これから日本の「働き方」「雇用」はどのように変化し、
人事はどう対応していけばいいのか(前編)
日本大学総合科学研究所 准教授
安藤 至大さん
長時間労働問題はどうすれば解決できるのか
長時間労働の問題について、どのようにお考えですか。
結論から言うと、積極的に「同床異夢」を目指すことが重要です。労働者の権利や安全・健康を考える立場の人たちは、「健康被害が起こるので長時間労働は問題だ」と言います。これに対して経営者や人事担当の人たちは、「労働時間に関してあまり手を縛られると目標達成が難しく、やりづらい」と言います。
解決のためには、お互いに視点を変えなければなりません。これから急激に人口が減っていきますが、特に15歳から64歳までの生産年齢人口が著しく減少することを考えると、貴重な働き手にどうやって働き続けてもらうかが重要になります。長時間労働によって一人の労働者がつぶされてしまうと、その人は社会を支える側から、社会に支えられる側になります。労働力人口が減るだけでなく、支えなくてはならない人が増えてしまうわけです。経済効率性の観点からも、人を使いつぶすような働き方をしてはいけないことが分かります。
長時間労働の理由の一つとして、労働者の気持ちや体力・能力に関する企業経営者側の理解が不十分であることが挙げられます。日本で企業の経営者になるには、自分で起業するケース、二世・三世として親の後を継ぐケース、入った会社で出世して社長になるケースと、概ね三つの道がありますが、これができるのはハードワークをいとわず、休まないで働くことができる大変有能な人たちです。そういう人は、普通の人たちも自分と同じくらい働けると考えがちですが、決してそんなことはありません。経営者や人事担当の方には、普通の人たちにいかにうまく働いてもらうかを考えて欲しいと思います。
これから人口減少社会を迎える上で、長時間労働で貴重な人的資源を使いつぶすことは避けなければなりません。経済的な面、労働者の保護の面の両方から考えても、長時間労働を減らすことは大変重要です。そのため私は、長時間労働については一定の上限規制があってもいいと考えています。
労働者の保護を考える人と経営者では考えが違うけれど、長時間労働を減らすという観点からは「同床異夢」でいいということですね。
極端な長時間労働を減らす政策に関しては、どちらも支持できるはずです。しかし、想定している目的が違うと、考える手段も違ってきます。実際、他人に考え方を変えてもらうのは難しいことですね。例えば、ある程度自由に経済活動ができる代わりに、それなりに格差が生じてしまう社会がいいと思う人もいれば、自由度がなくてやりづらくても、平等や安全を重視する社会がいいと思う人もいるわけです。
日本では、どちら側であっても飛び抜けて極端な考え方をする人は少ないでしょう。ある程度の自由とある程度の犠牲が必要だと考えている人が多いと思います。そのような状況で、自分とは考え方が違う人に自分の考えを納得してもらう時には、「同床異夢」でいいのです。「このプランは私の考える社会像で必要なことであり、あなたが考える社会像でも必要なことです」といった説得の仕方が、これからは必要だと思います。
長時間労働問題について上限規制が必要だとおっしゃいましたが、詳しく説明していただけますか。
いきなり欧州で行われているような「インターバル規制」(1日の最終的な勤務終了時から翌日の始業時まで一定時間のインターバルを保障し、休息時間を確保する制度)を11時間にしたりするのは、難しいと思います。欧州とは社会に対する考え方が違いますし、これまでの経緯も違いますから。私は「小さく産んで、大きく育てる」ことが重要だと考えています。まずは、経営者や人事担当者が「このくらいなら企業活動に影響はないだろう」と思える内容にすることです。例えばインターバル規制を11時間ではなく、8時間や9時間など、守りやすい時間から始めて、徐々に現実的な範囲で規制を広げていくという方法がいいと思います。いきなり100点を目指すのか、あるいは0点(=行動に移さない)でいいのか、といった話し合いからスタートするようでは、議論が成立しません。
もう一点、長時間労働問題と似ている話として、ワークライフバランスの問題があります。その重要性を説く人の多くは、「ワークを減らしてライフを充実させるべきだ」と言います。しかし、それは人の意思決定に介入することです。例えば、夫婦ともに残業はせずに共働きをしているけれど、仕事が終わったら子どもと家で生活することに重きを置く。そういうライフスタイルを取る人がいたら、尊重すべきです。それに対して、夫婦のどちらかが集中的に働き、一方は家事労働と子育てに専念するというのも、一つのライフスタイルとして認めるべきです。
長時間労働規制はあくまで健康被害、つまり仮に本人が望んでいたとしても健康を害する恐れがある働き方をブロックするために必要なのです。「一日8時間以上働くことは悪しきことである」といったような極端な議論になると、物事の本質が忘れられてしまいます。そのため、長時間労働規制は、客観的な基準であることが大切です。例えば規制する数字には、医学的な根拠があること。そして、規制を受け入れやすい内容から始めること。法律が定めているのは最低限のものですから、そこをもう少し手厚くしようと思ったら、各企業が労使の協同の下に充実させ、その成功事例を広く共有すればいいと思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。