日本の人事部「HRアカデミー」開催レポート
日々ワクワクして挑戦できる働き方へ
ジャパネットホールディングスが実践する
アットホームでストイックな生産性向上
株式会社ジャパネットホールディングス 人事本部 採用教育戦略部 ゼネラルマネージャー
田中 久美氏
「働き方改革」「生産性向上」の重要性を理解し、さまざまな施策を実践しているが今一つ手応えを感じられない、という人事パーソンは多いようです。ジャパネットホールディングスでは「働きやすさ」と「生産性」に着目し、働き方を一新。長時間労働や離職の削減へとつなげているそうですが、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。「HRアカデミー2023冬期講座」では、同社人事本部の田中久美氏が、これまで取り組んできた施策と具体的な成果について解説。「自社の働きやすさや生産性向上のために何ができるか」をテーマに、受講者によるグループディスカッションも行い、いま人事部門は「働き方改革」「生産性向上」にどう向き合うべきなのかを考えました。
- 田中 久美氏
- 株式会社ジャパネットホールディングス 人事本部 採用教育戦略部 ゼネラルマネージャー
(たなか ひさみ)2006年九州大学法学部卒業後、株式会社ジャパネットたかた入社。カスタマーサービス、経営戦略室を経て、2016年より採用・人材開発を担当。2018年より労務部門にて働き方改革・健康経営に取り組み、健康経営優良法人(ホワイト500)5年連続認定取得。2023年3月より現職。
ジャパネットホールディングスが徹底する残業削減と休暇取得
ジャパネットホールディングスは、長崎県佐世保市の1軒のカメラ店から始まり、テレビショッピングへと事業を拡大。現在は、通信販売事業とともに、プロのサッカークラブやバスケットクラブの運営、サッカースタジアムを中心としたまちづくりなど、スポーツ・地域創生事業も行なっている。従業員は4000名以上、売上2600億円規模にまで成長を遂げた。2015年には創業社長の髙田明氏から、新社長の髙田旭人氏へ経営のバトンが渡されたが、このタイミングで本格的な働き方改革が始まった、と田中氏は語る。
「私が入社した2006年当時に比べると、事業の幅は大きく広がっています。そんな中でも一貫している考えは『自前主義』です。基本的に外部委託はせず、何でも社員が担います。例えば、広告代理店のような仕事も、テレビ放送も、カタログ作りも、コールセンターでの受付も、全部従業員が手がけています。このような業態や平均年齢の若さもあって、ハードに働く時代が続いていましたが、社長交代を機に見直すことになりました」
取り組みの結果、「働き方改革企業特別賞」や、5年連続で「健康経営優良法人(ホワイト500)」(経産省が健康経営企業を表する制度)を受賞。ここに至るまでには、どのような取り組みがあったのだろうか。
田中氏は「働きやすさを整えて楽にするだけではなく、“生産性を同時に上げていくこと”が根本的なポイントになる」と強調した。
まず取り組んだ施策として、「勤怠ルールの改善」をあげた。
「以前は、何時まででも残業できる状態でしたが、まず『22時』までに絶対オフィスを出ることを目指しました。さらに週2回はノー残業デーとし、インターバル勤務制度を設けて9時間以上の休息を必須にしました。ところが当初は、社員から猛反発を受けました。『それでは仕事が終わらない』というのです」
こうした社内からの反発は、多くの企業で耳にするところだ。同社では「トップダウン」と「やりきる・徹底する姿勢」で、この課題に対処した。
「仕事を完遂するために残業を続ける社員を見て、社長が『働き方を変えた方が生産性は高まる。信じてほしい』と諭しながら、オフィスを回って規定時間を過ぎても残っている社員を追い出し始めました。トップ自らが、強く働きかけたのです。
人事からも、働く時間の意識を変えるために、社員一人ひとりへの丁寧な対応を心がけました。パソコンのログやオフィスの入退室をチェックして、勤務時間が長い社員と個人面談をしたり、残業をしている人には施策の意図を改めて伝えたりするなど、地道な活動を続けたのです」
