経験豊富なのに転職しにくい人材
ジョブ・ローテーションで「専門性のない」キャリアに
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日本にもジョブ・ディスクリプションは必要か
「ご紹介してくださった三名のうち、今回はEさんとTさんの面接をお願いします。Kさんは、残念ですが今回は見送らせてください」
書類選考でも専門的な経験の長い人材が通過し、Kさんは採用を見送られることが多かった。学歴、職歴、人柄などどれも負けてはいないのだが。
日本企業が新卒採用を行う場合、総合職として採用し、配属先は入社後に人事が決めるのが一般的だ。ジョブ・ローテーションが行われ、数年ごとに違う仕事を経験することも珍しくない。むしろ、マネジャー候補になるような人材の場合、さまざまな部門を知っておいた方がいいとされ、積極的に異動が繰り返されることもある。社内で順調に昇進・昇格していく場合はそれでもいいだろう。しかし、何らかの事情で転職することになったとき、それが低評価の理由になってしまうこともある。
若手であれば第二新卒として採用し、入社後に教育するケースもあるが、30代以上になると即戦力採用のみという企業が圧倒的に多い。若いときから専門的な仕事を続けてきた人でなければ、今の日本はきわめて「転職しにくい社会」と言えるのではないだろうか。
「『ジョブ・ディスクリプション』が一般的にならないと、転職しやすい社会は実現しませんよ」
そう言うのは私の同僚のキャリアアドバイザーだ。
「欧米で転職が盛んなのは、ジョブ・ディスクリプションで仕事の中身や範囲がしっかりと定義されているからでしょう。はっきりしているからこそ、従業員は専門的なスキルを身につけられるし、転職の際にも自分がやってきたことを明確に示すことができます。採用する側も安心できるんです」
実際に外資系企業では、求人を出す人材紹介会社にもジョブ・ディスクリプションを送ってくることがある。社内のポジションをジョブ・ディスクリプションで明確にし、一人ひとりの仕事内容や期待する成果を示しているのだ。
「日本の企業は、新卒で採用した人材をジョブ・ローテーションさせながら、中途採用では専門性の高い人材をとろうとしますよね。このミスマッチがある限り、転職で苦労する人は減らないような気がします」
とはいえ、まずはKさんに紹介できる求人を探さなければならない。
「Kさんのような人材が、活躍できる会社はありますか」
私がたずねると、キャリアアドバイザーは少し考えて言った。
「ベンチャー企業はどうでしょう。管理業務を一人で広く担当できる人材を求めている場合もありますよ」
いいアイデアかもしれない、と私は思った。しかし、大企業からベンチャーへの転職にはリスクが伴う。また、管理部門では企業規模によって、業務内容が大きく異なることも多い。まずは本人の意向を確認しなくては。私はさっそくKさんに連絡をとろうと、パソコンに向かった。
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