邂逅がキャリアを拓く【第14回】
無意識の老害化――その構造と正体
YKK AP株式会社 専務執行役員CHRO
西田 政之氏

時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきた西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。
「老害」とは、高齢者が年齢や経験を盾に、時代や組織、社会の環境変化を受け入れず、結果的に周囲に悪影響を及ぼす言動をしてしまう状態を指します。
厄介なのは、本人にまったく悪気がなく、むしろ善意や正義感に基づいて行動していることが多い点です。したがって、老害は単なる「悪しき振る舞い」ではなく、「無自覚で、しかし構造的に生まれる現象」だと捉えるべきでしょう。
荒木博行さんの『構造化思考のレッスン』(ディスカヴァー・トウェンティワン)で紹介されているフレームをもとに、「老害化」という現象を以下のように構造化してみます。
老害の構造
【1】現象(表に出てくる行動)
- 若者の挑戦に対して過度な指導、口出しをする。
- 変化を受け入れず、昔のやり方を押し付ける。
- 自らの成功体験や価値観を絶対視する。
- マイクロアグレッション(特定の属性を持つ人への無意識の偏見や無理解などによる言動・行動によって、相手を差別したり傷つけたりする)
【2】背景要因(なぜそうなるのか)
-
時間感覚のズレ
感覚が「昔のまま」で止まっていて、現在の組織や社会の文脈を正しく理解できていない。 -
環境の変化への認識不足
自身の言動に対する周囲の見方や反応が変わっていることに気づいていない。特に部下や年下の人たちが「遠慮」「忖度(そんたく)」している状況を見抜けない。 -
自己正当化バイアス
「自分は若い人の味方だ」「良かれと思っている」と本気で思っていて、自分が老害になるわけがないと確信している。 -
精神的な成熟と社会的立場のギャップ
立場が上がるにつれて謙虚さを保つ難易度が上がり、自身の内面と外からの見られ方にズレが生じる。日本における「宗教的支えの欠如」も、自己抑制の不在に拍車をかけている。
【3】メカニズム(どうやって老害化するのか)
- 時代の変化や人間関係の構造変化に無自覚なまま、過去の成功モデルを再生産しようとする。
- 若者との関係性において、常に「上からの視点」を維持しようとする。
- 「教えること=価値提供」と信じて疑わず、相手から学ぶ姿勢を失っている。また、知力、体力、気力の衰えから知識習得欲が減退し、現在の知見で対応しようとする。
- 周囲が本音を言えない空気を作り出し、フィードバックが届かない構造を作ってしまう。
このように構造化してみると、「老害化」は特定の個人の性格や資質ではなく、環境や関係性、認知バイアスが生み出す『構造的な現象』であることが見えてきます。そして、何よりも重要なのは「自分は老害ではない」と思った瞬間に、その第一歩を踏み出してしまっているという事実です。
視点の切り替え:老害は“される側”の問題でもある
ここで一つ、視点を反転させてみましょう。
老害とは、年長者の“加害”だけではなく、周囲の若手や組織構成員の“対応”によっても助長されているという事実があります。たとえば、年長者が何か意見を述べた際に、若手が「面倒くさいから受け流そう」と思考停止したり、「どうせ話しても分かってもらえない」と諦めて黙ってしまったりする場面は少なくありません。これは老害を“放置”している状態とも言えます。
意見の相違を正面から丁寧に伝えることを避け続けると、年長者は自らのズレに気づけず、信頼のギャップだけが静かに広がっていきます。つまり、老害は“関係性の現象”であり、シニアだけの問題ではないということです。老害の構造を理解するとは、同時に、自らが無自覚に助長していないかという内省を伴うものでなくてはなりません。
一方で、年長者に向き合うことは若手にとって決して易しいことではないのも確かです。ここで重要なのが「心理的安全性」です。若手が上長者へ意見を遠慮なく言える「心理的安全性」が担保されている職場環境を、会社や組織として整備することが欠かせません。

