有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第36回】
「ジョブ型」に踊らされるな!(その3)
かつての「成果主義」狂騒曲に思うこと
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
これまで、「ジョブ型」を題材に「バズワードに踊らされないこと」を提唱してきました。そして、「ジョブ型」の対極にあるのは「メンバーシップ型」ではないこともお伝えしました。
雇用関係が「メンバーシップ型」でも、職務アサインメントは「ジョブ型」という企業は多いはずです。両者は矛盾する概念ではありません。私は、「ジョブ型」と対になるのは、「メンバーシップ型」ではなく「職能型」だと考えています。
さて、思い出すのは、20年ほど前、今の「ジョブ型」と同じように人事の世界でもてはやされた言葉があったことです。それは「成果主義」です。
「成果主義」は失敗だったのか?
日本的経営の「三種の神器(終身雇用・年功序列・企業内労働組合)」に代表される従来の人事制度は、バブル崩壊以降、その限界が唱えられるようになりました。それらに代わる新しい仕組みが模索される中、多くの企業が評価制度として導入したのが「成果主義」です。90年代半ば、成果主義はまさに人事分野における最大の「バズワード」であったと言えるでしょう。ピーク時には、日本企業の8割以上が導入していたとされています。
しかしながら、日本企業における成果主義は必ずしもうまく機能せず、さまざまな問題点が指摘されるようになりました。そのため多くの企業で、一部または大きな改革が行われました。
1993年から日本企業の先陣を切って成果主義を導入し、その先進的な経営姿勢が注目を浴びた富士通は、2004年の年頭に成果主義の失敗を認めて、多くの企業の人事関係者に衝撃を与えました。2006年には三井物産が成果主義を撤回し、利益という結果ではなく、チームワークなどのプロセスの評価を軸にした新制度に切り替えています。
では、「成果主義」は本質的に失敗で、日本には向かない制度だったのでしょうか。
「成果」ではなく、「結果」だけを見てしまったことが問題
社員を評価する指標として、理論上ありえるものは「能力」と「成果」の二つでしょう。歴史的に、日本企業は前者を、欧米企業は後者を軸にしてきたと考えられます。長期的に「能力」と「成果」は正比例するはずですし、正しく運用されれば、評価軸はどちらでも問題ないはずです。
ところが、日本企業は「能力」を「職能(職務を遂行する上での能力、年数とともに上昇するはず)」と読み替え、結果として年功的な組織文化をつくってしまいました。ここに問題の根源があります。年齢や年次は、「成果」と正比例にはならないからです。
一方、「成果主義」を導入した企業の多くはその定義を狭く設定してしまい、「成果」ではなく「結果」だけを見ることで失敗したのだと私は考えています。売上や採用数だけを評価し、顧客満足度や品質を見落としてしまったのではないかと。あるいは、自己成績至上主義を促進するあまり、全体最適や顧客視点が不足してしまったのではないかと。
私は「成果主義」の典型とも言える米国企業でも働きましたが、それらの企業では「行動」や「プロセス」も、そして「リーダーシップ」や「チームワーク」も、「成果」の一部でした。行動成果(月間何人のお客さまと面談したか、部門横断プロジェクトに携わったかなど)や360度評価(会社のバリューを体現しているか、関連部署を支援しているか、リーダーシップを発揮しているかなど)も、「成果(Contribution/Achievement)」の重要な要素だったのです。
人事部門にも責任あり
上述の問題以外に、評価者の意識を変えるための十分な教育が行われなかったことがあるかもしれません。
伝統的な日本企業では、年功的に管理職に就いた人が多かったでしょう。しかも、直近は「なんちゃってマネージャー(部下がいない管理職社員)」であったかもしれません。そのような人にとって、自分自身がされた経験がない「成果主義に基づく評価作業」を行うことは極めて大きな難題であったはずです。望ましい結果や行動・プロセスを定量化し、それらを目標設定や評価のフィードバックにつなげ、さらには処遇との整合性・納得性にまで結び付けなければなりませんが、人事はそのために十分な評価者教育を実施したのでしょうか。
加えて考えられるのは、人事部自身が変われなかった可能性です。現場には「成果主義」と伝えておきながら、自らは「年次管理」や「分布管理」を継続していたということはないでしょうか。
いずれにしても、人事部門の責任は小さくありません。
最後に
行動やプロセスも含んだ俯瞰的な「成果」と単純な「結果」をはき違えた帰結として、さらに、それを正すことができなかった人事部門の落ち度も加わって、多くの企業で「成果主義」は失敗の烙印を押されました。しかし私は、決して思想として間違っていたわけではなく、運用において失敗したのだと考えています。
そして今、「ジョブ型」についても同様のリスクを感じるのです。すでに本連載の中で、「ジョブ型」の本来の姿や、実態としての組織は「職能型」と大きく異なるわけではないことを述べてきました。それを理解した上で、明快な意図をもって「ジョブ型」を導入するのであれば、自らの首を絞めないように柔軟な運用を検討しておくべきです。
多くの日本企業において、本来は職務遂行能力によって処遇するはずの「職能型」の中、能力ではなく年齢や勤続年数に基づいて処遇をしてきてしまったという過ちが現存します。これを正す必要があります。ただし、繰り返し述べてきたように、「ジョブ型」はその答えではありません。修正すべきなのは、評価の座標軸です。年数を評価や処遇の要素から外すことであり、正しく運用するのであれば、基軸にするのは「能力(職務上発揮されているもの)」でも、「成果(行動やプロセスも含めたもの)」でも、どちらでも構わないのです。
どうか皆さん、「ジョブ型」に踊らされませんように! そして、かつての「成果主義」狂騒曲の轍(てつ)を踏むことのないように!
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
「成果主義」狂騒曲を覚えているかい?
「ジョブ型」に同じ匂いを感じるのは俺だけかなぁ
ジョブ型についてのトピックスをコンパクトにまとめた一冊です。今話題のジョブ型人事について日本の雇用形態の主軸である「メンバーシップ型」と比較しながら解説。さらに企業の導入事例や、『人事白書』の関連データも掲載しました。
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- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。