バイアス
バイアスとは、「偏向」「先入観」「データなどの偏り」のことです。心理学には「認知バイアス」という言葉がありますが、経験や思い込み、周りの環境などにより、物事を非合理的に判断してしまうことを指します。統計学においては、「サンプリングの方法が偏った際に、結果に影響を与え、得られた情報が間違っていることで認識がゆがむこと」として使われます。
1.なぜバイアスが生じるのか

意思決定における二重過程理論
バイアスが生じる理由として、意思決定において「二重過程理論」が働いていることが挙げられます。二重過程理論とは、人間の意思決定には二つの仕組みがあるとする理論です。
二つの仕組みとは、直感的かつスピーディーに意思決定する「システム1」と、ゆっくりと論理的な判断を下す「システム2」のことです。このうちシステム1においては考えている感覚がなく、無意識のうちに高速で意思決定が行われています。自分で気付かないまま判断することになるので、バイアスがかかり、考えに偏りが生じやすくなるのです。
参考:金子充「二重過程理論」|マーケティングジャーナル(JSTAGE掲載)
本質的にヒューリスティックである人間の意思決定
バイアスが生じる理由として「ヒューリスティック」というキーワードも重要です。ヒューリスティックとは、経験則に基づく直感的な意思決定のことを指します。
そもそも人間は、本質的にヒューリスティックに意思決定するといわれており、ゆえんは狩猟採集時代にまでさかのぼります。ヒューリスティックに意思決定するようになったのは、素早く危機を察知して回避するために、意思決定のスピードが重要だったからです。
ヒューリスティックは、上述した二重過程理論においては、システム1に当てはまります。
2.バイアスが注目を集める理由

(1)人材の多様化、ダイバーシティ
バイアスは、人種差別やジェンダーなどの文脈で語られることが多い言葉です。
昨今、企業活動は国内だけにとどまらず、グローバル化が加速し、働く人材が多様化しています。人材の多様化に伴い、ダイバーシティ経営に対する関心が向上。性別や人種、国籍、宗教などにかかわらず、さまざまなバックボーンを持つ人たちを集め、多様性によって生産性向上やイノベーションを実現しています。
多様な人材が活躍できる環境をつくるためには、足かせとなる先入観や固定観念を捨てなければなりません。国連加盟193ヵ国が、2016年から2030年の間に達成を目指す目標「SDGs(※)」では、17項目の一つとして、ジェンダーの平等が掲げられています。
一人ひとりの違いを受け入れて、違いに対して価値を見出し、その価値に敬意を払うスタンスでいることが重要です。
※SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)
関連記事:SDGsとは|日本の人事部
アンコンシャス・バイアス
アンコンシャス・バイアスとは、無意識を意味する「unconscious」とバイアスを結び付けた言葉です。バイアスの中でも、特に無意識下で持っている先入観や固定観念を指します。例えば「女性は結婚したら退職する」「女性が育児をするから、男性は育児休暇を取らない」などが挙げられるでしょう。ダイバーシティの文脈では、単なるバイアスではなく「アンコンシャス・バイアス」という言葉が使われる傾向にあります。
企業においては、採用面接でアンコンシャス・バイアスが働くことで、合理的、公平な意思決定が行われにくくなるという弊害があります。面接を受ける人材が女性だからといって、「結婚したら退職するだろう」などと先入観や固定観念で判断せず、候補者が持つ本来の資質や能力を見て判断しなければなりません。
(2)多発する自然災害や予測困難な社会情勢
バイアスが注目を集める要因として、予期せぬ環境の変化が挙げられます。思わぬ自然災害や、目まぐるしく変化する国際情勢など、現在は一歩先の社会すら予測することが困難です。
こうした予測不能で不安定な経済環境のことを「VUCA(ブーカ)」といいます。VUCAとは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を取って生まれた言葉です。
2014年にワシントンD.C.で開催されたASTD(※)国際大会(人材開発に関する多数のセッションが開かれる、世界的なカンファレンス)でVUCAが注目を浴びて以降、世界では「VUCAの時代がやってきた」といわれるようになりました。
日本においても、VUCAは例外ではありません。東日本大震災や新型コロナウイルス感染症の拡大など、それまでの環境を大きく変えてしまう自然災害が発生しています。また、経済環境の変化により、終身雇用制度の崩壊や大企業の倒産などが発生しているのは、VUCA時代を象徴するできごとといえます。
未来に起こることは、誰にも予測できません。予期しない事態に対峙したときに、「自分(自社)は大丈夫だろう」「正常の範囲内だろう」と思い込んでしまう「正常性バイアス」は、時に思わぬ被害を引き起こします。
企業がどのような変化も乗り越えられるよう、「いつ世界が変わるかわからない」といった意識を持つことが重要です。正常性バイアスを捨て、「BCP(事業継続計画)」に取り組む企業も増えています。
※ASTD:American Society for Training & Development / 米国人材開発機構。現「ATD:Association for Talent Development」
(3)インターネットやスマートフォン、AIなどテクノロジーの進化
人々は、PCやスマートフォンなどを使い、情報の海ともいえるインターネットを通じて、日々膨大な情報を手にしています。中には、ユーザーの趣味嗜好に合わせて、コンテンツ・情報をレコメンドするサービスなどもあり、自ら検索しなくても欲しい情報を手に入れることが可能です。
このように収集する情報をカスタマイズしていった結果、自分にとって都合のいい情報だけを集め、それだけで物事を判断してしまう「確証バイアス」が生まれる可能性があります。反証する情報を目に入れず、都合のいい情報ばかりに触れていると、考えが偏ってしまうので注意が必要です。近年、SNSを通じて広まることが多いフェイクニュースなども、問題とされています。
また、最近多く見受けられるのが、AIを採用活動に取り入れるケースです。AIサービスを使って採用活動を進めることは、業務効率化などの効果が期待できますが、AIが学習するためのデータが偏っていればバイアスが生じる可能性もあります。
3.人事が直面するバイアス