因果構造の掘り下げ:なぜ「無自覚」に老害化するのか
この構造を動的に読み解くためには、「無自覚性」がどこから来るのかを深掘りする必要があります。人間は年齢を重ねたからといって、必ずしも精神年齢が高まっているとは限りません。心の成熟が、社会的役職や地位の上昇に比例するわけではないのです。立場が上がることで周囲が遠慮し、異論を差し控えるようになると、自分がズレていることに気づくことができません。この「ズレに気づけない構造」こそが、老害の最大の温床になると考えます。
さらにもう一つの因果は、「過去の成功体験の強さ」です。何かを乗り越えた実感、実績、尊敬されていた記憶。これらは本来、誇るべき人生の財産ですが、時にそれが「唯一無二の正解」として脳内に固定化されてしまうことがあるのも確かです。すると、新しいやり方や価値観に対して無意識に「否」を突きつけてしまうようになるのです。
時間軸の導入:老害は“今”ではなく“未来”の話である
私たちはつい、「老害=高齢者の話」と受け止めがちですが、そうではありません。この構造に一度でもハマれば、30代でも40代でも老害化は始まると言えるでしょう。
たとえば、自分が若手だった頃の「苦労」や「努力」を美徳として語りすぎていないでしょうか? 「自分のときはこうだった」「あれくらい乗り越えて当然だ」と、他者の文脈を無視していないでしょうか? 自分の持つ「理想の働き方」を若手に強要していないでしょうか?
これらはすべて、時間の流れに対して“心が止まっている”ことの現れとも言えます。つまり、老害化は未来の自分自身の問題なのです。私はこの事実に身震いを覚えます。なぜなら、私もかつては老害を笑っていた一人であり、その笑っていた行動の断片が、今の自分に少しずつ重なり始めていることに気づくからです。
レバレッジの特定:学びの再起動が唯一の対抗策
では、私たちはこの構造的なわなからどうすれば逃れることができるのでしょうか? その唯一のレバレッジは、「学びを止めないこと」に尽きます。
ここで言う「学び」とは単なる知識習得ではなく、「自分の正しさを一時停止し、他者の文脈で世界を理解しようと努力する」ことです。特に立場が上がった人ほど、「教えること」ではなく、「問うこと」「聞くこと」の比重を重くする必要があります。
近年、老害という言葉が頻繁に聞かれるようになったのと同様に、「問いを立てる」「聞く」という言葉も、特に知識層から聞かれるようになりました。これは、当事者たちが老害化し始めるタイミングに差し掛かり、自らの戒めとして意識し始めたことも無関係には思えません。そういう私も、内外で登壇する機会があるたびに「年齢に関係なく、学びを止めた瞬間に老害になる」と言い続けていますが、聴衆に対するキャッチーなメッセージであること以上に、レバレッジポイントを見失わないための自戒でもあるわけです。
善意の忠告が若手の挑戦を止める瞬間
ある若手社員が、社内で新たな働き方改革を提案しました。自分たちの世代が大切にしている「ワークライフバランス」や「心理的安全性」を起点に据えたアイデアです。それに対して上司が語ったのは、次のような言葉でした。
「君の気持ちは分かるけれど、まずは一人前になってからだね。今の若い人たちは視野が狭くて、何が本当に大事か分かっていないことが多いから」
この発言は、過去の経験と善意に基づくものだったのでしょう。しかし、若手社員はその言葉で思考を止めてしまいました。後日、「自分の価値観が“重要ではない”と宣告された気がした」と語っていたのが印象的でした。
相手が何を大事にしているのか。その価値観を“受け取ろう”という姿勢なしに、どれほど正論や経験を語っても、ただの一方通行になってしまいます。「あなたのことを理解している」という態度がないままのアドバイスでは、若手は心のシャッターをそっと閉じてしまうのだと、痛感させられました。
最後に:老害は、あなたの中にある
老害化とは、何かを乗り越えた者が、その乗り越え方だけを正解としてしまうことで起きる“過去の呪縛”です。そして、それは過去を持つすべての人間にとって、避けがたく訪れる試練でもあります。だからこそ私は、老害を「他人事」ではなく「明日の自分事」として捉えることにしました。「老害になるな」と叫ぶ前に、「自分がすでに老害的ではないか」と疑い続ける。それこそが、未来の誰かの挑戦を守る、唯一の方法だと信じています。
ここで、紹介したい映画があります。アン・ハサウェイ、ロバート・デ・ニーロ主演の「マイ・インターン」です。70歳のベンが若手女性社長ジュールズの会社でシニア・インターンとして働く物語。世代間の価値観の違いやそれぞれの悩みを乗り越え、ベンはジュールズや社員たちに影響を与えます。過去を美化せず、時代に合わせて自分も変わる努力をする。若手の挑戦をそっと見守り、見えないところでフォローを惜しまない。ロバート・デ・ニーロが演じるベンの振る舞いは、全てのシニアのお手本です。本当に尊敬されたかったら、好かれたかったら、仲間と共に楽しい晩年を過ごしたかったら、「マイ・インターン」のロバート・デ・ニーロを目指しましょう。自戒を込めて。

- 西田 政之氏
- YKK AP株式会社 専務執行役員CHRO
にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月に株式会社ブレインパッド 常務執行役員CHROに就任。2025年6月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。
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