なぜ伝わらない、わからない、
誤解だらけの職場コミュニケーション
東京大学大学総合教育研究センター准教授
中原 淳さん
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結果としてコミュニケーションが増えるワークを
そもそも組織が、「コミュニケーション不全」に陥る原因は何なのでしょうか。そういう企業には共通する原因や傾向があるのでしょうか。
個々の企業の問題というよりも、構造的な問題だと思います。これだけ世の中からスピードを求められ、仕事の規模が肥大化し、かつ働く人が多様化すれば、どんな職場でも放っておくとコミュニケーションがとれなくなるのが当たり前だと思います。いままで何もしなくてもうまくいっていたのに、うまくいかなくなる、ことはやむをえないのではないでしょうか。
そして、マネジメント側としてはあえて「仕掛け」とか「仕組み」を作らなきゃいけなくなった。よくあるのが「コミュニケーション向上委員会」みたいなプロジェクトですね。コミュニケーションについて、コミュニケーションするような。でも、それでは働く大人たちは乗ってこないんですよ。「忙しいのに、仕事を増やすな」と恨まれるのが関の山。第一、気恥ずかしいでしょう。
では、どうすればいいのですか。
マネジャーが職場のコミュニケーションを改善したいと思ったら、それをそのままメンバーに伝えるのではなく、たとえば仕事でいままで組んだことのない人同士を組ませるとか、会議のやり方を変えて、一回小グループで対話をさせてから全体で共有するとか。あくまでも「仕事の中に潜ませる埋め込む」――そういう感じで自然にやったほうがいいと思いますよ。つまり、「コミュニケーション」と「仕事」をそれぞれ切り分けて対処するのではなく、「ワーク」を「コミュニカティブワーク」にしていけばいいのです。働く側からすれば、コミュニケーションを向上させられているとは思わないけれど、結果として機能しているような状態を目指せばいいのではないでしょうか。一言でいえば、「コミュニケーション向上とは言わないコミュニケーション向上」をはかるべきなのです。仕事のやり方を変えることで、結局、「コミュニケーションが向上」すればよいのではないでしょうか。
有能なマネジャーとはそういうことができる人だし、それは、学校現場で有能な先生がやっていることと非常によく似ているんです。子どもを相手に「コミュニケーションをよくしろ」とか「コミュニケーションについて話し合え」といっても、何も変わらないでしょう。有能な先生は、教室の机のレイアウト、子どもに対する課題の出し方、グループの組み方、さまざまな要素を組み替えることで、学級のコミュニケーションや関係作りを行っているのです。
くどいようですが、仕事でも本来目指すのは仕事の質を高め、成果を上げることですから、仕掛ける側はコミュニケーションの改善を狙いとして持っていても、それをメンバーにあえて伝える必要はないんです。目的はあくまでもワークのあり方を変えることではないでしょうか。結果としてメンバー間の対話が増え、コミュニケーションが活発になるようなワークの組み方を考えることが、現場のマネジャーの最大の役割といえるでしょう。
ワークとコミュニケーションを切り離して、コミュニケーションだけを何とかしようとするからダメなんですね。目的と手段を取り違えてしまう。
でも、切り離したくなるんですよ。コミュニケーションとワークを分けて、コミュニケーションの部分にだけ着目して、そこに対する処方箋を打とうとします。とくに、人事担当者としては。そこを切り離さないと、「研修」として成立しないからです。どうしても短期的処方箋として、みんな「研修」に頼りたがるでしょう。そういう対処療法ではよくないと思うんですけどね。
むしろ、こういう考え方を現場のマネジャーに理解してもらう。次に、現在の「自分の職場のあり方」を見つめ直してもらう。ここ数年来、僕が取り組んでいる研究に「職場の定量化」の研究というのがありますが、この知見が役立つかもしれません。その上で、何をするのかを考えていただければよろしいのではないでしょうか。
コミュニケーション不全の解決に人事部ができること
そうなると、現場のリーダーに求められる資質も従来とは変わってくるのでしょうか。少なくとも、前時代的な上意下達のトップダウンではないような気がしますが。
極論すれば、私は、現場のマネジャーという役割は“ワークショッパー”でいいと思っています。参加型の場を用意して、個々のメンバーが自由に、自分の考えに基づいて仕事をできるようにする。もちろん基本的なルールや条件から逸脱した場合は指導する。経営学の言葉でいえば、「サーバントリーダー」が近いかな。
対話を促すファシリテーターとしての能力も必要でしょうね。でも、そういう資質を持ったリーダーが、はたして現在の日本の企業社会にどれだけいるのか。
いまは世代の過渡期で一番しんどいかもしれません。50、60代はトップダウンで育っている。上からの指示命令は絶対という世代でしょう。40代はバブル世代で、そもそも人を動かす教育を受けていない上に、トップダウンの影響もかなり残っています。30代になるとそれが少し緩和されて、ファシリテーションの感覚や「WEB2.0」っぽい考え方が出てくる。20代だと、もうそれがあたりまえ。いまは、コミュニケーションに関する多様な価値観が組織内に混在している過渡期なんですよ。
皮肉なことに、社内で「コミュニケーションの改善」を声高に叫ぶのは、往々にして対話やお互いの“違い”を認めあうのが苦手なトップダウン世代だったりしますね。
ありがちですね。以前、ある企業でこんな話を聞いたことがあります。オフィスにリラックススペースを作ったのに、誰も集まってこないというんです。そりゃあそうでしょう。それをつくればみんなが集まって、コミュニケーションが活発になるというのは、上の人間のコミュニケーション観ですから。現場の人間の感覚からすれば、そんなところにいたら「さぼっていると思われる」。だから、誰にも使われないリラックススペースが増えていくんです。もしも上がそういう設備をつくりたいのなら、若手にプランニングをまかせればいい。そのこと自体が彼らのコミュニケーションになるんですから。
仕事を任せてみるとか、問題をボトムラインに委ねて対話をさせてみるとか…そういうことをすると、マネジャー自身も楽になれるんです。いまは、何でもマネジャーのせいにされるでしょう。各メンバーの成長という点でも、業務を任されるほうが個人の成長感は圧倒的に高い。これはさまざまな調査で実証されている事実です。
組織のコミュニケーション不全を解消するために、人事には何ができるでしょうか。
先ほどもいいましたが、そのための仕掛けを作るのはあくまでも現場のマネジャーの仕事です。ただ、企業を回っていると、それぞれの現場で、有能なマネジャーは、ワークショップをやったり、若手とベテランをくっつけて知識共有を図ったり、いろいろとすごいことを、自分の頭で考えて「仕掛け」ているのです。しかし、それを人事が知らないことがよくあることに気づかされます。あるいは、隣のラインの事業部のマネジャーが、そうした取り組みをほとんど知らないということがよくあるんです。いわゆる「局所最適」ばかりが追求されて、全社的な取り組みにまで発展していないんですね。これは、非常にもったいないことだと思います。
かつて人事に集約されていた人材育成機能が、ラインに移譲された結果でもありますね。
そうなんです。働く大人の学びやコミュニケーションに関する取り組みが、各現場だけで完結してしまっている。でも、だからこそ、人事のやるべきこと、人事にしかできないことがそこにあるんじゃないでしょうか。つまり、個々の現場の取り組みを全社的な視点で統括し、「局所最適」を「全体最適」に高める役割です。そのしくみづくりが、これからの人事部には求められると思います。人事の果たす役割への期待が、非常に大きくなっているのではないでしょうか。
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さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。