株式会社サイバーエージェント
ネット業界における「若手社員の定着策」
若手社員の早期離職が問題となっている。特にネット業界はもともと離職率が高く、求人難の現在において、若手社員をいかにつなぎとめるかがますます重要になってきた。このような状況下、サイバーエージェントでは他のネット企業ではあまり見られないようなさまざまな施策を打ち出している。それら施策がどのように利用され、早期離職に対してどのような効果を生み出しているのか、人事本部本部長の曽山哲人さんに詳しい話を伺った。(聞き手=HRMプランナー・福田敦之)
- 曽山哲人さん
- 人事本部 本部長
そやま・てつひと●1974年神奈川県生まれ。上智大学文学部英文学科卒。1998年伊勢丹に入社、ECサイト立ち上げに参加する。翌1999年に設立1年後・社員約20名のサイバーエージェントへと入社する。その後、インターネット広告事業本部営業部門統括等を経て、2005年には人事本部本部長へ就任。また、関連会社の取締役兼務など多忙な業務の傍ら、「HRD JAPAN2006(第25回能力開発総合大会)」講演、リクルートワークス研究所「人材マネジメント調査2007」ミドル研究委員会委員、慶応丸の内シティキャンパス「人育て哲学」による組織開発の講演など、社外活動にも積極的に参加している。高校時代、ダンス甲子園全国大会で第3位を獲得。当時から行動派として知られていた。
ネット産業には「経験」が不可欠。だから、同じメンバーで会社を成長させていきたい
サイバーエージェントは社歴は浅いものの、人気企業です。なぜ、いろいろな施策を講じて、若手社員の定着率アップに力を入れているのでしょうか?
当社のビジョンは、「21世紀を代表する会社を創る」です。そのビジョンを達成するためには、人が次々に入れ代わっていくような代替可能な組織ではなく、ビジョンを共にするメンバーで「チーム」を創っていくほうが面白いし、楽しいし、やりがいもあります。そして、社会性も当然あることでしょう。何より実際の業績ということで考えてみると、人が定着したほうが業績は上がることは間違いありません。そのような点からも、若手社員の定着率の向上には力を入れています。
もう1つの理由としては、ネット業界は非常に若い産業ですが、この先20~30年経つと、“成熟産業”へと近づいていくわけです。そのときに必要なのは、間違いなく「経験」です。それも人脈としての経験、決断の経験など、いろいろな側面での経験が求められてきます。
以上の点から考えても、人が入れ代わる組織よりも、長い年数共に成長を目指せるメンバーで会社を成長させていくことのほうが重要ではないでしょうか。当社の「ミッションステートメント」でも、「チーム・サイバーエージェント」ということをとても意識し、大事にしています。
制度拡充を進め、定着率の改善を目指す
人が定着してこそ、組織が成長するという考え方ですね。
実は当社は、2000年に東証マザーズに上場して以降、2004年9月期まで先行投資による「赤字」が続いていました。売上は順調に拡大していたにも関わらず株主や顧客からは厳しい指摘を受け、人の定着がなかなか図れず、株価も低迷していました。
人と人とのつながりが薄れ、情報の共有ができていない状況を何とか打破しようと、2003年頃から人事制度の拡充を図り、立ち上げたのが役員自らが参加する社内活性化プロジェクト「バージョンアップ委員会」です。役員と現場との「対話」を狙ったもので、当初は人事マネージャー・事業責任者など7名でスタートしましたが、その後、新卒入社3・4年目の若手社員もジョインし意見交換を進めていきました。この委員会は現在も隔週で火曜日の早朝7時半から9時にかけて行われています。
そこでは、どのようなことを話し合われたのですか?
最初は互いのコミュニケーション密度の向上のためにも雑談をすることが多いのですが、その後はさまざまな話題を取り上げます。例えば「役員の間での懸案事項」など役員の目線を伝えていくことはもちろん、最近では「健康診断、メンタルヘルス」など現場で起こりうる重要な問題も取り上げます。その他にも、「管理職の育成」「価値観の浸透」「新しい人事制度の共有と懸案の議論」「他社の人事制度」「事業部ごとの勉強会の内容の共有」「優秀人材のポイント」「新卒採用のトレンド」といったように、その時々で話し合うテーマは非常に多岐にわたります。
曽山さんは、どのような立場で参加されたのでしょう?
