転職の都市伝説を人事目線で考える
リクルートワークス研究所 研究員 橋本賢二氏
転職には都市伝説ともいえる真偽不明の噂がある。年齢や性別、過去の転職回数、ブランクの長さが採用に影響するなど、様々な噂がまことしやかに語られる。リクルートワークス研究所が2023年度に公表した「なぜ転職したいのに転職しないのか-転職の“都市伝説”を検証する」では、そんな都市伝説の存在を大規模調査データの分析から検証して転職の実態を解明した。一方で、これらの実態は、個別の企業人事にとってどのような示唆となるのだろうか。本稿は、転職にまつわる都市伝説について明らかになった事実を個別の企業人事の目線で読み解くことで、人事への示唆を得ることを目的とする。
都市伝説1:女性の方が採用は厳しい
この都市伝説を企業人事の目線で捉えれば、中途採用において企業は女性を不利に扱っていると言われているに等しい。性別から連想される役割意識によって「女性には向かないだろう」「小さい子どもがいると制約があるだろう」といった思い込みを抱いてしまうことは、これまでもあったのではないだろうか。
実際に、女性はライフイベントを理由とする退職が男性よりも多く、再就職においても時間の融通が利きやすい非正規雇用での就業を選ぶケースがある。そこで、正規雇用からの転職に注目して男女で比較してみた(表1)。その結果、正規雇用から正規雇用への転職は、15~59歳の男性が69.4%に対して15~59歳の女性は50.2%と、男女で20ポイント弱の差がある。さらに、ライフイベントなどであえて非正規を選ぶことの可能性を除いてみても、15~34歳の男性が77.0%に対して15~34歳の女性は66.2%と、男女で約10ポイントの差がある。男女を比較する条件を整えても、女性の方が正規雇用への転職が難しい実態がある。この実態からも、「女性の方が転職は難しい」という言説はある程度事実であり、企業は中途採用のプロセスにおいて合理的な理由なく女性を不利に扱っている可能性がある。
近年、男女間に潜む合理的な理由のない格差は、注目の的となりつつある。社内の男女間賃金格差を分析したメルカリでは、役割・等級や職種などの差に起因しない説明できない格差が7%あることが判明し、報酬調整を実施して2.5%まで格差を縮小させている。さらに、メルカリはこの要因を分析して、中途採用時に提示する年収に男女差があったことを突き止め、組織外の賃金格差を引き継がないための採用プラクティスの見直しを行っている(※1)。
メルカリが説明できない格差に気が付いたのは、人的資本情報開示への対応がきっかけだった。各社が情報を公開するようになれば、男女にある格差が可視化され、求職者でも企業間の比較が容易になる。もし、性別による格差が存在していて、その存在を認識せずに放置していると、意図せずに企業価値を損ねることにつながりかねない。企業人事には、自社の採用プロセスに性別による格差を生み出す問題が潜んでいないか検証することが必要である。
都市伝説2:転職回数が多い人の採用は厳しい
この都市伝説の背景には、転職回数が多い人は辛抱が利かないので、採用してもすぐに辞めてしまうのではないかという懸念がある。
転職活動者を対象に、転職未経験者(転職回数0回)と転職経験者(転職回数1回以上)の転職回数ごとにみた1年間の転職確率は、正規雇用の男女ともに、転職回数が多いほど転職する可能性が高くなる(表2)(※2)。企業人事が懸念するとおり、転職回数が多い人は、転職未経験者よりも1年以内に転職してしまう確率(すなわち辞職する確率)が高いことは確かである。
しかし、4回以上の転職経験者であっても、1年以内に転職する確率は、転職未経験者と比較して男性で約10%、女性で約15%上昇しているにすぎない。この差異は、転職回数の多い者の採用を控える理由になり得るのだろうか。転職回数の多い者に対する見方を変えれば、転職経験者の採用は、企業の採用競争力を高めることにつながる。
