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入社決定のポイントは企業の「採用熱意」
企業が気にする求職者の「健康問題」
一本気で真剣な求職者のケース 最初に内定をくれた企業への思い

転職にあたっては複数の企業に応募し、数社から内定をもらった上で、条件などを比較・検討して入社する企業を決めたい…という人がほとんどではないだろうか。イメージ先行で就職活動を行ないがちな学生に比べると、社会人の転職は現実的といえる。しかし、中には「あなたを採用したい」という企業の熱意を意気に感じて転職先を決める人もいるようだ。特によくあるパターンは、「最初に声をかけてくれた会社に入社する」というものである。

どうせやるなら迷いたくないのです

「えっ、もう決定されるんですか?」

思わず声が高くなってしまった。前日に最終面接を終えたばかりのK社から早速内定が出た旨をAさんに連絡したところ、その場で「入社します」と即答したからだ。

「転職活動を始める前から、最初に内定をくれた企業に入社しようと決めていたんです。もともと行きたくないと思った企業には応募していませんし…。K社さんから真っ先に内定をいただいたので、このご縁を大切にしたいと思います」

とはいえ、他社の選考もいくつか進んでいる。1週間以内に最終面接を予定している企業もある。こういっては何だが、K社はまだ社員数も一桁の新興ベンチャー企業だ。将来性のある会社なのは間違いないが、どちらかといえば「すべりどめ」に近い感覚で紹介していたというのが本音だった。そこで私はAさんに提案してみた。

「焦って決める必要はないと思いますよ。何日か考えてから返答するのは普通のことですし、1週間から10日前後待ってもらっても失礼ではないですよ。他社の最終結果を見てからお決めになった方が、Aさんご自身も納得できるんじゃないでしょうか」

普通は、こう言えば「それもそうですね…」と言う人がほとんどだ。しかし、Aさんは意外なほどきっぱりとした口調でこう答えた。

「一般的にはそうかもしれません。でも、結局K社さんにお世話になるなら、迷いたくないんです。社長から一緒に会社を育てていこうという言葉をいただいて、非常に共感したこともあります。会社設立までの苦労話などもお聞きして、ぜひK社さんでやってみたいという気持ちが強いんですよ」

さすがはベンチャー企業である。社長の熱い思いは、候補者のAさんにしっかり伝わっていたようだ。

判断は正しかったのだろうか

「不況で、転職には相当苦戦することも予想していました。そんな時に、即決してくださったK社さんをお待たせしたくないですね」

Aさんは、某大手企業の関連会社の出身である。いわゆる安定企業だったのだが、景気後退の影響を受け、グループ全体で大きな組織変更が行なわれた。その事業再編で、Aさんはそれまでの仕事を続けられなくなったのである。Aさんにとっては、今回が初めての転職だった。

「最初に内定した企業に決める」というAさんの考え方は、転職に慣れていない方特有の「一刻も早く、仕事が決まってない状態から脱したい」という不安な気持ちの表れだったのかもしれない。いずれにしてもAさんの気持ちは固そうだ。

「分かりました。K社さんも喜ぶと思いますよ。早速、入社の意思をお伝えします。他の選考中の企業については辞退することになりますが、よろしいですよね?」

Aさんは「もちろんです」と答えた。成長性が高く、その分業務も忙しいベンチャー企業で働くには強いモチベーションが必要である。Aさんは社長の方針に強く共感しているし、そのモチベーションは十分に持っているだろうと思えたのだ。

そしてAさんがK社に入社して数ヵ月後──。

たまたまK社を訪問する機会があった。小さな事務所なのでAさんに会えるかな…と楽しみにしていたのだが、そこにAさんの姿はなかった。外出しているのだろうか。人事担当者に話を聞くと、「実は先日退職されました…」とのことだった。

さらにその数日後、Aさんから転職の挨拶状が届いた。「その節はお世話になりましたが、ご期待に沿えず申し訳ありませんでした」と書き添えてある。新しい勤務先は比較的大手の企業であった。やはりベンチャーの水はAさんには合わなかったのだろうか。AさんがK社に行くと言った時に、無理やりにでも他の企業の最終面接を受けるよう、勧めるべきだったのだろうか。