すると、次第に働き方への工夫が各所で見られ始めた。例えば、カタログ制作チームでは、校正回数を3回から2回に減らし、複数種類のカタログの制作工程をまとめて一括で作業するなど、業務フローを見直した。効率化につなげる知恵を社員が出し合ったのだ。こうして、はじめは「22時」だった退勤時間が今では「20時30分」にまで繰り上がり、ノー残業デーは週3日に増えた。
有給休暇の奨励も行った。社長が「欧米では長期休暇を取って仕事もうまく回っているのだから、日本でもできないはずがない」と考えて導入されたのが、リフレッシュ休暇である。連続した5日間の有給休暇と公休日と合わせて9連休の取得を推奨。制度が浸透した現在は、有給休暇10日と公休日と合わせた16連休取得を促している。
「この制度に対しても、最初は社員から『Aさんが1週間もいないと仕事が回りません』といった反応がありましたが、強制的に休暇の取得を進めました。すると、本人にしかわからない仕事は誰かが引き継がざるをえず、仕事がどんどん見える化されていったのです。お互いの仕事をサポートできるようになり、休暇が取得しやすくなりました 」
休暇中はしっかりとリフレッシュしてもらうため、社用の携帯端末を上司に預けて、全く会社と接触できない状態にしている。当初は、仕事が気になって携帯端末を持ち出す社員もいたが、本人や上司に働きかけると同時に、休暇中は入電がすべて上長へ自動で転送されるシステムも作ることで、徹底したという。
「福利厚生面では、健康診断にかなり予算をかけています。年齢の条件はあるものの、パート・アルバイトも含めて、がん検診はオプションまで全部無料で受けられます。また、検診でがんが見つかった方に協力してもらい、社内研修で検診の大切さを語ってもらうなど、健康への意識向上に努めています」
生産性向上のためにまずは「人がやらない仕事」を仕分け
生産性向上の施策を考える際は「“投入資源”を少なくする」「成果を増やす」という点にフォーカスしたと田中氏は明かす。そこで、「人がやらない仕事を決める」「仕事の質を高め量と幅を増やす」「モチベートする環境を作る」という三つの柱を立てた。
「人がやらない仕事を決めるため、仕事の選択と集中を進めました。例えば、通販では約8500商品をインターネットに掲載していましたが、毎月の売上割合を見るとそこまで数多く扱う必要のないことがわかったので、売上の大きい770商品まで掲載点数を減らして『商品登録』の業務を大幅に圧縮しました」
同社では、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も活用。ロボットに任せられる仕事を人の手から離したところ、今では全社で10万時間ほどが自動化された。
日常業務の“断捨離”や“平準化”も決行した。同社では毎日、一人ひとりが業務計画表を作成し、チームで共有している。
各業務は緊急度によって、「本日必須」は赤、「後日納期」は黄、「時間流動的」は青と色分けされている。赤い業務だけで7時間を超えていると、その人は残業が確定だ。
業務計画表により、チーム内で「この会議は出なくてもいい」「この資料は代わりに作ります」などと、業務を調整できるようになった。それでも残業が発生した場合は、その理由が業務量過多なのか、時間の見積もりの甘さなのかなど、理由を探って本質的な業務改善へつなげていく。
全体の業務時間を削減する中で出てきたのが、「会議だけで1日が終わってしまう」という課題だった。そこで、社内会議の生産性を上げるために、次のような会議ルールを導入した。
ジャパネットホールディングスの会議ルール
- 議題のフェーズや具体的な達成目標を48時間前までに必ず提出する。
- 会議資料は24時間前までに提出する。スライドは5枚まで。
- 発表時間は5分以内。リードインのみを報告する。
- 相談案件なのか、決済案件なのか、目的を明確にする。
「実際に専門家に社内会議を見てもらい、助言を受けてまとめました。報告や共有など、会議の場で話す必要のないことは、“耳メール”というタイトルを付けたメールを送ることとし、会議の効率化を図っています」
