社員が笑顔で、生き生きと働くための
「キャリアカウンセリング」
法政大学キャリアデザイン学部教授・臨床心理士
宮城 まり子さん
昨今、「現場の社員に元気がない」「社員同士の関係が希薄になっている」という声がよく聞かれます。“不機嫌な職場”という言葉にも表されるように、働く現場ではさまざまな問題を抱えているにも関わらず、その解決法を見出せずに悩んでいます。このような状況下で組織が活性化し、生産性を向上していくためには、社員一人ひとりに対するしっかりとしたケアが必要です。では、コミュニケーション不全に陥っている職場や個人に対して、どのように支援していけばいいのか──。今回は臨床心理士として、またカウンセラーとしても豊富な経験を持つ、法政大学キャリアデザイン学部教授の宮城まり子先生に、社員が生き生きと働くためにどのようなアプローチが有効なのか、具体的なお話をうかがいました。
みやぎまりこ●慶応義塾大学文学部心理学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。病院臨床(精神科、小児科)等を経て、産能大学経営情報学部助教授となる。1997年よりカリフォルニア州立大学大学院キャリアカウンセリングコースに研究留学。立正大学心理学部教授を経て、2008年4月から現職。専門は臨床心理学(産業臨床、メンタルヘルス)、生涯発達心理学、キャリア開発・キャリアカウンセリング。他方、講演活動や企業のキャリア研修などの講師としても精力的に活躍している。著書には、『キャリアカウンセリング』(駿河台出版社)『キャリアサポート』(駿河台出版社)『心理学を学ぶ人のためのキャリアデザイン』(東京図書)『成功をつかむための自己分析』(河出書房新社)などがある。
メンタルヘルスには、「キャリア」の問題が大きく関わっている
最近、職場におけるコミュニケーション不全、さらにはメンタルヘルスが大きな問題となっていますが、この点についてどのようにお考えですか。
メンタルヘルスに陥った人たちへの支援をしていると、実は「キャリア」の問題が大きく関わっていることに気づきます。仕事を通して自分が活かされている、成長していると感じられれば、たとえいま置かれている状態が厳しくても、精神的には健康です。しかし、そういうことを感じられずに目先の仕事について悩み出していくと落ち込みが激しくなり、メンタルな問題が発生してきてしまいます。
今までの施策というのは、メンタル的な部分のみの支援が中心で、一人ひとりが生き生きと働くことにあまり注力してきませんでした。昨今は、臨床心理学に加えて、キャリアカウンセリング的なアプローチを加えていくことが、働く人たちへの支援の中で欠かせないものだと私は考えています。
宮城先生は、キャリア研修などの講師もなさっていますね。
キャリア研修では、自分のキャリアについて立ち止まって考えることからスタートします。これから自分はどんなキャリアを歩みたいのか、現在の仕事の中で抱えている課題を将来の問題と結び付け、現在抱えている課題を乗り越えることによって得られるものは何かを明確化することによって、無駄なことは何もないことに気づくでしょう。
将来のキャリアを考える中で、問題を書き出し、自分の働き方を見つめ直して今をもう一度逆照射していく。「人間ドック」ではありませんが、「キャリアドック」に入ったような感じを持ってもらい、心身ともにリフレッシュした状態で、もう一度現場に戻っていける研修を心掛けています。
なるほど「キャリアドック」ですか。キャリア研修というのは、これからを展望するすごくいい機会ですね。
ただ、自分の仕事やキャリアについて考え、気づき、変わっていくためには、一人でただ書き出しているだけではダメで、必ず仲間が必要です。
最近は、部署によっては同じ年代の人が少ないので、仲間と語り合うこともあまりないのかもしれません。人生について語り合ったり、自分は何を大切にして生きているか、働いているのか、ということなどを人に話したりしなくなりました。特に、今の若い人たちは自分の働き方を真面目に語るということをあまりしません。上司にしても、「精神論」を言わない人が多い。上司自身が自分の価値観や生き方、これまでどういう風にキャリアを積んできたかなどを、若い人たちにあまり話していないように思います。
