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キーパーソンが語る“人と組織”

「日本型成果主義」の新しい賃金システム

楠田 丘さん

社会経済生産性本部雇用システム研究センター所長

これまで日本の企業の多くは「職能資格制度」を柱とする能力主義的な賃金システムを採用していました。しかし「成果主義」の導入を機に、毎年の定期昇給をやめたり、年齢給の考え方を見直したり、日本型の賃金システムと決別する企業が少なくありません。労働市場が大きく変化したせいで、従来のやり方ではもう対応できないのかもしれませんが、賃金のシステムを古いものから新しいものへと一足飛びに変えてしまって、何か問題が起きたりしないでしょうか。新旧のシステムのいいところをミックスして、今の企業の実情に適した賃金システムを生み出せないものか。日本の賃金システム研究の第一人者であり、「職能資格制度」の生みの親でもある楠田丘さんにうかがいました。


Profile
くすだ・きゅう●1923年熊本県生まれ。九州帝国大学理学部数学科卒業後、労働省(現・厚生労働省)入省。統計業務指導官、経済企画庁経済研究所主任研究官などを歴任した。70年に退官し、その後、日本生産性本部(現・社会経済生産性本部)主任研究員。81年には日本賃金研究センター代表幹事。94年から社会経済生産性本部雇用システム研究センター所長を務める。75年以降、多くの企業が導入した「職能資格制度」の提唱者としても知られる。『賃金とは何か――戦後日本の人事・賃金制度史』(中央経済社)『中堅中小企業に役立つ人事・賃金の実務学――能力プラス成果主義の導入法』(経営書院)など著書多数。



「成果主義」的な賃金制度は時代の流れ

―― 多くの日本企業が「成果主義」のかけ声の下、大急ぎで人事・賃金制度の改革に乗り出しています。でも、なかなかうまくいかず、見直しを余儀なくされている企業が多いのも実情です。その原因はどこにあるのでしょうか。

失敗した企業の「成果主義」というのは、社員に対して、短い期間の成果だけを要求しているからでしょう。アメリカ型の「成果主義」では、1年など短期間で社員を評価する考え方ですが、私は、1年が終わった段階で、Aさんの業績は低かった、Bさんは高かったと賃金を決めるのは、ちょっと大人気ないと思うんですね。

そもそも賃金には2つの考え方があるんです。1つは「人間の価値」で決める能力主義の賃金。もう1つは「仕事の価値」で決める成果主義の賃金です。これまで日本企業の賃金制度の土台となってきたのは、前者――「人間の価値」で決める賃金でした。後者は欧米企業の賃金の土台となっていて、これが一般に「成果主義」と呼ばれていますね。つまり「成果主義」というのは、社員がどんな仕事を受け持っているか、どれだけマインドアップ(意欲の高揚)して仕事をこなそうとしているのかを評価するものです。いま日本企業の賃金制度は、前者から後者へ大きく変わろうとしているところですけど、本来の「成果主義」が持つそのような考え方に拠らず、社員に結果、つまり業績だけを要求しています。そんな成果主義は日本企業をかえってダメにするし、失敗しないほうがおかしいんです。

―― だとしたら「成果主義」はやめて、日本企業はこれまでどおり「人間の価値」で決める賃金制度を維持すればいいと思いますが。

それが、そうはいきません。「成果主義」は時代の流れになっているからです。嫌といっても日本企業は受け入れざるを得ないでしょう。

楠田 丘さん Photo

これまでの日本企業の賃金制度から「成果主義」へ流れが変わったのは1998年、日本長期信用銀行や山一證券など潰れるはずがないと思われていた大企業が相次いで破綻した頃からです。それ以前の日本の労働市場は需要過剰でした。人を求める企業のほうが、企業を求める人を上回っていたんですね。ところが98 年以後、その関係が逆転した。労働市場は完全な供給過剰になり、人を求める企業は少なくなって、売り手市場から買い手市場に変わりました。