私自身は営業の責任者の1人として、プロジェクト開始当初から参加していました。その中での情報なども活用し、2004年に営業職の育成プログラムとして、「アメーバJOBプログラム」を開発しました。というのも、中途採用した社員が組織に溶け込めず、退職していくケースがあり、業績拡大につながっていないという事実があったためです。具体的には、中途採用社員のためにコミュニケーションを図る上司との懇親会を開催すると同時に、早期に戦力化できるためのチェックリストの作成、先輩社員に相談できるトレーナー制度などを盛り込みました。結果としてこれらがうまく機能し、中途採用社員の定着が実現、早期戦力化を図ることができました。おかげで、営業生産性も向上したのです。
このことがきっかけとなり、2005年に人事グループが役員直轄の人事本部に格上げになったときに、人事本部長へ登用されたというわけです。
人事本部の責任者を打診されたときは、どのような気持ちでしたか。
「やります!」と即答しました(笑)。何より社長の藤田自らが声を掛けてくれ、その期待に応えたいと思っていましたから。それと、以前より自分自身が「組織」というものに興味があったことも大きいですね。それまでは現場の責任者という立場で節々で発言するなど、ある意味で人事的な仕事もしていたわけですが、人事本部の本部長として全社的な立場から仕事をするということに、とても惹かれて挑戦を決意しました。
営業の現場で培った経験が、その後の人事本部での仕事に役立ったのではないですか。
そうですね。実は、当社の多くの施策は、私が本部長として就任する前からスタートしていたものです。そして、これらの施策は先ほど話しました「バージョンアップ委員会」で諮問される形で揉まれてきました。そういう意味では私も、実質的にこれらの施策の立ち上げには関わってきたと言えます。その結果、その後の制度の運用についても、スピーディーかつ柔軟に対応することができました。
グループ内で独立して、活躍できる環境を創っていく
ところで、初期の頃の「退職率」はどの程度だったのですか?
年間で30%くらいです。ネットバブル崩壊の頃は、退職者も多く、実感としては、半分くらいの人が辞めていくような状況でした。そういう状況がしばらく続いて、営業現場の管理職として辛い思いをしました。結局、ネットバブルの絶頂期に入社した人の多くは、ネットバブル崩壊後の現実と自分が入社する前に抱いていたイメージとのギャップに戸惑ったのだと思います。当社も創業して間もない状況でしたから、正直、組織としても未整備でした。
その一方で、それを承知で入社した大企業出身の社員も多く、当社にはない経験を持った社員たちとは、お互いに謙虚な気持ちでいろいろなことを話し合い、それこそ走りながら制度や組織を模索していきました。
ネット業界自体が若い産業で、若い人が多く、制度や組織が十分にできていないのはどこも同じではないでしょうか。だからこそ、将来を考えた上での組織の整備や人材の育成・定着に力を入れているわけですね。
ええ。自分たちがネット業界を支えていくのだという気概を持つことが、とても大切だと思っています。実際、独立して活躍している人材もいますが、それよりもサイバーエージェントグループ内で事業や会社を立ち上げ、活躍できるような環境を創っていきたいと思っています。なぜなら、グループにあるリソースを活用するほうが、事業としても大きなことができる上、幅広い経験をすることが可能で、人事としてもより良い処遇が可能になると思うからです。実力がついて外に出るのもよしとしますが、それよりもグループ内で活躍できる基盤をつくりたい、と考えています。
事実、現在当社の新卒第1号は入社8年目ですが、新卒入社2年目から8年目の全ての年代に子会社の社長か役員がいます。こんな会社はあまりないのではないでしょうか。まさにベンチャー企業が数多く集っている集合体が、サイバーエージェントという組織なのです。
つまり、内部のリソースが掛け算された結果、グループダイナミクス効果が出てくると。これも、ネット業界の持つ特長のように思います。
「挑戦」を育む3つの「定着策」~「ジギョつく」「CAバンヅケ制度」「キャリチャレ」
人材の定着という観点から行われている施策として、どのような「内容」のものがありますか?
