そのテクノロジーは何のため?
個人と深く向き合い成長を促す、ニトリの
テクノロジーを活用したキャリア開発
株式会社ニトリホールディングス 組織開発室長 兼 人材教育部 マネジャー
永島寛之さん
ニトリホールディングスの躍進が止まりません。コロナショックで多くの企業が業績を悪化させる中、巣ごもり需要を追い風に、33期連続増収増益の記録を今期も更新しそうな勢いです。しかし、ニトリが見据えているのはさらに大きな目標。2032年までに、現在の約5倍となる売上高3兆円を目指すといいます。その成長を支える「多数精鋭」型の組織を実現するため、テクノロジーを活用したキャリア開発に注力。その取り組みに対する全国の人事パーソンからの注目度は高く、日本の人事部「HRアワード2020」では、企業人事部門 優秀賞を受賞しました。株式会社ニトリホールディングスの組織開発室長 兼 人材教育部マネジャーの永島寛之さんに、キャリア開発に関する具体的な取り組みや人事にかける思いをうかがいました。
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- 永島寛之さん
- 株式会社ニトリホールディングス 組織開発室長 兼 人材教育部 マネジャー
1998年、東レ株式会社入社。電子情報材料部門で国内外のB2Bマーケティング、セールスを経験。2007年、ソニー株式会社に転職。ソニーマーケティング株式会社に出向し、B2Cマーケティングを実践、欧州市場のマーケティングを担当した。その後、アメリカ・マイアミのソニーラテンアメリカ駐在。ラテン10カ国のダイバーシティスタッフを部下に持ち、マーケティングダイレクターとして中南米各地に駐在する。2013年、株式会社ニトリに転職。2年半の店舗勤務で店長を経験。未来のニトリを作るため、人材採用部部長、採用教育部部長を歴任し、2019年3月より現職。「個の成長が企業の成長。そして、社会を変えていく力になる」という考えのもと、従業員のやる気・能力を高める施策を次々と打ち出す。
社外発信をしたことで、「社内に何を伝えるべきか」見えてきた
「HRアワード」企業人事部門 優秀賞の受賞、おめでとうございます。受賞のご感想をお聞かせください。
私たちの方向性が正しいのかどうか、世に問う意味もあってエントリーしたので、ご評価いただいたことは率直にうれしいですね。個々の成長の先に、組織の成長がある。そう信じて、個人を起点にした取り組みを行ってきました。
「HRアワード」に限らず、この1年はさまざまなところで情報を発信されていたように思います。
意識的に増やしたというよりも、ありがたいことに、お声がけいただく機会が増えました。いろいろな場で発表するとなると、自社の社員への「納得感」が必要になります。外面が良いだけではだめで、本当に実現できていて、内外で温度差が違わないことが大切です。社外への発信は、同時に社内へのメッセージにもなるので、インナーコミュニケーションの一環としても、できるだけ発信しようと心掛けています。社外に発信したからこそ、逆に「社内にどのように伝えるべきか」もわかってきました。
当社は、製造・物流・販売・社内システムに至る工程を全て自社で担っている「製造物流IT小売業」。流通業は本来、世の中を豊かにする大切なインフラのはずですが、日本ではあまり期待値が高くないように感じます。そのため、流通業のポジションを上げていくことも大きな課題の一つです。業界全体を盛り上げる意味でも、当社の取り組みが参考になればうれしいですね。
情報を発信することで、良い出会いもありました。他社の人事の方から、問い合わせをいただくことが増えています。
永島さんは、人事という仕事にどのような思いや姿勢で臨まれていますか。
従業員の多くは、人事のことにあまり興味がありません。組織が順調なときほどそうで、規定通りに給料さえくれればいい、と思われているかもしれない。しかし、それではダメで、私たちがどういうことを実現したくて人事施策を実施しているのかを伝えなければいけません。給与も払って終わりではなく、その金額になっている理由があるわけです。従業員の成長を願っているからこそ、人事が背景を伝える努力は絶対に大切だと思っています。
従業員5,000人を見守るためのタレントマネジメント
今回受賞したテーマは「テクノロジーを使ったキャリア開発」ですが、まず貴社が理想とする人材像をお聞かせいただけますか。
ニトリでは、自分が「こうなりたい」という未来から逆算してキャリアを描いて言語化できる人、それに向かって主体的に努力できる人を評価しています。新卒採用でもそういう人材を求めていて、実際、新入社員に調査したところ、約8割が「将来の夢がある」と回答しています。ある新入社員意識調査と比べてみると、「将来の夢がある」と答えた人は20ポイントほど高かった。自分が実現させたい未来があり、ニトリでの仕事を通してそれを実現する、というのが理想です。
