ミスにより破損事故を起こした件で、
「使用者の指揮命令下での過失について、損害を全額負担させるのは信義則上相当でない」
とされ、過失の程度・業務上の位置づけ・使用者側の監督責任などを考慮して
損害の一部のみ負担とするのが妥当とされました。
同様に、営業車両・備品破損・顧客トラブルなどでも、
全額請求はほぼ認められず、せいぜい数割です。
3.本件に当てはめた考え方
(1)故意・重過失が認められる場合
明確に「叩き壊した」「床に投げつけた」などの証拠(目撃・録画・本人の自白)がある場合
→ 民法709条の不法行為として損害賠償請求可
→ ただし、退職後の任意弁済を求める形が現実的
(給与からの控除は労基法24条により違法)
(2)故意の証拠がなく、通常使用での破損が疑われる場合
「通常の使用では考えにくい破損」でも、証拠がない限り重過失立証は困難
裁判でも認められにくく、請求しても法的強制は難しい
したがって、
「グローバルIT内規では請求対象」としても、
日本国内では民事上の請求実効性は極めて低いのが実務実態です。
4.弁償請求を検討する際の手順
現物確認・写真記録・技術担当者の所見メモを残す
本人へのヒアリング記録(どのように破損したか、説明の食い違い確認)
会社規程上の根拠を確認
(就業規則・貸与品管理規程・誓約書等)
請求書を送付する場合
- あくまで「任意弁済のお願い」とする
- 「法的義務がある」と断定しない
給与からの天引きは不可
→ 労基法第24条違反(賃金全額払い原則)
5.今後に向けた制度整備の提案
・「貸与品管理規程」または「情報機器貸与誓約書」に明記すべき事項
例:
第○条(善管注意義務)
社員は会社から貸与された備品を善良なる管理者の注意をもって使用しなければならない。
第○条(損害賠償)
故意または重大な過失により会社の物品に損害を与えた場合は、会社はその損害の一部または全部の弁償を求めることがある。
第○条(返却)
退職・異動時は速やかに貸与物を返却するものとし、破損・紛失がある場合は速やかに報告すること。
このように「故意または重大な過失に限る」「一部負担あり得る」と明記することで、
今後のリスク対応が容易になります。
6.実務上のまとめ
項目内容備考故意・重過失立証できれば請求可(ただし部分的)証拠確保が前提通常の過失原則請求不可信義則・裁判例上制限規程・契約書弁償条項がなければ請求根拠が弱い次回以降の整備推奨給与天引き不可(労基法24条)任意弁済に限る実務対応写真・報告・本人聴取の記録を残す後日の紛争防止
以上です。よろしくお願いいたします。
投稿日:2025/10/29 09:13 ID:QA-0160022
相談者より
状況ごとの解説、大変参考になりました。ありがとうございました。
投稿日:2025/10/31 11:09 ID:QA-0160131大変参考になった
人事会員からの回答
- オフィスみらいさん
- 大阪府/その他業種
請求はできますが、問題は損害賠償の額です。
労働者が労働契約に基づく義務やその付随義務に違反して使用者に損害を与えた場合は債務不履行に基づく損害賠償責任を負い(民法415条、416条)、その行為が不法行為の要件を充たせば、民法709条による損害賠償責任を負わなければなりません。
一方で、使用者が労働者に対して金銭賠償を求めるケースでは、資力に乏しい労働者にとって過酷な結果をもたらすことになるため、裁判所は一般に使用者から労働者に対する損害賠償請求やその金額については、一定の制限を設けており、結論として損害額の4分の1の限度で請求を容認しています。
備品(パソコン)を壊したことに対する損害賠償の可否についても、「損害の公平な分担」という観点から検討されることになり、業務上発生することがある程度想定されるようなミスや備品の損壊などについては、社員側にミスが認められたとしても、それにより発生した損害は本来使用者が甘受すべきものであり、社員に対して請求することは許されないとされており、明らかに故意または重過失で破損させたというのであればともかく、その確証はないが、通常の使い方ではこんな破損はしないということであっても、全額請求はほぼ認められず、裁判例においても社員の負担すべき損害は25%程度ということになるでしょう。
投稿日:2025/10/29 11:21 ID:QA-0160031
相談者より
負担割合の具体例が参考になりました。ありがとうございました。
投稿日:2025/10/31 11:10 ID:QA-0160132大変参考になった
プロフェッショナルからの回答
お答えいたします
ご利用頂き有難うございます。
ご相談の件ですが、規則等に弁償規定がなくとも、御社の物品に損害を生じさせた事に変わりございませんので、損害賠償請求自体は可能です。
但し、貸与の状況等にもよりますし、また使用者として従業員への貸与による破損リスクの負担もございますので、全額請求については難しいものといえます。悪質なものと考えられうるとしましても折半程度が妥当とは思われますが、実際問題としまして問題を起こしてきた当該社員がきちんと支払をする可能性は低いものといえるでしょう。
投稿日:2025/10/30 15:46 ID:QA-0160108
相談者より
ご回答ありがとうございました。
投稿日:2025/10/31 11:10 ID:QA-0160133参考になった
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