NECラーニング:女性のための職場環境づくり
NECラーニング 経営研修本部エキスパート 原田郁子さん
人事とは、人が人を評価する、人が人の人生を左右するかもしれない、大変な仕事である。 その重責に、現役人事部員たちはどう向き合っているのか?(聞き手=ジャーナリスト・前屋毅)
- 原田郁子さん
- NECラーニング 経営研修本部エキスパート
はらだ・ふみこ●1966年生まれ。89年早稲田大学第一文学部卒業後、NEC入社。本社勤労部、横浜事業場勤労部、本社人事部を経て、2003年7月NECユニバーシティ(現NECラーニング)に出向。現在、同社経営研修本部(経営研修グループ)エキスパート。
勤続何十年のパートの方に辞めていただかなくてはならない。
とても辛い仕事ですが、とにかく正直にやろうと思ったんです。
前屋:原田さんとは、NECの本社人事部にいらっしゃったときに一度お会いしましたね。今のNECラーニングへ出向されたのは、いつですか。
原田:2年前の7月でした。その頃はまだNECラーニングは発足していなかったんです。主にNECグループの教育研修などを行うNECユニバーシティというNECの100%子会社と、NEC内でeラーニングをはじめとする教育事業を行う事業部がありました。その2つが一緒になって、今年7月から「NECラーニング」としてスタートしたんですね。私の所属する部門では現在でもNECの教育研修が主な仕事で、その他に外部向けの研修もやっています。
前屋:NEC人事部の一部のようなものですね。そうすると、原田さんの人事部でのキャリアはかなり長いですね。
原田:じつは私、入社以来ずっと人事畑なんですよ。といっても、そういうケースってめずらしいわけではないんです。NECでは、入社以来、人事畑という人が多いし、営業畑などから人事畑へ異動してきたという人もいないわけではないけど、ごく少数ですね。
私は1989年入社ですが、本社の勤労部という労働組合対応の部署が最初でした。初めは部分的な資料作成などが主でしたが、入社して2、3年目で、育児休業法制定の動きが見えてきた頃、法に先駆けて育児休職制度の企画・立案を担当しました。それから93年に横浜事業場に異動して無線事業部門の人事・採用を担当したのですが、私自身が育児休職をとったりしたので、そこにはけっこう長くいました。
その後、99年に本社の人事部に異動になって、人事企画グループで、管理職向けの成果主義に基づく人事処遇制度とか人材公募、キャリア支援などの人事制度を企画する仕事をやりました。たぶん前屋さんにお会いしたのも、その頃ですよね。人材公募について取材していただいた記憶がありますから。
前屋:そうでしたね。でも最初から人事部ということは、大学時代にそういう勉強をされたのですか。
原田:そういうことじゃないんです、残念ながら(笑)。入社した時に提出した配属希望で、たしか第2希望に人事部と書いたのですが、それも特別な理由があったわけではありません。就職活動のときに人事部の方々と接する機会がたくさんありまして、それで親近感を持っただけなんですよ。第1希望は営業スタッフだったと思いますけど、あまりに昔のことですから、もしかしたらそうじゃなかったかもしれない(笑)。
前屋:それくらい長くやってこられて、人事部の仕事なんて嫌だと思ったことはありませんか。
原田:嫌だと思ったことはないのですが、辛い仕事というのはありました。たとえば、かなり前の話ですが、社員に辞めていただく仕事は、辛かったですね。業績が悪化して、勤続何十年というパートタイマーの方にも辞めていただかなくてはならない。会社が立ち行かなくなるから仕方ないと理屈ではわかっているのですが、やっぱり、感情的にはとっても辛い。
そういうときは、とにかく正直ベースで話すことが大事だと思って、事に当たったんです。嘘を言っても見透かされてしまうでしょうし、日ごろ職場で接している人が時間をかけて、誠意を持って説明するしかないんですね。だから、そういう説明の場には人事担当として出席せず、サポートする立場に徹していました。突然、見知らぬ人事の人間が出てきて説明しても、相手の方にとっては感情的に受け入れがたいこともあるでしょうから。
入社2、3年目で育児関連の新制度をまとめる仕事を担当しました。
「そんな大事な仕事をそんな早く任せられたのか」と驚かれます。
前屋:NECの人事部には、原田さんのように女性は多いですか。一般的に、女性は男性のサポート役的なイメージがありますけど、NEC人事部では女性のポジションはどうなっていますか。
原田:NEC人事部は女性が増えてきているし、マネジャークラスも増えてきて責任を持たされていますね。男女比は、はっきりした数字はわかりませんが、だいたい5対1くらいじゃないでしょうか。
私が入社する3年前、1986年に男女雇用機会均等法が施行されて、その年からNECでも女性総合職を本格的に採用するようになったんですね。私は総合職4期生ですけど、同期で人事部に配属された十数人のうち、2人が女性でした。
前屋:配属されてみて、人事部という部署について、最初にどんな印象を持ちましたか。
原田:労働組合対応とか春闘、賞与交渉とか、言葉は知っていても、それで人事部がどういう仕事をするのか、全然イメージが湧かないというような状態で配属されましたから、大変です。労使が本音と建前の二枚舌でやり合うのを目の当たりにしてカルチャーショックを受けたりしていました。
でも、やってみないとおもしろさはわからないだろうと思い直して、とにかく1年、ここで我慢しようと。で、実際やってみると労働法なんてすごく奥が深いし、労使交渉の意義も少しずつわかってきて、いま自分がやっている仕事の意味が理解できるようになったんです。そうこうするうちに、人事部の仕事が苦にならなくなりました。
前屋:そう思えるようになったのは、配属後どれくらいから?