好奇心や価値観を起点として行動することができる「自律した社員」でいてほしい、という思いもあります。最近よく「パーパス(存在意義)」という言葉を使っていますが、まさに「なぜニトリは存在するのか」「なぜ自分はニトリで働いているか」を考えてほしいですね。
入社後、定期的にキャリアについて考える機会はあるのですか。
はい。年2回「30年キャリアデザインシート」を書いてもらっています。内容は「未来に解決したい社会課題」と「それに向かって何をするか」のほか、「今から30年後まで、3年ごとの希望部署と職位」「自己啓発として何をするか」などです。
また、数年おきにさまざまな部署への異動を繰り返す「配転教育」も当社の特徴です。その積み重ねによって、広い視野と柔軟な思考が養われます。領域を広げていく中で、以前の仕事と今の仕事を重ね合わせた新しい領域が生まれることも期待できます。
テクノロジーを活用したキャリア開発を行うようになった理由とは何でしょうか。人材育成の面で、何か課題があったのでしょうか。
当社は、2032年までに売上高3兆円という目標を掲げています。達成するためには、これまでのような連続的な成長曲線ではなく、グローバル規模で一気に成長していかなければなりません。一人ひとりの確実な成長を支援するためには、学ぶ環境が整えられていること、学んでいる人が評価されて適正な配置が行われていることが重要です。規模がまだ小さかった頃は、人事が一人ひとりを見守ることができました。しかし従業員が5,000人を超えた今は、はっきり言ってしまうと、それができません。
そこで、見える化のためにテクノロジーを活用することにしました。タレントマネジメントシステムとeラーニングを導入し、二つを連携させて一元管理。たとえば「何をやりたいのか」と「何を学んでいるのか」という情報を合わせて見ることで、配置転換の参考にしています。
eラーニングは、領域に合わせて研修内容を分類。たとえば、財務に行きたい人に学んでほしいコンテンツはこれとこれ、といったように学習実績が可視化されることで、人材プールができてきます。財務向きのプール、マーケティング向きのプール、店舗マネジメント向きのプールなど。これらを参考に、配置を決めることもあります。
また、「目指したい部署や職位があるが、まだ能力が足りていない」という人が、自分の管理画面を見ると次に何を学ぶべきかレコメンドされるようになっています。一人ひとりに直接アドバイスができたらいいのですが、これほどの規模になるとそれは現実的ではありません。そこで、テクノロジー向きのものはテクノロジーで代替していく。人事は、人として時間をかけるべき「対話」や「個人と組織の方向性のすり合わせ」、「企業文化の醸成」などに注力できるようにしました。
個人とより深く向き合うためのテクノロジー
タレントマネジメントやeラーニングを導入して、人事の動きはどのように変わりましたか。
テクノロジーを活用にするようになってから、さらに大変になって人員を増やしました。これまで見えてこなかった部分が見えるようになったからです。そうなると、確かめにいかなければなりません。人事が楽をしたいからテクノロジーを使う、というのは間違いです。コスト削減や省力化のためのテクノロジーは、言ってしまえば、もともと取るに足らないもの。一番肝心な部分へのサポートを厚くするためのものであるべきだと考えています。
「見えなかった部分が見えるようになった」とは、どのようなことでしょうか。
たとえば、人が付けた評価は高いのに、パルスサーベイの結果を見ると「会社へのロイヤリティが低い」と出てくることがあります。活躍しているけれどロイヤリティが低いということは、我々がニトリの本当の姿や未来像をしっかりと伝えられていない可能性が高い。だからもう一度ロマンを持ってもらえるように働きかけたりするなど、離職してしまう前に手を打つことができるようになりました。
つまり、一歩踏み込んだコミュニケーションをとれるようになったんです。仕事において大切なのは「お客さまは誰か」を忘れないこと。そして、「お客さまにとっての価値とは何か」を考え続けること。人事にとってのお客さまは、従業員です。しかし実際の業務では、上司や経営陣の顔を浮かべながら働いている人も多いのではないでしょうか。人事が本当に相手をしなければいけないのは個人。一人ひとりに向き合うことをテクノロジーでいかに実現するか、という視点を持つようにしています。
システムを導入するとき、社内の理解はすぐに得られましたか。
