私傷病により通院する労働者のための
「治療休暇制度」導入の実務
一般社団法人CSRプロジェクト
近藤 明美(特定社会保険労務士)/桜井 なおみ
4. 「治療休暇制度」の導入と運用
(1)導入のポイント
実効性のある制度として導入するための重要なポイントは、次の3つです。
【1】企業全体で組織的に取り組む
制度導入が企業理念や企業風土と調和していることで、スムーズな運用につながっていきます。例えば、企業のCSR(社会的責任)として、「少子高齢化を視 野に入れ、私傷病、出産・育児、介護にも対応できる働きやすい職場環境整備の実現」を目標に掲げ、治療休暇制度を重要な労務管理上の施策と位置付け、経営 陣が明確な目標を持って取り組むという意思を表明することは大切なことです。制度導入後、個々の事情により様々な課題に直面しますが、そのようなときに経 営陣の意思があらかじめ明示されているかが命運を分けると言っても過言ではありません。
次に、管理職や従業員への意識付けや啓発を行い、職場全体で休暇取得について「お互い様」「チームで支える」という雰囲気を作り出し、利用しやすくすることも大切な取組みです。治療休暇制度に限らず、制度があっても利用しづらいのでは、働きやすい職場とは言えません。
このように、検討段階から企業全体で取り組むということを確認しておきましょう。
【2】公平で実効性のある制度設計
導入するからには、いざというときに従業員が休暇を取得でき、適切に治療を受けることができるものでなければなりません。設計段階で検討すべき内容を、下 に挙げてみましたので参考にしてください。職場の実態と従業員のニーズに合った制度を追求するとともに、想定される問題をクリアできるか設計段階でしっか り検討、確認することが望まれます。
検討すべき主な制度内容
- 適用となる従業員の範囲(例:勤続年数、所定労働時間など)
- 適用となる私傷病の種類(例:がん、難病、精神疾患など)
- 適用となる治療の内容(例:通院治療のみ、検査や短期入院も含むなど)
- 取得できる休暇の単位(例:1日単位、半日単位、時間単位など)
- 1年間における取得日数の上限と繰越しの可否
- 休暇取得中の給与を有給とするか無給とするか
- 取得請求時の届出方法や提出書類の有無・種類(例:診断書、届出書など)
- 私傷病休職やその他の休暇との区別・利用する際の優先順位
- 個人情報の取り扱い
【3】休暇中の業務調整が可能な体制づくり
休暇を取りやすい職場体制づくりには、業務調整の方法も考える必要があります。
まず、すべての業務が本当に必要か、代替できないかなどの観点から分析・精査して業務を「見える化」しま す。これにより部署内で代替担当などローテーションを整備することができます。また、他の従業員の業務に必要な知識・スキルを周囲が身に付けることで、全 体的なレベルアップにもつながります。
このような業務調整が可能な体制は休暇を取りやすくするだけでなく、ワークシェアなど労働時間に柔軟性を持たせた働き方も導入しやすくします。
(2)運用にあたっての留意点
治療休暇制度については、画一的な運用よりも、目的達成を念頭に置いて、一定の幅を持たせて柔軟に対応することが大切だと考えます。
【1】運用状況を確認しながら継続的に取り組む
繰返しになりますが、治療休暇制度は治療と仕事を両立し、通院休暇でありながら労働時間に柔軟性を持たせることを目的とします。固定的な制度とすると利用 しづらくなる可能性もあることから、運用上出現した問題に対応して柔軟に改善していくことを前提に継続的に実施し、見直すようにしましょう。利用者からの フィードバックの機会を設けることも有効です。
【2】制度運用を配慮でカバーする
治療休暇は、通院日(時間)に休暇が取れなければ効果を成し得ませんので、請求された日時に与えることができない可能性があればその旨を規定しておくな ど、最低限の指針となる取扱いを決めておいたほうがよいでしょう。また、規定だけでは対応できないケースも出てきますので、必要に応じて就業上の配慮(短 時間勤務、業務量の調整など)も行ったほうがよいでしょう。
【3】コミュニケーションが取りやすい環境をつくる
社内の関係者(人事担当者、産業医、所属長、他の従業員など)間の良好なコミュニケーションがあってこそ、スムーズで満足度の高い制度運用を目指すことが できます。人事担当者は、今後の治療計画や配慮事項などを本人から確認し、産業医などの意見を聴きます。所属長は、他の従業員への配慮(業務過多や情報共 有など)とともに、治療中の従業員への日頃からの声掛けにより、相談しやすい体制づくりをしていきたいものです。これらの関係者間の情報共有も、重要な課 題です。
【4】個人情報の取扱い
病気に関することは、重要かつとてもセンシティブな情報です。情報開示や情報共有については、社内でルールを策定するなど慎重に取り扱わなければなりませ ん。また、周囲による病気に関する発言内容によっては、その発言者の意図に関係なく、セクシュアル・ハラスメントと受け取られてしまうこともありますので 留意が必要です。
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