そのチャットでは、本音が交わされていますか?
「非対面コミュニケーション」の時代に人事が取り組むべきこととは
国立国語研究所 日本語教育研究領域 代表・教授 研究情報発信センター長
石黒圭さん
現在のコミュニケーションの悩みは
「媒体の問題」が発生しているだけ
ビジネス・ジャパニーズの機能について、さらに詳しく教えていただけますか。
ビジネス・ジャパニーズは、やり取りの目的で分けて考えることができます。
伝達 | 通知、報告、広報、案内、説明、あいさつなど |
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記録 | 議事録、会議メモ、資料、レジュメ、契約書など |
働きかけ | 提案、勧誘、注文、依頼、督促、照会、抗議など |
反応 | 回答、承諾、断り、留保、謝罪、弁解、感謝など |
このうち、伝達と記録は「業務上のやり取り」、働きかけと反応は「人間関係の駆け引き」だと分類できます。ビジネス・ジャパニーズは、この二つをめぐる目的達成型コミュニケーションの手段です。
目的達成型コミュニケーションにおいて、重要になるのは「相手」の存在です。社内のよく知っている人同士のコミュニケーションと、社外のパートナーや顧客とのコミュニケーションは当然のことながら異なります。私たちは日頃、目的や相手に応じて自然とビジネス・ジャパニーズを使い分けています。
最近問題になっているのは、そのコミュニケーションのための手段の部分でしょう。対面であれば空間を共有して肉声でコミュニケーションできますが、新型コロナウイルスの影響下ではそれができず、擬似空間での音声や映像を通じたコミュニケーション、さらにチャットやメールなどのテキスト主体のコミュニケーションといった媒体に手段が偏ってしまいました。齟齬(そご)が生じたり、思わぬ感情のすれ違いを生んでしまったりといったコミュニケーションの難しさは、媒体の違いに起因するものでしょう。
今は「媒体の問題が発生しているだけ」ということでしょうか。
そうですね。相手との関係が変わればコミュニケーションスタイルが変わり、そこで使われる日本語も変わります。これは媒体が変わるときも同様で、新しいジャンルが生まれれば、新しいビジネス・ジャパニーズが生まれます。
時代が変わってもコミュニケーションの本質は変わりませんが、相手や目的、媒体によっては日本語の使い方が変わる面もあるということです。今は媒体によって変わっているだけ。そう意識するだけでも、コミュニケーションの悩みを解決することにつながるかもしれません。
文章は、喜怒哀楽の「怒」として受け止められやすい
リモートワークでのテキストのやり取りには、対面で顔を合わせて言葉を交わすのとは異なる注意点があると思います。内容の受け取り方などにどのような違いがあるのでしょうか。
昔から、言葉は「話し言葉」と「書き言葉」に分かれると考えられてきました。しかし現代では、パソコンやスマートフォンなどで表現する「打ち言葉」もあります。これらの違いについて考えてみましょう。
「話し言葉」には「あのー」や「えーと」の言いよどみがつきますが、「書き言葉」にはつきません。「話し言葉」だけでなく「打ち言葉」にも「ね」や「よ」といった、印象を和らげるための表現が語尾につきますが、正式の「書き言葉」には「ね」や「よ」はつけにくいでしょう。「話し言葉」に存在する文末のイントネーションは、私的なチャットでは顔文字やスタンプで代用できますが、公的なメールでは難しいと思われます。
このように、段階によって言葉の表情感は少しずつ乏しくなっていきます。テキストだけのコミュニケーションで気持ちが伝わりづらくなるのはそのためです。
言葉の表情感が乏しくなっていくことで、受け手側が相手の感情をイメージしづらくなるという問題も起きますね。
そうですね。テキストだけでは相手の感情が見えづらいので、発信した側は特に何も思っていなくても、「この人は怒っているのかな」などと誤ったイメージで伝わってしまうことがあります。あるいは「ここが間違っています」といった断定的な言い方も、テキストではより強い表現として伝わってしまいがち。ぶっきらぼうな文章は、喜怒哀楽の中でも「怒」として受け止められやすい特徴があるのです。
重要なのは、そうした感情が見えにくいコミュニケーションが「それまでに築いた信頼関係」に支えられていることです。初めてやり取りをする相手とは、誰しも丁寧な文章でコミュニケーションを図るでしょう。一方で社内の同僚や部下に対しては、ぶっきらぼうな文章を送ってしまいがちです。感情が見えにくいコミュニケーションでは、それまでに築いてきた信頼関係の貯金を取り崩しながらやり取りをしているのです。
チャットでは、若い方を中心にスタンプやリアクションマークなどを活用して感情を補足することがあります。こうした方法も有効なのでしょうか。
有効だと思います。先ほどもお話したように、日本語では多くの場合、文末の「〜ね」や「〜よ」、あるいは「〜じゃないですか」といった表現で気持ちを伝えています。こうしたイントネーションを表現しづらいチャットなどでは、ぶっきらぼうになりがちな文章をスタンプなどで補っていけるといいですね。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。