設定した時間内に会議が終わるように、会議開始から一定時間経っても入室しない場合は予約がキャンセルされる、終了時間が迫ると警告音が鳴る、といったシステムもある。
業務に集中できる工夫もされている。その一つが、会議・商談を一切禁止する「ノー会議タイム」だ。午前9時~10時など特定の時間は、自らの業務に取り組む時間になっている。禁止時間帯に会議室を抜き打ちで巡回する、オンライン会議システムにアクセスしている人に連絡を入れるなど、人事によるチェック体制も徹底している。
また、半個室の「集中ブース」をオフィスに設置。電話対応や雑談がない環境で、一人で集中して仕事に没頭することもできる。
続いて田中氏が紹介したのは「職場環境の改善」だ。
「以前は、それぞれに固定席があって、デスクの上や引き出しに資料がどんどんため込まれていました。そこでオフィスをフリーアドレスに変え、ペーパーレス化を促しました。引き出しも全撤去したところ、全拠点で70トンが断捨離できたのです。今は、引き出しの代わりに小さなロッカーが与えられています。ロッカーも抜き打ち検査をしていて、中身があふれている人には是正勧告を出しています」
コロナ禍には、通勤時間の負担を減らそうと、オフィス自体のあり方も見直した。東京で行う必要性の低い仕事は福岡・長崎へ移転し、コールセンターの拠点は分散化。会社近辺に居住する社員に手当を付与する制度も設けられた。
効率だけではギスギスする。社員をモチベートする環境を
無駄を省く一方で、全従業員を対象に、知識やスキルを高め、増やしていくための研修を、業務時間内に隔週で開催している。仕事に関連するテーマだけでなく、資産形成や子育てなど私生活に役立つプログラムも企画し、多くの社員が参加している。
「注意しておきたいのは、『働き方改革だ』『生産性改善だ』と従業員に言っているだけでは、社内の雰囲気がギスギスしてしまうことです。モチベートする環境づくりとして、ジャパネットホールディングスでは、“業務中の休息の充実”“プライベートの充実の支援”に注力しています。
例えば、“業務中の休息の充実”のため、タニタ食堂と提携して社員食堂でヘルシーな食事を提供したり、地元の飲食店で使える無料食事チケットを配ったり、各拠点に自由に使えるマッサージチェアを置いたり。コールセンターには、学生アルバイト用の勉強スペースも用意しています」
“プライベートの充実の支援”に関しては、福利厚生として保養所、体育館、露天風呂などの施設が用意されているほか、ヤフオクドームの観戦ルームも借り上げている。これらは部署の交流にも活用されていると、田中氏は数々の写真を交えて紹介した。
従業員の家族に対しても、子どもの誕生や入学などお祝いのタイミングには商品カタログを贈っている。商品を届ける際は、部署メンバーからの写真やメッセージも添えられる。
働き方改革や生産性改善にあたって欠かせないのが、“エンゲージメントの向上”であり、そのためには、制度の背景をしっかり理解してもらえるような日々の働きかけが大切だと田中氏はいう。
例えば、全社員が視聴する毎月の全社朝礼では、社長や役員が、研修や制度の目的や背景などを丁寧に語る。日常的には、スマートフォンの従業員用アプリケーションを活用して、社長はじめさまざまな部署からリアルタイムに情報を発信し。アプリ内で社内向けプレゼント告知を行うなど、注目度を高める工夫にも余念がない。
「定期的に、社員と社長の直接座談会も開いています。社員からの質問にNGはなく、全て社長が回答します。気になることやモヤモヤをできるだけ解消してほしいと考えているためです。制度を浸透させるためには、背景を徹底して伝えて理解を促すことが重要です」
取り組みを始めた2015年と比べて、同社の月平均の残業時間は44%削減された。離職率はもともと他社平均より低かったが、さらに4%減少。顧客満足度調査、従業員満足度調査ともに、全ての項目が右上がりに順調に推移している。
参加者との質疑応答:トップダウンのメリットは? 壁に当たったときの対処法は?