まず、社員の「挑戦」を支援する制度として、大きく3つあります。社内公募による新規事業プランコンテストである「ジギョつく」。自薦他薦による優秀人材可視化の仕組み「CAバンヅケ制度」。そして社内異動の活性化の仕組み「キャリチャレ」です。
(1)事業育成プログラム「ジギョつく」
年2回、新規事業の立ち上げをより活発に行っていくため、新規事業プランコンテスト「ジギョつく」を行っています。事業の立ち上げを担当する社員は、事業責任者として立ち上げから運営まで全てを任せられます。過去の優勝者には新卒2年目の社員もいます。このプログラムは有望な新規事業を生み出すのと同時に、社員に経営・起業経験をもたらし、人材育成の場ともなっています。
(2)優秀人材の早期抜擢制度「CAバンヅケ制度」
実績のみならず、サイバーエージェントの行動規範を体現している人を昇格対象者として各部署のマネージャーが推薦する制度です。自薦も可能で、前回は120名が推薦され、役員および人事で構成される昇格審議会議「ヨコヅナ審議委員会」を経て54名が昇格しました。サイバーエージェント初となる「人材抜擢制度」と言えます。
(3)社内異動FA&公募制度「キャリチャレ」
現部署での勤続年数が1年以上であれば、他部署やグループ企業へ異動しキャリアチャレンジする機会を与えられる社内異動公募制度です。4月と10月の年2回実施しており、現部署の上司には分からない形で申請が可能、「すぐ」「半年以降」など異動時期を選べるのが特徴です。ただ、「現部署で活躍している人材」だけが異動対象になり、半年ごとに10名前後の異動が成立しています。
当社における「採用基準」は非常に厳しく、会社のビジョンに共感し、「可能性」を持った人材が入ってきているという前提で処遇を考えています。その可能性を表出することのできる「場」をどれだけ人事本部が創れるかが重要で、何より、各人が持っている可能性を実現していきたいのです。例えば、新しい事業を立ち上げたい、事業責任者や社長になりたいという人には「ジギョつく」があります。また、営業からクリエーターになりたいなど、キャリアチャレンジを図る人には、「キャリチャレ」を用意しています。そして、「CAバンヅケ制度」は自薦他薦により優秀人材を可視化する制度です。これにより、社内における人材を発掘することができます。
とはいえ、事業プランコンテストである「ジギョつく」のハードルは、非常に高いものです。これだけでは、優秀な人材を全て拾い上げることができません。もちろん、皆が社長になりたいというわけではないので、優秀な人材がいろいろな可能性を見出し、才能を開花させる選択肢を増やせるよう、考えています。
なるほど。可能性の“さじ加減”を意識しているというわけですね。
その際に重視しているのは、自分が主体となり、前向きに積極的に動いていくという「挑戦」の姿勢です。そういう考えを持ち行動をしている人のために、できるだけ選択肢を用意し、積極的にサポートしていきます。
ベンチャー企業では予算やマンパワーの関係から、ある1点に絞って制度を充実させ社内を活性化させていこうという傾向がありますが、多様な選択肢を用意するという御社は、その点で違っています。
それは、できる限り優秀な人材がやる気を失わないようにするためです。新しい制度を創ったり、見直したりするときにも、皆が「それはいい制度だね」と思えるものを意識しています。この際に、社内のいろいろな意見を聴ける「バージョンアップ委員会」の存在が非常に大きいですね。
「挑戦」するには、「安心」を担保する「定着策」も欠かせない
曽山さんは人材の定着という観点から、人事に関する施策を考えるときにどのような「視点」が重要だとお考えですか?
人事が考える制度設計には、2つの視点が重要だと思っています。1つは先ほど述べた3つの施策に代表される「挑戦」という視点。もう1つは「安心」です。この2つがセットであるべきだと考えます。とかくベンチャー企業は「挑戦」が先行しがちです。しかも、新しい産業なだけに、誰も経験したことの無い挑戦も多い。しかし、挑戦するためにも安心して日々の生活を送れることや、長期に渡って働ける環境をつくることは必須です。
いわゆる「福利厚生制度」が重要だということですね。具体的には、どのようなメニューを用意していますか?
当社では社員が安心して働ける環境を提供したいと常に考えています。そのため、他ではあまり見られないユニークな福利厚生制度を考えました。
【リフレッシュ特別休暇制度】
(1)休んでファイブ
心身のリフレッシュ、そしてさらなるチャレンジを目的に、2年勤続するごとに5日間の特別休暇が取得できるというものです。
(2)休んで1ヶ月
継続勤続年数丸5年を経過した社員を対象として、1ヵ月間の特別休暇を付与する制度です。1ヵ月というまとまった休暇を取得し、心身ともにリフレッシュしてもらい、さらなる意欲向上、パワーアップを図ってもらいます。
【家賃補助制度】
(3)2駅ルール
勤務しているオフィスの最寄駅から各線2駅以内に住んでいる正社員に対して、月3万円の家賃補助を支給するものです。
(4)どこでもルール
さらに、入社日より継続して5年以上勤務した正社員に対して、月5万円の家賃補助を支給しています。入社5年というと、結婚や育児により住む場所や環境も変わるケースが多いので、こうした面での支援も重要だと考えています。ちなみに、住んでいる場所は問いません。(3)(4)を合わせて、従業員の約7割が利用しています。
【コミュニケーション促進のための制度】
(5)部活動支援制度
社内の各種クラブ活動、同好会など部署を横断した集まりに対して、1人当たり月間1500円の補助金を支給するものです。現在、ゴルフ部、フットサル部、麻雀部、フラワーアレンジメント部、テニス部など多種多彩な部活動が行われており、社員間のコミュニケーション促進に大きく役立っています。
入社5年を経過した社員を対象としたものが多いのは、やはり生活スタイルが変わるのと同時に、キャリアの分岐点ともなるからでしょうか?