原田:やっぱり、2、3年目くらいだったと思います。良い上司に恵まれたということもあったし、先輩たちを見て「ああいうふうになりたい」と思うことも自分の気持ちがいい方向へ向かうきっかけになりましたね。
その頃、育児休職制度や育児短時間勤務制度をまとめる仕事を任せてもらったんですね。そのことも、人事部の仕事へのモチベーションを高く維持できた、一つのきっかけになったのかもしれません。その話を他社の人事部の方にすると、「そんな大事な仕事を、そんな早くに任せられたの!」って驚かれますけどね。私はまだ女性総合職の4期目だったので、そんな部下に上司も何をどう教えていいかわからないというところがあったと思いますが、「一般職とは違う、責任のある仕事を与えて育てよう」という意図だったのでしょうか。
前屋:NECの人事部では現在も、若い人に責任ある仕事を任せていこうという姿勢なんですか。
原田:いえ、今は少し変わってきましたね。それは人事部も含めてNEC全体の社員の年齢構成が大きく変わってしまったからです。私たちが入社したのはバブル崩壊直前で採用を増やしていた時期で、上が少なくて下が多いピラミッド型の人員構成でした。ところが、バブル崩壊で採用が減り、その構成が崩れてきたんですね。バブル前とは反対に上が多くて下が少ない人員構成になってくると、責任の重い仕事を下に任せるというケースは少なくなってきます。
私が入社する少し前までは、管理職になると「上がり」のイメージがあったらしいんですね。現場で仕事をしているのは担当や主任で、管理職はさっさと帰っていたと。けれども今ではどの部署も人数が少なくなっているので、管理職といえどもプレーヤーとして仕事をしなくてはならない。仕事じたいは多いのですが、責任のある仕事となると、なかなか下に回っていかないんですね。
でも「だから今は部下を育てるのが難しい」と言うのは、言い逃れでしかありません。そういう状況の中でも、上は下を育てる仕事をつくって、そして与えていくことを意識してやっていかないとダメです。
前屋:さきほど「良い上司に恵まれた」と言われましたが、どんな「良い上司」だったのでしょう。
原田:私に対しても誰に対しても仕事をアサインするときは必ず、きちんと動機づけをしてくれるんです。その仕事が今の私にとってどういう意味を持つのか、なぜ私にアサインするのか、ということを丁寧に説明してくれる。そのうえ、褒め方と叱り方もうまかった。いつも褒めてばかりだったり、逆に、きつく叱ることが多かったり、そういう偏ったやり方じゃなくて、2つの使い分けが上手でした。ですから、こっちは褒められても叱られても「仕事しよう」という気になる。私自身もそういう上司になりたいなと思っているのですが、なかなかできませんね。やっぱりむずかしいです。
今では職場に女性上司がいるという状況も当たり前になってきて、
NECは男女差をあまり意識しない環境になっていると思います。
前屋:いま原田さんも「エキスパート」の肩書きで、管理職ですね。これって、一般的にはどのクラスになるんですか。
原田:課長クラスと言えるでしょうか。エキスパートは専任職的な意味合いが強くて、人事考課をするような部下はいません。ただ、私のグループには若い人が4人いて、彼らのとりまとめをする立場にいるんですね。
前屋:すると、原田さんご自身が上司に育てられたように、現在は「若い人を育てる」ことを意識しなければならない。
原田:ええ。自分が上司に育ててもらったということもありますが、人事部の仕事として、そういう研修プログラムをつくったり、研修の講師をして「上司と部下のコミュニケーションは、こうしてとるんですよ」とか偉そうにやったりしていますからね。その立場上、意識しないわけにはいきません(笑)。
前屋:人事部という部署で働き続けて、また結婚も出産も経験して働き続けていらっしゃるわけですが、女性が働く場としてのNECを、どう評価しますか。
原田:女性が働く場として、NECは昔に比べて改善されているかということですか
前屋:はい。どうですか、改善は進んでいますか。
原田:他社との比較で言えば、かなり進んでいるほうだと思います。NEC以上に進んでいる会社は、数えるほどしかないでしょうね。女性の役職者の数にしても、育児休職の取得実績でも、NECは群を抜いて多い状況ですから。