業務においてバイアスに陥らず、適正な判断をするためには、どのようなバイアスがあるのかを知っておくことが重要です。人事が直面するバイアスは、「採用面接」「人事評価」「HRテクノロジーや統計の活用」の三つに分けることができます。
(1)採用面接
<1>属性バイアス
属性バイアスとは、性別や学歴、出身地など、特定の属性に対する無意識の先入観です。
例えば、応募してきた人材が、たまたま自分と同じ出身地や大学であった場合、属性が同じであることから、知らず知らずのうちに好印象を抱き、その後の言動をポジティブに捉えやすくなってしまうケースなどがあります。
<2>確証バイアス
確証バイアスとは、無意識に自分に都合のいい情報ばかりを集めて、意思決定をしてしまうことです。
例えば、属性バイアスによって好印象を持った候補者に対し、「この候補者はいい人材だ」「この候補者を採用するべきだ」といった自身の考えをより強固にするために、確証バイアスがかかることがあります。人材の強みの部分にのみ着目し、弱みに関する情報から意識を遠ざけてしまうのです。
確証バイアスがかかって採用面接をすると、「実際に働いてみてミスマッチであったことが発覚し、入社後すぐに退職してしまう」といった事態になりかねません。自分にとって都合のいい情報ばかりを集めると、その場は円満に進むかもしれませんが、お互いにとってネガティブな結果になってしまうこともあるので、注意が必要です。
<3>ハロー効果
ハロー効果とは、ある特徴的な情報によって、ほかの情報の評価が正しくできなくなってしまう心理的効果です。ハロー効果には、「ポジティブ・ハロー効果」と「ネガティブ・ハロー効果」の2種類があります。
ポジティブ・ハロー効果は、人材を判断するときに、ある部分が優れていると思ったら、別の部分の評価も高めてしまうことです。例えば、見た目の第一印象が良いだけで、同じくらいの成果を出した人よりも、優れて見えてしまう場合などが挙げられます。
ネガティブ・ハロー効果は、人材を判断するときに、ある部分の評価が低いと思ったら、別の部分の評価も低くしてしまうことです。例えば、身だしなみが整っていない人材に対して、「業務を処理する能力が低い」「時間にルーズでスケジュールを守れない」と判断してしまう場合などが挙げられます。
<4>アンカリング効果
アンカリング効果とは、初めに提示された情報が「いかり」のように働き、意思決定に大きな影響を与える心理的効果です。最初に印象的な情報が入ると、その情報が自分の中の基準になり、判断がゆがんでしまいます。
例として挙げられるのは、応募書類において、前職の給与水準が高かった場合です。記載してある応募者の給与水準に引っ張られて、内定時に提示する給与が高くなってしまうことが多くあります。
(2)人事評価
人事評価におけるバイアスは、大きく「中心化傾向」と「極端化(分散化)傾向」の二つに分けられます。
<1>中心化傾向
中心化傾向とは、尺度で評価を行う際に、5段階の「3」や「どちらともいえない」に票が寄りがちな評価エラーです。評価に対する苦手意識がバイアスとして働き、尺度の中心である無難な評価を選んでしまいやすくなるのです。
また、中心化傾向のバリエーションとして、評価が甘くなってしまう「寛大化傾向」や、反対に評価が厳しくなってしまう「厳格化傾向」があります。この二つが中心化傾向に属する理由は、どちらの傾向も、特定の誰かの評価が高かったり低かったりするのではなく、全員の評価がおおむね同じになってしまうためです。
<2>極端化(分散化)傾向
極端化(分散化)傾向は、中心化傾向とは反対に、評価が高い・低いといった両極端になってしまう評価エラーです。極端化(分散化)傾向が生じる要因として、「評価に差を付けなければならない」と、中央値を避けようとする意識が強過ぎることが考えられます。
中心化傾向や極端化(分散化)傾向は、部署内の構成などによっても変化します。例えば、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)が発表している研究結果によると、同一職場内での勤続年数が増えるほど、遠慮のない評価がなされて極端化傾向になりやすいことがわかりました。
一方で、子育て経験のない上司が、子育て中の部下を評価する場合は、中心化傾向が強くなります。勤続年数や家庭の状況など、それぞれ置かれている状況が異なるため、上司と部下の組み合わせによって、生じるバイアスは異なるといえるでしょう。
(3)HRテクノロジーや統計の活用
<1>選択バイアス
選択バイアスとは、集めたデータに偏りが生じ、正しく母集団を代表できないことです。
上述した、AIを採用活動に取り入れることによって発生する評価のバイアスは、AIに偏ったデータを与えてしまっていることが原因だと考えられます。AIにとっては与えられたデータがすべてであるため、データが偏っていても、自ら軌道修正することはできません。
例えば、採用した人材の活躍状況と採用時の選考基準に関するデータを分析する場合、「採用しなかった人材」のデータが不足しているため、必ずしもサンプルが母集団を代表しているとは言い切れません。
HRテクノロジーを使ってデータを分析する際は、自分自身が持っているバイアスに影響され、都合が良かったり集めやすかったりするデータばかりで行うことのないよう、注意が必要です。サンプルに偏りが生じると、正しい結果が出ない可能性があります。
<2>分析バイアス
分析バイアスとは、分析者の主観で、特定のサンプルをデータから除外することによって生じるバイアスです。求めていた結果とは異なる結果が出た場合、勝手な思い込みや判断で、都合のいいデータを作ってしまうことがあります。
例えば、従業員にエンゲージメントサーベイを行う際に、特定の部署に差異が出るはずといった自分なりの仮説があったとします。結果が思いどおりに出なかったからといって、都合のいいサンプルでクロス集計を繰り返してしまうことなどは分析バイアスといえます。
分析バイアスは、さまざまな方法で分析を行い、特定の方法が思っていた結果と違っていたときに陥りがちなバイアスです。初めから結果を決め付けるのではなく、自分が考えていた結果と異なっていても、その結果をデータから除外することは避けなければなりません。
<3>交絡バイアス
交絡バイアスとは、原因と結果の間に、想定されない交絡因子が存在することによって生じるバイアスです。交絡因子とは、因果関係に間接的に影響する要素のことを指します。
例えば、離職率の要因を分析した際、ある時期の特定の部署で離職率が高かったとします。このとき、面接官が面接時に業務内容をしっかりと説明しておらず、採用後にミスマッチが生じていた可能性もあります。この場合の交絡因子は「面接の仕方」や「面接の際のルール」です。
データ分析を行う際、原因と結果の間に因果関係があるように見えて、ほかの要因(交絡因子)が関係していることがあります。想定している原因のほかに、結果に影響を与えるような要因がないか、深く考察することが重要です。
<4>情報バイアス
情報バイアスとは、情報を集める方法に偏りが生じたり、反対に情報を集め過ぎたりすることによって生じるバイアスです。
アンケート調査などでは、質問の仕方によって結果が左右されやすいため、注意しなければなりません。「どのような方法で調査が行われた情報なのか」「集めた情報量は適正なのか」などをしっかり考察した上で、情報を扱う必要があります。
例えば、従業員アンケートで「当社は風通しの良い社風だと思いますか」を「はい」「いいえ」などで聞く場合、一般的にはポジティブな結果が得られやすくなります。「空気を読む」従業員も一定数いますし、「いいえ」は選びにくいからです。この場合は尺度を設けるなどして、たとえネガティブな回答でも従業員が選択しやすいように工夫する必要があります。
4.バイアスとどう向き合うべきか

