酒場学習論【第42回】
昼飲みとキャリア自律について考える
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 副本部長 兼 人事責任者(CHRO)
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
ひと昔前は、昼飲みといえば実に背徳的なイメージがありました。しかし、最近は休日に昼飲み客を対象にオープン時間を早める酒場も少なくなく、週末の繁華街の酒場は昼から若者でにぎわっています。今回は昼飲みとキャリア自律について考えてみたいと思います。
「昼飲み」という言葉が生まれたのは、それが一般の飲酒と区別する必要がある概念だからです。本来、酒を飲む行為は昼ではなく夜にするものだという大前提があるため、わざわざ昼飲みという概念が生まれたのだと考えられます。ささやかな背徳感も持ちながら、ちょっと人とは違うことやっているという意識が昼飲みの醍醐味ではないでしょうか。
まずは、私がお勧めする二つのタイプの昼飲みをご紹介します。
一つ目のタイプは、最高の昼飲み酒場(以降、昼飲好適酒場)でゆったりと飲むやり方です。こちらを「酒場浴的昼飲み」と名付けましょう。私の大好きな昼飲好適酒場をいくつか写真でご紹介しますので、ご興味があればぜひ。
私の考える昼飲好適酒場の条件は二つです。まずは、陽光が入り込むように間口が広く、窓の大きい酒場です。せっかくの昼飲みですから、地下の酒場で飲むのはもったいないことです。外の陽光を意識しながら飲むのが1番です。徐々に夕暮れ時が迫ってくる感覚も悪くありません。
もう一つの条件は、団体客の来ない酒場です。昼飲みは一人か二人が似合います。まさに酒場浴の時間です。脳を日頃の疲労から解き放つマインドフルネスの時です。自分が好きなように自由に時間を過ごします。日なたぼっこをしているような気分で盃を傾けるのです。
さて、もう一つの昼飲みのタイプは、「散歩的昼飲み」です。お天気の日がいいですね。街を散歩しながら飲み歩きます。できれば、知らない街がいいですね。しかし、知らない街ではなかなか昼飲好適酒場が見つかりません。そんな時に重宝するのが、町中華と食堂です。特に昼夜通しで営業しているところはありがたいです。
町中華や食堂は1軒にお邪魔しただけではしご酒をしないと、昼飲みではなく、単なるアルコール付きの食事になってしまいます。ですから、はしご酒がどうしても必要になります。しかし町中華も食堂も、そこそこは食べないと失礼な業態です。そこで重要になるのが散歩です。半分、腹ごなしを目的に歩きます。
この応用系が沿線飲みです。腹ごなしのため、鉄道を使って街を変えるのです。先日は、深谷・行田・上尾と高崎沿線飲みをしましたが、もはや何をしているのかわかりませんでした。しかし、そもそも昼飲みに意義や目的を求めてはいけません。昼飲みというプロセス自体を楽しむのです。酒場浴は、森林浴の感覚によく似ています。
さて、今日のもう一つのテーマであるキャリア自律に話題を移しましょう。終身雇用を前提に会社の論理で職種を変える異動、居住地を変える転勤、そして単身赴任すら強いてきた日本企業が、いつの頃からかキャリア自律を社員に求めるようになりました。キャリア自律を求めながら、社員の意に沿わない異動をいまだに強いているという、なかなかシュールなことも一部では起こっているようです。
終身雇用は、日本人の平均寿命が定年年齢よりも低い20世紀初頭に生まれた概念です。1902年に日本郵船が民間としては初の定年制を定めたといいますが、当時の男性の平均寿命は43歳(当時は新生児の死亡率が高かったため、それを補正すると50歳程度になったようです)であるのに対して、定年年齢は55歳でした。まさに文字通り終身雇用が成り立っていたわけです。
その後、平均寿命は大幅に伸び、2013年には男性81.05歳、女性87.09歳となりました。それに対して実質的な定年である雇用延長の年齢は65歳と、10歳しか延びていません。男性の場合、定年後に平均で16年は頑張らないといけないわけです。この事実を踏まえれば、キャリア自律は必須でしょう。所属する企業に人生を委ねることはできないのです。
企業側にもキャリア自律の必要性が生じています。もはや企業主導の人材育成だけでは、イノベーションが起こせないと認識しているからです。それぞれの社員が自律的に考え、行動し、学び、それをビジネスに活かして欲しいと、多くの企業が考えています。企業は社員に教えられないことを、社員から教えて欲しいのです。企業は社員に助けて欲しいわけです。その意味では、キャリア自律促進施策はビジネス戦略そのものといえます。
しかし、いきなりキャリア自律を求められても、社員も上司も何から手をつけてよいのかわかりません。現場は混乱します。そこで、まずやるべきことは目の前の仕事を自分なりに工夫してみることです。自律的な仕事への取り組みなくして、キャリア自律は生まれません。そして、上司の役割は自律的に仕事をしやすい環境づくりと、日々の仕事に対するフィードバックです。
では、自律的に仕事をするにはどうすればよいのでしょうか。まずは、自分で考えることです。今までのやり方を疑うことです。いつもとは違うことをやってみることです。自分で選択することです。
しかし、仕事で何かを変えてみるのは簡単なことではありません。そこでまずは「変える」ことへの耐性を養い、「変える」ことの楽しみを味わうことが大切です。普段とは違う駅で降りてみる、普段とは違う音楽を聞くといった、手軽にできることをやってみて、それを味わうのです。
その一つとしてお勧めなのが、昼飲みです。酒場浴的昼飲みでも、散歩的昼飲みでも、どちらでも良いので、普段はやっていないことを自由な気持ちでやるのです。普段とは違う景色を見て、普段とは違う空気感を味わい、普段とは違うことを考える。実にささやかではありますが、あなたがキャリア自律に一歩踏み出した瞬間です。次の週末には、ささやかなる昼飲み冒険にチャレンジしてみませんか。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 副本部長 兼 人事責任者(CHRO)
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。