私が入社した頃というのは、さきほども言いましたけど、総合職をどう扱っていいか上司も迷っていました。それまで掃除は女性だけでやっていたけれど、総合職にやらせていいものかどうか、なんていう些細な問題も出てきたり(笑)。でも、今は職場に女性の上司がいるという状況も当たり前になっていますし、NEC全体として、男女差をあまり意識しない環境になってきていると思いますね。
私が入社2、3年目で育児休職制度づくりを任された頃は、「女性に継続勤務をさせる」ということがNECとしての大きな方針でした。それだけ、結婚や出産を機に辞めていく女性が多かったということです。ところが現在のNECでは、「結婚しても、出産しても仕事を続ける」ということが当たり前のように思われています。たいていの部署で育児休職者が1人、2人いるんですよ。
ただし、育児休職制度だけでNECの女性社員たちが満足しているかといえば、そんなこともありません。たとえば、土曜日や日曜日にも出社して仕事をしたいけれど、社内に子どもを預けるところがない、といった不満もあるんですね。そこで、女性社員が子どもの面倒を親に見てもらうために実家の近くに引っ越す場合、その費用を会社が負担する、といった制度も最近になってできました。継続勤務させるだけでなくて、いかにやる気のある女性にとってより働きやすい環境をつくるかという方向に、会社としての視点は変わってきていますね。
前屋:NECで定年まで勤めたいと考えている女性も多いですか。
原田:意外と少ない気がしますね。NECで好きな仕事ができないなら転職しようとか、そういう考えの女性のほうが多いんじゃないでしょうか。今は転職も普通になってきましたし、定年までNECでという人のほうが少数派だと思いますよ。
前屋:原田さんのご結婚は何年ですか。そのときには、退職ということは考えなかった?
原田:結婚したのは、いつだったか……はっきり覚えていない(笑)。91年くらいだったかな。でも、そのとき退職を考えなかったことははっきり覚えています。仕事がおもしろかったし、その頃になると職場で頼りにされるようにもなって、やる気が出ていましたからね。私、単純なんですよ(笑)。
新婚当初は夫の仕事の都合で小田原よりも西のところに住んでいたのですが、(NEC本社のある東京の)田町まで通うのが大変でした。時間を節約するために、新幹線通勤。特急料金は自腹です。3カ月21万円の定期代で、半分以上が自己負担。定期券を落としたら大変だと、いつも気が張っていました(笑)。
前屋:その頃は本社人事部にいらっしゃったんでしょう。だったら新幹線通勤を認める新しい制度をつくればよかったのに(笑)。
原田:そんな自分のためにって、したくないじゃないですか(笑)。やろうと思って、簡単にできることでもありませんけどね。新婚で、単身赴任も嫌だったので、自己負担して新幹線通勤しようと決めたのですが、べつに悲壮感みたいなものはなくて、これからこの会社で一生懸命仕事をしていったら、それくらいいつか取り戻せると、そう思っていたんです。
上司も同僚も夜間や休日に大学院に通って勉強しているんです。
私の周囲には「自分の時間を勉強に充てる」人が多いですね。
前屋:現在、NECラーニングで原田さんが担当されているのは、具体的にどんな仕事でしょうか。
原田:大きくいうと、3つのカテゴリーがあります。一つは、選抜された人に対しての経営教育ですね。経営戦略とかマーケティングといった経営的な知識を大学の先生から教えてもらう研修の企画・運営です。もう一つは、自分が研修を開発したり、講師をやったりするかたちです。上司・部下コミュニケーションとか評価者研修のようなものがあります。また自己啓発研修プログラムをNECグループ内で採用してもらうためのプロモーションの仕事もあります。
前屋:研修の仕事は、こちらに来てから始めたのですか、それとも本社人事部の頃からやっていたのですか。
原田:本社人事部にいた終わりの頃からやっていました。管理職を対象に360度評価をやったことがあって、その結果を本人に直属の上司が伝えるわけです。そのときの伝え方を上司に対して研修する必要があるというので、eラーニングのシナリオを作ったんですね。それが、研修企画の最初の仕事でした。