今となっては、Aさんの新天地での成功を祈るばかりである。

「求職者の立場」と「企業の立場」
身体を壊していた方をどう紹介するか

多くの転職相談を受けていると、前職を「健康問題」が理由で退職した方のお話を聞くこともある。療養してすっかり回復したという方もいれば、まだ治療中という方もいる。キャリアコンサルタントとしては、業務への支障はないのだろうか…と気になるものだ。求職者と企業の間に立つ、人材紹介会社ならではの迷いである。

業務には支障はきたしていません

「本日はどうぞよろしくお願いいたします…」

キャリアカウンセリングルームで、向かいに座ったFさんを見て正直驚いた。椅子からはみだすほどの巨漢だったのだ。いわゆる大柄というのではなく、明らかに肥満体なのである。

「何かスポーツ…たとえば、相撲などをされていたんでしょうか?」

遠まわしに尋ねてみると、「よく言われるんですが、スポーツはまったく…」とのこと。それきりその話題には触れずに、これまでのキャリアなどをうかがうことにした。しばらくしてFさんは、実は生活習慣病を患っており、現在も通院中だと話し始めた。

「半年ほど前に入院していたこともありますが、退院後、会社での業務に支障はきたしていません。ただ、定期的に通院しないといけないので、半日休暇などが取れる職場を紹介してほしいのですが…」

このあたりが人材紹介会社としては非常に悩ましいところである。たしかにFさんは、業務に必要とされるスキルを持っていた。しかし、一般的に企業は「仕事ができる」のは当然として、「人柄もよく」なおかつ「健康な」社員を希望するからだ。

「分かりました、条件に合う求人を探してご紹介します…」

そう答えながら、結局Fさんにはなかなか良い企業を紹介できないまま時が過ぎてしまった。

面接時に自分で話したいという方も

Fさんのケースは身体の病気だったが、Cさんはうつ病が原因で退職したと、職務経歴書に書いていた。

「前職はとにかく残業が多くて、医者からはストレスが原因だと言われました。いまでは全快して、徐々に仕事復帰しようと転職活動を行なっています」

やや線が細く見えるCさんだが、言われなければ私もそんな事情があることは想像もしなかっただろう。うつ病は誰でもかかる可能性がある。そういう意味では、特別扱いする方がおかしいともいえる。しかし、仕事復帰後に再発するケースが多い病気であるとも聞く。なじみのある職場に戻ったとしても再発する可能性があるのだから、健康な人でも何かとプレッシャーやストレスにさらされる転職後の新しい職場で大丈夫だろうか…と考えるのは自然なことではないだろうか。

「転職が難しいのは分かっているので、ハローワークや知人のコネなども使って、さまざまな方面から探すようにしています。ぜひサポートしていただけないでしょうか…」

とても謙虚なCさん。話を聞いていると何とか力になれないだろうか…と思うのだが、人材紹介会社は「求職者の代理人」であると同時に、「企業の代理人」でもある。企業としては、入社後に即戦力として活躍してくれる人材を期待して人材紹介会社を利用する。きめ細かなケアが必要な人材の紹介は、まさに悩みどころといえる。

「承知しました。少しお時間はかかるかもしれませんが…」

Fさんの時と同じようなことしか言えない自分がもどかしい。

Cさんは病気のことを隠さずに話してくれたし、企業にも伝わるように職務経歴書に「退職理由」欄を作って記載していた。しかし、時には「このことは企業には言わないでほしい…」と希望する方もいる。その中には、「最後まで伏せておきたい」という方と、「面接の時に自分で説明したいのです。書類選考で落とされると私自身を見てもらうこともできないですし…」という方がいる。また、人材紹介会社に、病気のことを話さない方もいる。こういうケースでは、入社後すぐに病状が悪くなって退職を余儀なくされることも多く、そこではじめて病気のことがわかるのだった。

求職者の方の気持ちもわかるが、企業側が知りたい情報を伏せたままにしておくことは難しい。まさに、両方に顔を向けなくてはいけない人材紹介会社の立場を、象徴するケースといえる。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

人材採用“ウラ”“オモテ”

企業と求職者の仲介役である人材紹介会社のキャリアコンサルタントが、人材採用に関するさまざまなエピソードをご紹介します。

この記事ジャンル 中途採用

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