バイアスと人間は、切っても切れない関係にあるといえます。では、人事として業務に向き合う上で、バイアスとどう付き合っていくべきなのでしょうか。
(1)バイアスが生じるという認識を持つ
バイアスは無意識下で生じることが多いため、コントロールすることは難しいでしょう。いくら考えが偏らないように気を付けていても、気付かないうちに先入観や固定観念を持ってしまうことはよくあります。
しかし、バイアスが生じるという前提に立つことで、対策を練っておくことができます。ダイバーシティについて勉強したり、意識的に自分と反対の意見を持つ人に話を聞いてみたりすることで、理解や認識の偏りがない「中立的」な立場に立ちやすくなります。
(2)バイアスが生じにくい環境をつくる
バイアスが生じるという前提に立つと、対策を練っておけるだけではなく、意思決定にバイアスが生じにくい環境をつくることができます。
例えば、採用面接に第三者を介在させることで、主観のみに偏った意思決定を抑制できます。性別や学歴、出身地など特定の属性に対する「属性バイアス」、無意識に自分に都合のいい情報ばかりを集めて意思決定をする「確証バイアス」などが働きにくくなると考えられます。
また、業務プロセスを明確化したり、チェックシートや業務マニュアルなどを整備したりして、バイアスが生じにくい環境を整えておくことも重要です。そうすることで、スムーズな意思決定がしやすくなる効果も期待できます。

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