eラーニングを導入したとき、私は人事の責任者ではなく、教育の責任者でした。反対意見もありましたが、希望者やハイパフォーマーだけでなく、全社員にアカウントを付与しました。eラーニングを導入したあとは、学習状況を管理するためにタレントマネジメントのシステムを導入しました。通常なら導入を決定するまで2~3年かかるそうなのですが、当社は導入の目的が明確であったため、3ヵ月から半年ほどで導入することができました。
導入に際して、目標はどのように設定したのでしょうか。
人事部の社員数が減るとか、効率化が進むとか、そういったKPIは一切ありませんでした。定性目標だけです。ニトリのロマンとビジョンを実現するためにはどういう状態にすべきか、といった内容です。一人ひとりが自分の希望するキャリアに合わせた学習をできるようになること、そしてタレントマネジメントで個人の成長を可視化できるようになることのメリットを説明しました。
導入後は、定性目標に近づいている実感があります。おもしろいもので、評価が高い人はやはり、学習の時間も長い。360度調査で部下から信頼されている度合いが高い人も、同様に学習時間が長い。自ら学習する人には“できる人”が多いことがわかるなど、いろいろな相関関係が見えてきました。
人事にあえてKPIを設定するなら「伝わっているかどうか」
システムを導入しても、使われないと意味がありません。社内での認知度向上のために、取り組んでいることはありますか。
使ってもらうには、きっかけが必要です。きっかけを誘発できるよう、インナーコミュニケーションには力を入れました。たとえば「ニトリ大学放送局」という、人事制度や会社の最新情報を紹介する毎週30分の動画の番組を、社内で制作して配信しています。人事の広報メンバーが動画について勉強し、簡易スタジオでiPhoneを4台並べて撮影。大阪でロケをするなど、興味を持ってもらえるコンテンツを考えるようにしています。社内報も20ページほどのものを毎月作っていますし、『ニトリ図鑑』という各部署の仕事を紹介するテキストも作りました。
動画、社内報、本と、いろいろなメディアを用意しているのですね。
人事がいろいろな施策を行っても、伝わっていないことが往々にしてあります。使われないと意味がないので、しつこいくらいに反復して伝えています。タレントマネジメントシステム上で配信しているので、視聴率が見られるのもいいですね。あえてKPIを持つとしたら、ここかもしれません。自分たちの取り組みがどこまで伝わっているかというのは、大切なKPIの一つだと思います。
伝わった結果、やるかやらないかは本人の決断に任せるしかありません。それに今努力していても、開花するスピードには個人差があります。1年後かもしれないし、10年後かもしれない。成長は数値化できないもののほうが多いので、効果測定の精密さにこだわりすぎず、「きちんと伝わったか」「どう振る舞いが変わったか」を確認するくらいでいいのではないかと思います。
他にも、きっかけ作りのために行っていることはありますか。
「ジョブシャドーイング」という社内インターンシップのような制度があります。興味のある部署に1日行ってみて、翌日その内容を自部署に共有します。
「タスクチーム制」というものもあります。当社は組織の階層がシンプルで、役員、部長、担当者という3層からなります。何か一時的なプロジェクトが発生したときは、新しく部署を作るのではなく、タスクチームを作ります。若手を中心に店舗などからプロジェクトメンバーを募って、たとえば、2ヵ月間でアプリケーションを作る。公募で募集することもありますが、指名することも多いですね。タレントマネジメントシステムを見て「この人に経験してもらいたい」という人に声をかけたり、一歩踏み出せないでいる人の背中を押したり。こういった活動によって、希望のキャリアが見つかる人もいます。
ありがとうございます。では最後に、今後の目標や展望についてお聞かせください。
ニトリは、店舗を増やすことで成長してきた会社です。長く働いてもらうことを大切にし、内製の力でオーガニックに育ってきました。しかし、今後グローバル市場で戦うとなると、新規事業やM&Aも行っていかなければならない。そのとき、そこで戦える人材が育っているか。それが次の課題です。新しく10ヵ国に出店することが決まったとしたら、そのコントローラーが最低10人は必要ですが、残念ながら今は、まだ準備ができているとは言えません。そういう意味でも、グローバルを意識した未来予想図から逆算して人材計画を行わなければなりませんし、メンバーにも未来予想図に基づいた社内発信をして、熱量を高めていきたいと思っています。
(取材日:2020年11月26日)