理論的なところは大学の先生から教えてもらいましたが、大部分は自分の経験と想像で作りました。管理職の上司というと部長や役員クラスで、年齢的には私よりずっと上です。ご自分の専門分野での知識も豊富。だけど、人事的な事柄を的確に部下にフィードバックできるかといえば、そうでもないんですね。年齢的には若くても、私が部長や役員クラスに人事の専門家としての知識やノウハウをアドバイスできる部分もあると思っています。
とかく制度の枠組みをつくるだけで終わった気になってしまうのですが、実はその時点では全体の1割くらいしか終わっていないのです。残り9割の力を注ぎ込むべきは、その制度を職場の中へ、いかに浸透させていくか。職場に浸透しなければ、その新しい制度は生きたものになりません。ですから、説明会や研修を人事として地道に、繰り返しやっていくことが大事だと、とくに最近では痛切に感じているところです。
前屋:新しい制度を企画立案する、浸透させていく、そのためには人事部員がそれぞれ自らの資質を向上させていくことも大事ですね。
原田:私自身、入社直後は労働法とか基礎的な勉強をしましたが、その後、勉強らしい勉強を続けていなかった。ところが本社人事部にいた頃にキャリア支援制度が導入されて、それを機会にセミナーなどに参加して他社の人の話を聞いたり、資格を取るための教室に通ったりしたんですね。そこで、みなさん、すごく勉強しているのを知った。私は今のままではいけないと、思い知らされたんです。
それからは、自分の自由な時間を勉強に充てるということを意識的にやっています。キャリアカウンセラーの資格を取得したり、昨年は「アクション・ラーニング」というチームコミュニケーション手法があって、そこの学習コーチの資格も取ったり、コーチングの研修にも通いました。
でも、私などはまだまだです。今の職場の上司は夜間や土曜日に大学院のMOTコースに通っているし、今春大学院を卒業した同僚もいます。残念ながら、私は今、小学校2年生の娘がいるので学校に通うほどの時間がないんです。
前屋:熱心ですね。時間に余裕があるわけでもないでしょう。
原田:きっと、自分が成長するのを実感することが楽しいんです。それとビジネス環境の変化も、自分の時間を勉強に充てている理由としては大きいと思いますね。
それなりに頑張りさえすればポストや収入が与えられたという時代と違って、今は自分自身で力をつけて成果を出さないと、やりがいのある仕事も収入も確保できません。人事関係の仕事をしていると、そのことを他の部署の社員よりも何倍も実感してしまいますから。私も時間に余裕が出てきたら、将来の仕事につながるいろいろな勉強をもっとやりたいなあと考えています。
(インタビュー構成=前屋毅、取材=8月15日、東京・田町のNECラーニングにて)
インタビューを終えて 前屋毅
結婚退職、いわゆる「寿退職」がほとんどない、という話には驚いた。女性は結婚を機に会社を辞めてしまうので、それを前提にして仕事させるしかない、いまだに多くの男性管理職が口にすることだ。 ちょっと前、転職を仲介する会社を取材したときにも、同じような話を聞いたことがある。その会社に登録している女性の多くが資格を持ち、仕事に対しても男性より積極的にもかかわらず、なかなか求人がない。理由は、「結婚などで女性は、すぐ辞めるから」だというのだ。実態がそうだからというより、そういう潜在意識が強いからにすぎない。「男性だって簡単に転職する時代なのにね」と、そのときは笑い合ったものだ。 優秀な女性を辞めさせないで活用するためには、「女性が働ける環境」を整えることが重要になってくる。理屈ではわかっていても、なかなか実行できていない会社が多い。それは、「女性は辞める」という潜在意識から抜けきれていないからにすぎない。 まずは、ここから変えていくべきだ。それには、人事部で女性が重要な地位を占め、女性としての視点から人事制度の改善をはかっていくことが必要なのではないだろうか。
まえや・つよし●1954年生まれ。『週刊ポスト』の経済問題メインライターを経て、フリージャーナリストに。企業、経済、政治、社会問題をテーマに、月刊誌、週刊誌、日刊紙などで精力的な執筆を展開している。『全証言 東芝クレーマー事件』『ゴーン革命と日産社員――日本人はダメだったのか?』(いずれも小学館文庫)など著書多数。