「キャリア自律」促進は、従業員の離職につながるのか?
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 研究員 砂川 和泉氏
近年「キャリア自律」が再び注目を浴びている。キャリア自律にはさまざまな定義があるが、堀内・岡田(2009)によれば、「自己認識と自己の価値観、自らのキャリアを主体的に形成する意識をもとに(心理的要因)、環境変化に適応しながら、主体的に行動し、継続的にキャリア開発に取り組んでいること(キャリア自律行動)」とされている。簡単にいえば、「自身のキャリアについて主体的に考え、学び行動していること」といえる。
キャリア自律が重要であるといわれて長い期間が経つが、いまだにうまくいっているとは言い難いのが現状だ。
その原因の1つとして、企業が従業員のキャリア自律を促すと離職につながるのではないかと考えていることがあげられる。
では、キャリア自律すると、従業員は本当に離職してしまうのか。
パーソル総合研究所が実施した「従業員のキャリア自律に関する定量調査」によると、従業員全体で見るとキャリア自律は離職に直結するものではないが、転職市場において自身の価値が高いと認識している層については離職リスクが高まることが確認された。
一方で、キャリア自律には企業と従業員個人の双方にとってさまざまなメリットがあることや、離職リスクを低減するために有効な要素も見えてきた。
そこで、本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「従業員のキャリア自律に関する定量調査」結果をもとに、企業が従業員のキャリア自律を促進することで生じる影響とその対処法を紐解いていく。
キャリア自律は組織の活性化、および、従業員の職業人生の充実につながる
まず、キャリア自律のメリットから見ていこう。
キャリア自律に関しては、日本においても2000年代頃からさまざまな研究がおこなわれてきた(例えば、花田,2003、高橋,2003など)。これまでの研究においては、キャリア自律のメリットとして、例えば、従業員の貢献意欲が高まることや、従業員の仕事充実感や従業員自身が期待するキャリアを実現していける見通しが高まることがわかっている(堀内&岡田,2009)。
今回、パーソル総合研究所がおこなった調査でも、キャリア自律度(キャリア自律の度合いを数値化したもの。注1)の高さと組織や従業員にとってのメリットとの関係性を見たところ、キャリア自律度が高いほうが企業にとっても従業員にとってもさまざまなメリットがあることが確認された。
具体的には、キャリア自律度が高い従業員は仕事におけるパフォーマンス(自己認識)や学習意欲が高く、周囲への支援や発案・提案など、その従業員の本来の役割を超えた自主的な行動も多くなっていた(図1)。つまり、企業側の観点で見ると、キャリア自律は、従業員が生き生きと働き、組織に貢献して組織が活性化し、業績向上につながるものと考えられる。
また、キャリア自律度が高いと、仕事の充実感に加えて、仕事への前向きな気持ちであるワーク・エンゲイジメントや人生における満足度も高くなっていた。従業員側の観点で見ると、仕事の満足度を高めるために転職する人も少なくない中、外に答えを求めなくても自社内で自律型キャリアを形成することで職業人生の質を高められそうであるといえる。
さらに、それらのメリットに対するキャリア自律の影響は、総じて、会社へのコミットメント(愛着)や会社満足度の影響よりも大きいことも分かった。このことから、従業員の仕事に対する意欲などを向上させるには、多くの企業が取り組んでいる会社への満足度や愛着などの指標を高めることよりも、キャリア自律を育てる方が有効であることがうかがえる。
キャリア自律した若手は、市場価値が高いと転職意向が高い
「キャリア自律」にはさまざまなメリットがあることが分かったものの、従業員に対してキャリア自律促進策(例えば、キャリア研修やアセスメント、キャリアコンサルタントによる面談など)を推進すると、本人の現業とやりたい仕事とのミスマッチが表面化して離職につながってしまうのではないかという懸念も生じることだろう。
そうした懸念から、これらの施策を推進することに二の足を踏む企業も多いのではないだろうか。特に、優秀な人材の離職は大きな損失となることから、「自律はしてほしい、でも辞めてほしくない」というのが企業の本音に思える。
では、キャリア自律は離職につながるのか、またそうであるのなら優秀な人材に自社に留まり活躍してもらうには何が必要なのであろうか。
キャリア自律と転職意向との関係を分析したところ、キャリア自律と転職意向との間に統計的に意味がある関係性は見られなかった(図2)。すなわち、キャリア自律しているからといって単純に離職に直結するわけではないといえる。
では、企業は従業員の離職の心配をせずにキャリア自律を促していいのかというと、そうではない。転職意向が高まるかどうかには、キャリア自律度だけではなく、本人が自分の市場価値(転職市場における自身の価値認識の高さ)をどう捉えているかが関係していることが分かった。
市場価値の高低別に、キャリア自律度が高いグループと低いグループの転職意向を見たところ、市場価値が「高い」群ではキャリア自律度が「高い」ほうが転職意向が「高く」、市場価値が「低い」群ではキャリア自律度が「高い」ほうが転職意向が「低い」傾向が見られた(図3)。
すなわち、市場価値の高低によって、キャリア自律度が高まることによる転職意向への作用が真逆となっていることが明らかになった。
さらに踏み込んで、市場価値が高い群の転職意向を年齢層別に見てみよう。市場価値が高い場合、キャリア自律している人のほうが総じて転職意向が高く、特に20代の若い人にその傾向が大きくなっている(図4)。つまり、市場価値が高く優秀な若手人材のキャリア自律を高めるだけでは、離職のリスクも高めてしまうことになりかねないということだ。