同時に、働く人の高齢化が進みました。こうなると、企業は人件費を抑制する方法を考えます。供給過剰に変わった労働市場から、より専門的な人材を求めるようになります。能力主義的な賃金だけではやっていけなくなり、賃金を下げることが可能な「成果主義」的なシステムを取り入れ始めたわけですね。

定期昇給と年齢給をやめる企業は言語道断

―― 「成果主義」的な賃金システムが時代の流れだとすれば、従来のシステムは消え去るのでしょうか。

いえ、従来の日本企業の賃金システムを捨ててしまうのは間違っていると思いますね。たとえば定期昇給をやめる企業がありますが、私に言わせたら言語道断ですね。

安定した日常生活を送ることができる。毎日、毎月、毎年、ごはんを食べるための賃金を安定的に得られてこそ、人は仕事ができる。定昇というのは、賃金の基本中の基本ですよ。子供が大きくなるにつれて教育費がかさんだり、生活費も余計にかかったりしますが、そういうことを受けとめるのが定昇であり、年齢給であるはずです。定昇と年齢給の上に能力や行動があって初めて、人は成果を出せる。定昇と年齢給を否定しておいて社員に成果を出すよう求めたところで、うまくいくはずがありません。

―― 定昇、年齢給、職能資格制度など従来の日本の賃金システムをベースにしながら、そのうえに成果主義を重ねていくことが大切だということですか。

そうです。従来の日本企業の生涯労働――学卒後の入社から定年に至るまで――の賃金はどのようになっていたかというと、40歳前後の時点で一つの境がありました。40歳以前の賃金というのは、その労働の質に比べると低い賃金(アンダーペイ)が支払われる。しかし、40歳以後の賃金は価値に比べて高い賃金(アッパーペイ)になるんです。働く人にしてみたら、前半のマイナスを後半でカバーするかたちになっていたわけです。

これは日本で約100年も続いてきた賃金システムだったのですが、若い世代の労働者が少なくなる一方で、高齢の労働者が増えてきたために、労働者全体の労働量が落ちているのに企業が労働者全体に支払うべき賃金は急増するという状況を生んだわけですね。企業は100年続いた賃金システムを維持していくことがむずかしくなった。社員の生涯賃金をかんがみながら、従来のシステムに成果主義的なシステムを調和させるような賃金体系をつくらなくてはいけません。

楠田 丘さん Photo

―― 具体的には、どのような賃金体系がいいのでしょう。

賃金体系を年齢とスキルに応じたものにすることです。たとえば、未熟な仕事しかできない20代の社員は年齢給が7割、職能給3割をベースに賃金を決めていく。能力が伸びる30代になったら、年齢給4割、職能給6割にベースを変える。そして、40代の課長クラスは職能給が7割で、3割は役割給にシフトする。部長クラスになればほとんど役割給だけにする――というように、能力主義の土台の上に成果主義を乗せることですね。これを私は「日本型成果主義」と呼んでいます。


ロングランの評価を基に昇進・昇給を決める

―― そこまで考えて「成果主義」的な賃金制度を導入している企業は少ないのではと思います。

多くの企業が慌てて成果主義の賃金システムを導入しているのは、従来のシステムでは社員の高齢化でアッパーペイの比率が高まり、何とかして人件費を節約したいと思っているからでしょう。

「定昇も年齢給も止めたい。日本的な賃金システムに代わる方法はないものか」などとぼんやり考えている経営者は、コンサルタント会社などから「アメリカの企業は定昇も年齢給もありません」「役割給を導入すれば賃金カットが可能になります」「アメリカの企業は成果主義導入から繁栄しました」などと聞かされたとたん、飛びついてしまう。日本的な賃金システムを捨て去ることが成功につながると考えてしまうんですね。