複数回の転職経験者は、多様な組織経験と仕事や職場環境に対する明確な評価軸を持っている。この知見を活かすことで、転職経験者を採用してもすぐに転職されない組織を目指すことができる。転職経験者の転職確率が上昇することを嘆くよりも、むしろ、転職経験者の目線を活かして企業組織や職場環境を整えていくことで、働く場としての企業の魅力が高まり、新卒採用も含めた中長期的な人材確保に資するのではないだろうか。
都市伝説3:ブランク期間が長い人の採用は厳しい
企業の中途採用の現場において、ブランク期間がある応募者については、ブランクの理由を確認しようとすることが多いのではないだろうか。場合によっては、応募者にブランク期間があることで、採用意欲が減退してしまうかもしれない。
ブランク期間と再就職の関係を明らかにするため、離職してからのブランク期間に着目して、無業の人が再就職活動をしているか否か(再就職活動確率)と再就職活動をしている場合に再就職したか否か(再就職確率)を分析した。すると、再就職活動確率はブランク期間が長くなるほど低下する一方で、再就職確率は離職から半年までは低下し、半年を過ぎるとほとんど変化しないことが分かった(表3)。つまり、一定のブランク期間は仕事に就きにくくなるものの、離職から半年を経過すれば仕事の就きやすさに大きな違いはない。見方を改めれば、長いブランク期間がある者を採用している企業はある。
この実態を企業の人事目線で考えたときに、ブランク期間に関係なく採用している企業があるにもかかわらず、ブランク期間の存在を採否の決定に影響させる意味はあるのだろうか。ブランク期間にこだわると、よい人材の採用をみすみす逃してしまっている可能性は考えられないだろうか。ブランク期間が長くなると再就職活動をしなくなるという事実に着目すれば、ブランク期間が長くても再就職しようとしている人の就業意欲は高いと考えられる。ブランク期間に取り組んだ経験を評価して、期待する能力を備えているのであれば、特にこだわる理由もない。
都市伝説を糧に中途採用を刷新する
中途採用市場に都市伝説が形成されていることは、これまでの中途採用がどの企業も一様だったことの裏返しともいえる。しかし、これまでの中途採用に囚われない発想で、新たな取組を実施している企業も生まれてきている。アイエスエフネットの未経験者採用(※3)は、ビジネスを通じて技術者を育てることで独自の人材戦略を描いている。大橋運輸のダイバーシティを意識した取組(※4)は、多様な人材を集めてビジネスモデルを変革している。NECの育成も視野に入れた採用(※5)は、応募者から選ばれる採用となり人材採用力を高める効果があった。中途採用にまつわる都市伝説を逆手にとって自社の中途採用プロセスを虚心坦懐に見直していくことは、今後、益々厳しくなる人材獲得に対する打ち手となり得る。
(※1)メルカリ「FY2023.6 Impact Report(インパクトレポート)」
(※2)表2中、実線は統計的に有意であることを示し、破線は統計的に有意ではないことを示している。折れ線が実線でプラス側に振れている場合は、転職0回の人よりも転職確率が高いことを表し、破線でプラス側に振れている場合は、転職0回の人と比べて転職確率に差はないこととなる。
(※3)覧古考新 選考基準の「思い込み」を再考するVol.2「『中途採用と言えば経験者採用』を克服する ― レベルに合わせた仕事と研修で、未経験者を育てる ―(アイエスエフネット)」参照
(※4)覧古考新 選考基準の「思い込み」を再考するVol.3「『うちの業界では難しそう』を克服する ― ダイバーシティの徹底で、社員の活躍とイノベーションを生み出す ―(大橋運輸)」参照
(※5)覧古考新 選考基準の「思い込み」を再考するVol.4「『採用方法への無自覚』を克服する ― 志望動機を聞く面接から、魅力を伝えてひきつける面接へ ―(日本電気)」参照
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を使命に掲げる(株)リクルート内の研究機関です。労働市場・組織人事・個人のキャリア・労働政策等について、独自の調査・研究を行っています。
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