「やりたい仕事ができる見込み」が流出を防ぐ
市場価値が高く優秀な人材のキャリア自律を促すと離職してしまう、というのはまさに企業が危惧していることに他ならない。では、キャリア自律していて市場価値も高い人材の離職を防ぐ手立てはあるのか。キャリア自律した優秀な人材が離職しないようにする術、それは「やりたい仕事をいかに自社内で与えられるか」につきる。
キャリア自律度が高く、市場価値が高いと認識している人たちの転職意向に、どのようなことが影響しているかを見たところ、転職意向の低さと関連する要因の1位は「昇進の見通し」、2位は「やりたい仕事ができる見込み」という結果であった(図5)。
つまり、キャリア自律度も市場価値も高い人たちは、仕事に関して明るい未来展望が描けると転職意向が下がる可能性がある。すなわち、優秀な人材の離職を防ぐには、「やりたい仕事をできる見込み」や「昇進の見通し」といった「仕事という報酬」によって、今の会社で自身の望むキャリア形成ができるという未来展望を描けるようにすることが大切だ。
では、やりたい仕事ができそうという未来展望を描くには何が必要なのか。
やりたい仕事ができる見込みに対してどのような人事管理要因が影響を与えているかを見たところ、「社内のポスト・ポジションが透明であること」や「組織目標と個人目標が関連していること」、「キャリア意思の表明機会があること」がやりたい仕事ができる見込みを高めていることが分かった(図6)。
「やりたい仕事」には、短期的視点で見たときに担いたい「業務」、中長期的視点でつきたい「ポスト・ポジション(職位や職務内容)」が含まれる。
短期的には、日々の業務を遂行する上で、組織目標と個人のキャリア目標が関連していることが大切である。日々の仕事が本人の目指すキャリアの方向性から外れたものであれば、モチベーション高く自らのキャリア意思の実現に向けて前進し続けることは困難だ。すなわち、上司には組織と個人のキャリア目標の橋渡し役として、日々の仕事アサインやフィードバックを通して部下本人の意思を尊重したキャリア形成を支援していくことが求められる。
また、中長期的に希望する職位や職務内容を担うには、従業員がキャリアを伸ばすための「目安」や「目標」として、社内のどの部署にどんな仕事(ポスト・ポジション)があるのかが「見える化」されていることも重要である。
そして、短期・中長期に関わらず、「キャリア意思の表明機会」があることは、やりたい仕事を実現するためのベースとなる。例えば、キャリア・カウンセリングやキャリア・コンサルティングによって他者と対話をおこなうことは自らのキャリア意思を明確化・強化していくことにつながるだろう。また、新規プロジェクトの起案機会や社内公募などで自ら手を挙げてやりたい仕事にチャレンジできるような仕組みは、自らのキャリア意思を実現していく上での重要な足がかりとなる。
これらの施策・仕組みを複合的に組み合わせながらキャリア自律を高めていくことが、流出を防ぐ有効な策になると考えられる。
まとめ
キャリア自律した社員が増えることは、従業員が生き生きと働き、人生の満足度を高めながら組織に貢献することにつながり、組織にとっても従業員本人にとってもメリットとなる。また、キャリア自律は、経済状況の変化やこれからの雇用の在り方を考えると、いわば時代の要請として取り組む意義があるものでもある。一方で、キャリア自律は離職に直結するものではないが、キャリア自律度を単に高める「だけ」では、確かに、優秀な人材の離職につながりかねない。
そうした中、キャリアマネジメントの在り方を見直し、
- 組織目標と個人目標の関連性
- 社内のポスト・ポジションの透明性
- キャリア意思の表明機会
の3つに留意しながら、短期・中長期の視点から本人のキャリア意思に沿った「仕事という報酬」を与えることこそが、優秀人材の離職を防いでキャリア自律のメリットを享受するためのポイントであるといえる。
●調査について詳しくは、「従業員のキャリア自律に関する定量調査」をご覧ください。
注1:キャリア自律度
キャリア自律の度合いを数値化したもの。今回の調査では、堀内&岡田(2016)を参考に、「職業的自己イメージの明確さ」「主体的キャリア形成意欲」「キャリアの自己責任自覚」の3つの「心理」特性、および、「職場環境変化への適応行動」「キャリア開発行動」「ネットワーク行動」「主体的仕事行動」の4つの「行動」特性について、5件法の回答を基に得点化(あてはまる=5点、~あてはまらない=1点)し、7つの特性の平均値を「キャリア自律度」と定義した。
参考:堀内 泰利 , 岡田 昌毅.”キャリア自律を促進する要因の実証的研究” 産業・組織心理学研究 29(2), 73-86, 2016.よりキャリア自律心理尺度およびキャリア自律行動尺度を一部改変して使用
【引用文献】
堀内 泰利 , 岡田 昌毅.”キャリア自律が組織コミットメントに与える影響” 産業・組織心理学研究 23(1), 15-28, 2009
花田光世・宮地夕紀子・大木紀子(2003)キャリア自律の新展開 一橋ビジネスレビュー 東洋経済新報社, 6-23
高橋俊介(2003) キャリア論 東洋経済新報社
パーソル総合研究所は、パーソルグループのシンクタンク・コンサルティングファームとして、調査・研究、組織人事コンサルティング、タレントマネジメントシステム提供、社員研修などを行っています。経営・人事の課題解決に資するよう、データに基づいた実証的な提言・ソリューションを提供し、人と組織の成長をサポートしています。
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