―― たとえそれで人件費の削減ができたとしても、社員から不満が出たり、人材の育成が鈍ったり、逆効果になる可能性があると思うのですが。

そのとおりです。優秀な人材ほど、「こんな会社ではとても働けない」と逃げていくと思いますよ。というのは、社員個人の成果=業績の良し悪しは、ひとり社員だけのせいではないからです。業績が悪いのは、社長や上司の判断が誤っていたり、同僚の協力がなかったり、部下が言うことを聞かなかったり、しばしば社員本人以外の原因があるものです。そういう原因を無視して「君は業績が下がったから来月から賃金を下げるぞ」と言われたら、どうでしょう。「自分だけのせいじゃない。社長のせいだ」などと反論したくなりませんか。人件費の削減が目的の、短期的な評価の賃金システムでは、そんなふうに職場の連帯感が失われるし、社員は目先のことだけを考えて、落ち着いて仕事をしなくなりますよ。

―― 社員の評価は長い目でしていかなければならない、と。

楠田 丘さん Photo

そうです。私の言う「日本型成果主義」では、社員をロングランに評価しろと言います。航空会社のマイレージ制度のように、毎年の評価の点数を累積させ、一定の点数に達したところで社員の昇進・昇給を決めるのです。「君は今年、あまり成果が出なかったから20点の評価になるけれど、来年がんばったら50点でも取れるよ」とか、「君の点数はこの5年で合計300点を超えたから、課長に昇進です」などというようにする。社員一人ひとりが評価の「マイエイジポイントカード」を持っていると考えればいいんですね。仕事の内容自体、一昔前の単純定型業務から今は創造型業務へと変わってきていますから、短期間で社員の仕事を評価するのではなく、いかにしてその社員が業務を「創造」して会社に貢献したかを、長い目で見ていくことが大切だと私は思うんです。

最近では、「本家」であるアメリカの成果主義も変わりつつあります。1940年代から50年代まではペイ・フォア・ジョブ、つまり職務給の時代でした。しかし最近では、人間基準のコンピテンシーを取り入れるなど、目先の成果だけを追うのではなく、長い目でその社員が会社にどう貢献したかを見ていこうという流れになっています。また定昇制度を取り入れた企業が3割もある。アメリカが日本的の賃金システムから学んでいるケースもあるわけですね。

社員の実力で職責を決め、社員のチャレンジで役割を決める

―― 現在、楠田さんの提唱する日本型の成果主義を取り入れている企業はどのくらいありますか。

成果主義を取り入れている企業の中の約3割といったところですね。たとえばキヤノンは上級職能の定昇を止めましたが、下位職能では毎年賃金を上げる制度をちゃんと残しています。またNECは実力で職責を決めるけれども、役割は本人のチャレンジで決めさせています。実力とチャレンジの両方が入っている点で優れていますね。上司が部下に対して一方的に押しつける役割ではダメですから。

実力とチャレンジという点について、もう少し言うと、たとえば、これは仮の話ですが、巨人の清原和博選手が「今シーズンはホームランを30本打ちます。打率は3割2分。絶対にケガはしません」と自ら宣言したとします。監督やフロントが清原選手に言うのは「4番を打ってくれ。1塁を守ってくれ。そしてチームが優勝するように成果を上げてくれ」程度にとどめておく。それ以外の具体的な目標や期限などを清原選手自身が決めて、「ホームラン30本、打率3割2分、ケガなし」を宣言したら、それが「チャレンジ(具体的行動計画)」です。つまり、実力で職責(4番を打って1塁を守る)が決まり、そこに本人が宣言したチャレンジ(30本、3割2分、ケガなし)を含めて向こう1年間の役割と基本年俸が決まることになります。

―― 上司ではなく、自分で決めた役割に対してだったら、やる気が起きるでしょうね。

楠田 丘さん Photo

そう。人は誰も、自分で目標を立てると「どこまでも責任を持ってやろう」という気になりますが、上司から「何が何でも30本打て、1度も休むな」というように一方的に押しつけられると心配になって、挑戦的なやる気が失せるものです。現在、成果主義を導入した企業は、上司から「30本打て」と強いるような目標管理制度をやっているケースが少なくありません。まずは、そのあたりから見直すべきだと思いますね。

(取材構成=天野隆介、写真=中岡秀人)


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