フレキシブル・ワーキングにおける人事のあり方
マーサージャパン 組織・人事変革コンサルティング シニア プリンシパル 中村 健一郎氏
DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の底流にある変化
昨今、デジタル技術によって競争優位を築くことを目指す動きは留まるところを知らない。どんな会社の方針にもDXの推進が記され、人材面ではデジタル・IT人材の需要が高まっている。
しかし、一口にデジタル人材と言っても、質的な分野で分けると、ハード(インフラ・ベーシス)とソフト(ミドルウエア・アプリケーション)、全体のアーキテクチャーと個別のエンジニア等の区分に始まり、その組み合わせによって多様な人材群が存在している。
この分野では、新しいソリューションが次々と生まれ、それを支えている技術も日進月歩である。プログラム言語一つとっても、黎明期の機械言語、アセンブリ言語を除いたとしても、古くはFORTLAN、ALGOL、COBOL、C言語に始まり、Pascal、Basic、Small Talk、C、Objective-C、Python、PHP、Ruby、Java、JavaScript、Perl、Scala、Dartと続々と種類が生まれ、最近でもCを発展させたRustに加え、Googleが新たにCarbonという言語を実験的にリリースしようとしている。さらに、それを支えるハードは、優れたミドルウェアによってある程度意識しなくても良くなってはきているものの、高レベルでの実装(機能とともに信頼性・拡張性も確保したい場合)に向けては、その組み合わせも意識する必要がある。
目が回りそうな変化である。試みに、デジタル技術者のコミュニティーの会話に一歩足を踏み入れてみれば、筆者には、最早飛び交っている言葉は呪文のように見える。もちろん、全ての人材がこうした技術に精通している必要はなく、そこには役割分担があってしかるべきだ。しかし、「DXを推進する」ためには、上記のような基盤技術の変化に対しても、学び続け、変化に対応し続けなくてはならないのである。
アジャイル(機敏)になるための組織の変化
こうした変化は、デジタル以外の分野でも起きている。常に変化し多様化し続ける顧客、そして新しい技術基盤の登場による変化は、大なり小なり継続する。変化は、加速することはあっても減速することはない。まさに、VUCAの時代である。
そうした環境下で、今、企業に求められている「組織力」の重要な構成要素は、変化への対応力であることは言うまでもない。現場で行われている学びのスピードで対応することはもちろんだが、個の力に頼るだけではなく、組織的に、非連続な学習と成長を実現できなければ、組織としての “競争優位” を維持し続けることは難しい。
前回のコラムで、米国では新しい組織のあり方として、パンデミックの前(2015年頃)からPICF(Permeable:透過性、Interlinked:連結、Collaborative:協働的、Flexible:柔軟、の頭文字)というキーワードで示されるアジャイル組織の実現が議論の俎上に上がっていることを紹介した。
目指しているのは、市場や顧客に届ける新たな価値を創出するために、組織・人材マネジメントのあり方にPICFの要素を積極的に取り入れ、組織の枠を超えたCollective Brain(頭脳の集結)を実現することである。
こうした組織を理想として目指す背景には、従来以上の速度で変化する環境・技術に対して、機動的な対応が求められていることがある。特に、DXと呼ばれる、デジタルと既存ビジネスを結び付け、新たな付加価値を求めるためには、デジタル領域での変化の速さに適応していくことが必要だ。
常に変化する組織課題の解決、常に新しさが求められる付加価値の創出に向けて、社内外の人材を、新たな能力を獲得するという目的に照らして活用しなければ、「個」の学習だけでは追い付けなくなっているからである。
タレント活用施策における多様性
人材マネジメントの仕組みという点においては、ある一つのモデルを選択することが正しいのかというとそうではない。最近マーサーとクライアントの間で行われている議論を見ると、その対応に多様性が見られる。
JesuthasanとBoudreauがSloan Management Review上で展開している考え方をタレント活用施策の枠組みの類型としてまとめた図を示す。
図2の中では、3つのタレント活用のあり方を示している。
一番左側の青の領域は、既存のビジネスを運営していくために必要な組織の骨格を作る固定的な組織定義およびタレント活用の枠組みである(Talent in Fixed Roles)。ここで示されているマネジメントの形は、昨今、日本企業においてもジョブ型として認識されているマネジメントの姿に近いものであり、これまでも、そしてこれからも組織の骨格を形作るものである。