当社の平均年齢は28歳です。この年代が、この先着実に成長してもらうためにも、「安心」を生み出す施策は欠かせません。「休んで1ヶ月」では休みを利用して短期留学する社員もいますよ。
離職率が30%から12%へと激減。新しい「実力主義型の終身雇用」を目指す
定着のためのポイントはよく分かりました。人事本部の責任者としては、これからどのような展望をお考えですか?
当社の「ミッションステートメント」にも記してありますが、「有能な社員が長期にわたって働き続けられる環境を実現」「若手の台頭を喜ぶ組織で、年功序列は禁止」の実現を目標に考えています。
定着については、2003年からの人事制度拡充の取り組みの結果、離職率も当初の30%から2007年には12%とこの数年間で激減しました。また、退職する社員の理由でも、進学や家業を継ぐといったケースが多くを占めており、働きがいや会社の問題を理由として挙げられることが少なくなりました。さらに、The Great Place to Work(R) Institute Japanによる「働きがいのある会社」調査において、日本における「働きがいのある会社」ベスト20社に選出されるまでになりました。ネット業界なりの、新しい「実力主義型の終身雇用」を目指していきたいと思っています。
それは素晴らしい。この数年間の取り組みで、若手の心をつかむ組織活性術としての「定着」という部分では、ある程度の成果が得られましたね。
新卒採用も年間で100名前後の採用を続け、社員数も単体で約700名、グループ全体では1600名を超すまでになりました。定着率の向上に見られるように、人と人、人と組織のコミュニケーション能力を上げることに関しては、一定の成果が出たと思います。
しかし、ここからが本当の勝負だと思っています。インターネットを生業とする会社としての「組織成果」をどのように実現していくか、ここにフォーカスした人事施策を考えていかなければなりません。それはコミュニケーションとセットであることは言うまでもありません。さらに、人事は人と組織における「ハブ」となることが今後、ますます求められてくることでしょう。
次の段階では、どのようなことに注力していきますか?
それなりの規模の組織になったので、これからは管理職の育成に力を入れていきたいと思っています。その他にも、総額人件費管理や人材配置など、取り組むべき課題は数多いですね。
ネット業界というのは若くして管理職となる人が多いだけに、チームで皆が切磋琢磨していく経験が必要ですね。
その通りです。私たちのような組織では、決断や判断の「経験」を積むことが必要不可欠です。その積み重ねの結果、気づきが生まれ、本人の成長はもとより、組織としても成熟していくのだと考えています。
おそらく、これまで「定着」のために行ってきた数々の施策を通しての「経験値」が、今後は生きてくるのではないでしょうか。本日はどうもありがとうございました。
取材を終えて 福田敦之
写真を見てもお分かりのように、曽山氏は一見、若くて「人事本部長」らしくない雰囲気を持った方である。しかし、「人」に対する興味関心の高さ、さらに人が集まった「組織」をいかに活性化させ、結果を出していくかの方法論に対して、常に考え、行動している人であることはお話を伺うにつれて、非常によく分かった。そして、ネット業界の20年、30年先を考えた「見通し」を持っている人だと。何よりも人と組織の「ハブ」としての人事の意味を強く意識しており、こうしたキャラクターの人事本部長を持つ組織で働くことのできる人は、本当に幸せだと思った。とりわけネット業界のような若い組織では、同社のような「定着策」も重要だが、それ以上に曽山氏のようなコミュニケーションを重視した人事責任者を持つことが、若手社員の定着をより確かなものにするように思った次第である。
(取材は2007年10月31日、東京・渋谷区のサイバーエージェント本社にて)
ふくだ・あつし●静岡県清水市(現静岡市)生まれ。編集プロダクションにて、人材関連の雑誌編集・制作、調査企画などに関わる一方、「人事マネジメントセミナー」をプロデュースしたことで知られる。1992年独立し、株式会社アール・ティー・エフを設立。HRMプランナーとして、人材・教育関連の専門誌へと執筆する傍ら、単行本の企画、企業に対する人事・採用・教育コンサルティング、大学等での臨時講師などを務めている。