田中氏のプレゼンテーションを受けて、参加者との質疑応答が行われた。
参加者:お話を聞いて、トップダウン色が強いと感じました。やりやすい点など、実感を教えてください。
田中:当社の場合、人事施策はトップダウンです。社長自身が全社員の前で説明し、施策がやり切れているかも社長自ら確認します。そのため、人事の私たちも社長と密にコミュニケーションをとることでスピーディーな対応がしやすくなっています。
参加者:会議の発表時間は5分以内というお話がありましたが、事前に資料を読み込むなど、逆に時間がかかることはないのでしょうか。
田中:資料は、事前に読み込みません。発表時間だけで伝えます。発表者は、パワーポイントのスライドは5枚以内と決められているため、その場ですぐに伝えたいことがわかる見せ方が求められるので、伝えるスキルが訓練されていきます。
参加者:社員からの反応が悪くて、すぐにやめた取り組みや制度はありますか。
田中:良いと思う施策はまず人事で試すケースが多く、そこで出た課題を解消したうえで、徐々に全社へ展開させていきます。
全社展開した施策をすぐにやめた例は、あまり記憶にありません。というのも、当社では「やりきる」ことが重視されるからです。社長に「うまくいかないからやめます」と伝えても、「本当にやりきったのか。価値があると思って導入したのなら価値が出るまでやるべきだ」という言葉が返ってきます。人事として施策をもう一歩見直した結果、改善点が見つかって制度が継続され、価値を発揮できることも多く、簡単に止めなくてよかったと感じます。
参加者:たくさんの施策に次々と取り組まれていますが、人事の皆さん自身はどのようにしてモチベーションを持たれているのでしょうか。
田中:目の前にいる従業員の喜びが見られることが大きいと思います。小さなことですが、社員満足度調査で自由記入欄にマイナス面の話を書かれると悲しくなるので、「本音で書いてもらいたいのですが、よかったこともぜひ書いください」と伝えて、モチベーションにつなげています。
参加者によるディスカッション:実施を徹底させる、成果を確認する
次に、受講者がグループに分かれて「自社の働きやすさ、生産性向上のために何ができそうか」をテーマにディスカッションが行われた。その後、各グループの内容が共有された。
参加者:ジャパネットホールディングスさんのようなトップダウンをすべての企業に適用するのは難しいと感じました。ただその中でも、会議の取り組みなどを「徹底して実施する」ところは、自社に持ち帰って取り入れたいと思いました。
田中:トップがここまで人事に関心が高いと、学べることも多くなると感じています。トップダウン型でない場合は、逆に、人事が主導できるとも考えられます。自分たちでやりたいことを進めていける環境にあると捉えて、どんどん挑戦してみてください。
参加者:私たちのグループでは、施策を始めるとき、社員に指針や理念が共有できていないケースが多いという共通項が出てきました。ジャパネットホールディングスさんのように、背景も含めてきちんと説明していくことで、反発や否定的な声を減らしていけるように取り組んでいこうという話になりました。
また、RPAを導入している企業は多かったのですが、導入後の「結果」を共有できてないことに気づかされました。結果を開示した上で、さらに次へとつなげていく姿勢を忘れてはいけないと感じています。
「徹底」の話題も出ました。リフレッシュ休暇の取得中にオフの状態を徹底されているとのことでしたが、形骸化するリスクや不在時のリスクの方にばかり、つい目が向いてしまうものです。それを超えてしっかりやり遂げることが重要だと思いました。
田中:実は「徹底」も、社長から言われて動き出したのが正直なところです。働き方改革を始めたころは、社員が規定時間以降に残っていることに気づかないことや、休暇中に社用携帯電話を持ち出していることを後から知ることもありました。社長に「やり切ろう」と働きかけてもらい、ようやく私たちも自律的に動けるようになりました。
参加者:私たちのグループからは、一つ質問が出ました。施策をやりきるまで止めない場合、人事の業務がどんどん増えていくと思います。どのように対処しているのでしょうか。
田中:継続・廃止の判断基準は“価値があるかどうか”です。棚卸しのタイミングを設けて、「この施策は一定の成果が出ていて、みんなができるようになったから、もうやめていいのではないか」などと判断しています。
また日常業務については、上長が把握していないだけで、こまごま続いていた無駄な作業が残っていることもあります。棚卸しの機会で可視化され、「まだそんなことをやっていたの?」「もうやめてもいいよ!」という業務が次々出てきました。
最後に田中氏から受講者にメッセージが送られ、「HRアカデミー」は終了した。
田中:人事の取り組みや制度には、社外秘があまりなく、会社を超えて共有し合うことにデメリットはありません。お互いに良くなるメリットばかりだと思っていますので、お互いに参考にしながら、より働きやすく、より生産性の高い環境をつくっていきましょう。本日はありがとうございました。