次に、一番右側に示されているのは、最も柔軟性の高いタレントの活用方法としてタレントマーケットプレイスを活用する組織運営のあり方である。ここでは、タレントの活用は固定的な役割への配置ではなく、発生したタスクへの適宜のアサインメント、都度定義されるプロジェクトへの配置を通じたタレント活用を中心に据えている。その最適なアサインを実現するためにタレントマーケットプレイスは活用される。その情報は、社内だけでなく、社外に拡げられ、必要な人材を外部から登用することに制約を設けない考え方である。
真ん中は、その二つを融合させたあり方である。
同論文で議論されていることは、これまでは、タレント活用のあり方の中心は、Talent in Fixed Rolesであったが、パンデミックを経て柔軟な働き方が広がった現在、従来の考え方だけでなく、より柔軟にタレントを活用していくことが企業には求められているというものである。
「役割(大括りの要件)」「ジョブ(個別の要件)」とともに「個のスキル」にも着目する
変化への対応力を高めようとしている組織は、図2に示していたTalent in Hybrid RolesおよびTalent fully flowsという組織マネジメントのあり方を組織内に取り込もうとしている。これらのチャレンジをしようとしている組織は、課題を解決するために必要な「スキル」に着目し始めている。企業が、これまで直面したことのない課題に対応するために都度発生するタスク、プロジェクトにおいて必要なものは、積み重ねてきた会社の仕組みや組織のルールではなく、新たな領域に対応可能な「個」に備わっているスキルや経験であるからだ。そうした企業が、「スキル」を基盤として持つタレントマーケットプレイスに着目するのは自然な流れのように思える。
このタレントの「スキル」に着目する議論において、必要なマネジメントのあり方を体系的にまとめたものを図3に示す。
先に、企業が未経験の課題解決に挑むためには「個の力」に着目すべきであるということを述べたが、それは当然である。新たな課題を解決できるのは、やはり人であるからだ。しかし、この図のいずれかを選ぶことが正しいわけではない。先に示した、Fixed-Hybrid-Flowの3つのマネジメント全てを具備する場合、これらのマネジメンの考え方を、それぞれに合わせて最適な形で実装することが求められる。いずれかを選べば、どこかでフィットしない歪みが生じてしまう。その点に留意が必要である。
日本企業では、長い期間同じ人材群でのコミュニティーを形成するため、組織内でのルールや考え方における多様性の追求が難しくなりがちである。そのため、上記のような人材マネジメントの多様なあり方を議論すると、どうしても、いずれを選ぶかという議論になる。処遇は分かれたとしても、ルールは共通していることで納得感を得ようとするためだ。
しかし、これまで示してきたフレキシブルワークの組織・人材マネジメントを実現することで変化への対応力を実装しようとしている企業は、そうした議論の一歩先を行っている。個々の処遇の決め方・ルールのあり方ですら、多様化・個別最適を追求しようとしているのである。
「アジャイル」であるためには、仕組みにおいても「多様」かつ「柔軟」であることが必要
これまでの議論を通じて、企業がそのビジネスにあった柔軟性を身に付けていくためには、多様な人材マネジメントのあり方を、多様なまま企業内に取り組んでいく必要性を示してきた。
ジョブを明確にし、その枠組みの中で人材を処遇するという考え方を骨格として持つと同時に、組織としての柔軟性を高めていくためには、「個」のスキルに着目したマネジメントも同時に追い求めていく必要がある。
多様化する組織定義およびタレント活用の枠組みのあり方は、個社の直面するビジネスモデルとともに、直面する変化の大きさとスピード感によって変わってくる。ジョブ型という人材マネジメントは、組織の骨格を維持し、変化の激しい状況下でも一定の組織としての制御を保っていく上では必要な施策である。だが、そのマネジメントを形式的に捉え、新たなルールとして共通化・固定化することは、間違えた対応となる可能性を秘めていることに留意が必要である。
今後、各社において人材マネジメントにおける施策を検討していく上では、ジョブ型か否か、能力か職務か、などの二択的議論を通じた、画一的な答えを出すことではない。単純に特定の型を導入することが正しい選択ではないことを念頭に議論を進めていかれていくことをお勧めしたい。
組織・人事、福利厚生、年金、資産運用分野でサービスを提供するグローバル・コンサルティング・ファーム。全世界約25,000名のスタッフが130ヵ国以上にわたるクライアント企業に対し総合的なソリューションを展開している。
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