その結果、業務情報の伝達だけで、自分を語る場、心を通わせる場、気づきの場となるような環境が職場に存在しないことが、メンタルヘルスの面でも問題となっているのではないでしょうか。
こうしたことに気づかれたのは、どのくらい前のことですか。
10年くらい前でしょうか。私は1997~98年までアメリカに留学していたのですが、その頃に感じたことです。アメリカではそれこそ幼稚園から高校まで、人生の早い段階からキャリア教育が充実しています。
子供たちに、何のために勉強するのかを問うています。将来、自分はどういう生き方をしたいのか、どんな働き方をしたいのか──その目的がないと勉強に対する動機付けができません。将来自分は社会でこういう仕事をして、世の中に貢献していきたいという目的があるからこそ、勉強しようという気持ちになるわけです。それが、ただいい高校や大学に入るために塾へ行って勉強しなさいと言っているだけでは、本当のやる気は起こりません。アメリカの子供たちがそうした将来の自分のキャリアや夢を語っているのを見て、日本との違いに驚いたものです。
宮城先生は大学院で社会人の方も教えていますが、そういう人たちはどうですか?
いま、大学院で学ぶ社会人が増えてきました。60歳の人もいれば、30代後半から40代にかけての働き盛りの人が、自分のキャリアを再設計したいということで、キャリアデザイン専攻の大学院で学んでいます。
仕事を終えて、夜6時30分から9時40分までの間、じっくりと勉強しています。皆で「キャリアって何だろう」と議論をしつつ多様な理論を学びながら、自分のこれからのキャリア設計へ組み込んでいく。まさに、キャリア理論を自ら実践しています。
「受け身」の姿勢の強い若者たち
一方、若い人たちをどのようにご覧になっていますか。
最近の若い人たちを見ていると、相手の立場に立つことの下手な人が多いですね。少子化の中で、常に親から欲しいモノを与えられ、受け身の姿勢で人生を過ごしてきたためか、どうやったらお客様に喜んでもらえるのか、上司はこの仕事を与えるに際し、自分に何を期待しているのか。さらには、上司を喜ばせるにはどうしたらいいのか…といったことになかなか思いが至りません。
10を期待された仕事に対して、自分では15の結果を出そうと考えたら、自己啓発せざるを得ません。それなのに、与えられたものだけをやればいいと思っている若い人たちが多い。
やはり、小さい頃から受け身の姿勢で育ってきたことが原因にあって、それが思考や行動パターン特性になっている。そうした状況が、この10年くらいで顕著になってきたように思います。
あるいは、家庭や学校教育の問題、そして企業の中での問題それぞれが関係し合っているのかもしれませんね。
原点は家庭にあると思います。親の過保護・過干渉です。最近、若い人のキャリア相談を受けると、自分はこんな仕事をするためにこの会社に入ってきたのではないと言う人がいます。自我が肥大化した結果、いわゆる「オレ様」「お姫様」状態になってしまっているのです。いま、自分に与えられたものの中で、そこから何を得て、どう成長していけるのか。そういう謙虚な姿勢が皆無なのです。世の中は、自分の思い通りになると考えている人が多く、他の人の立場を思いやれない。
そんな環境で育ってきたという前提を知った上で、会社は対応していかなければならないのですね。
大学でも、メールや私語が多くて、授業が進まないことも少なくありません。自分の都合で遅刻しても、それを悪びれるふうもなく、許してもらえると思っている。周りが自分に合わせてくれるのは当然と考えています。小さな頃から自分が中心で育てられてきたために、かつては考えられなかったようなことが、今や当たり前となっています。
会社でも、「自分がやりたい仕事を与えてくれ」という若手が増える事態が頻発しています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。