田中潤の「酒場学習論」【第21回】
浜松町「シェ・ノブ」と、中途採用における文化適合度
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
酒場で盃を傾けるのは至福の時ですが、実は食堂呑みも大好きです。町中華呑みも好きです。町寿司呑みも好きです。そして、それらと同じくらい洋食屋呑みが好きなんです。私が社会人生活をスタートした街は、日本橋人形町。名だたる洋食屋の名店が数多くある粋な街です。そんな影響もあるのかもしれません。
それにしても、洋食というのは面白い存在です。「西”洋”の”食”事」という意味で「洋食」と名付けられたのでしょうが、日本の食文化にすっかり溶け込んだ洋食は、すでに立派な和食の1ジャンルだといえます。
明治時代初期に西洋からもたらされた衣・食・住に渡るさまざまな新しい文化、日本人はそれを上手に自分たちの生活に取り込んできました。その柔軟性には驚くべきものがあります。そして、洋食はその最たるものです。トンカツ、オムライス、エビフライ、ハンバーグ、カレーライス、ハヤシライス、カキフライ、スパゲッティナポリタン、コロッケ……。西洋料理に由来を持ちながら、日本独自の食文化として私たちを楽しませてくれるメニューは、枚挙にいとまがありません。
さて、今回ご紹介する「シェ・ノブ」は、浜松町の駅近くにある洋食の名店です。ランチタイムは常に満席状態が続きます。ランチのメニューは、日替わりの一品のみ。週単位で各曜日のメニューが発表されます。
そして、これも日替わりの200円で追加できる一皿があります。この追加の一皿が例外なく美味いのです。追加すると1000円オーバーにはなるものの、これを頼んでいない人をみると「損してるなぁ」と思います。
夜は少々価格帯が上がります。価格帯で顧客を選んでいる狙いもありそうです。もちろん価格に値する満足度が得られます。洋食の良いところは、合わせる酒が自由なところです。ビール、ワイン、日本酒、ハイボール、焼酎など、呑みたいものに合わせます。
まだすべてのメニューを食べきれてはいませんが、何を食べても必ず追加で頼むのはエビフライ。子供の頃からの大好物です。ありがたいことに、ここでは1本からオーダーできるのです。綺麗に揚げてくださっているので、頭も尻尾も食べられます。また、洋食屋のエビフライの醍醐味はタルタルソースにもあります。それらのすべてが満足なのです。
さて、洋食が広がり始めた頃の日本はどんな国だったのでしょうか。精神的に活気に溢れ、新しいものを柔軟に受け入れ、自分たちなりにそれを解釈し、自分たちの世界をさらに豊かにしていった、そんなイメージがあります。もちろん、葛藤や不安感もいろいろと渦巻いていたことでしょう。
そんな洋食をイメージしながら、中途採用について考えてみましょう。それもかなりの実力者であるマネージャークラスを社内に迎え入れる場合です。受け入れる側は大きな期待と、ささやかな不安を胸にして入社日を待つことでしょう。これは入社する側も同じかもしれません。
大げさにいえば、中途採用とは異文化のぶつかり合いです。特にマネージャーの場合、意思決定メカニズムを含めて、さまざまな前職の考え方ややり方が身に染みています。ある意味、組織内マネジメントとは、組織の文化を背負いながら自ら意志決定をし続ける仕事なのです。ですから、人が文化の異なる組織に移ること、文化の異なる組織から人を招き入れることは、時にコンフリクトを生み、時に不幸なマッチングを生みます。
新卒採用で多段階の面接選考を行う企業があります。スキルや経験では判断しにくい新卒にとって、文化適合度は大切な要素です。多くの社員が採用の合否判断に参加することは、文化適合度を見るには有効な手法です。
これに対して、中途採用ではどうでしょうか。一般社団法人人材サービス産業協議会が実施した「中高年ホワイトカラーの中高年採用実態調査」では、「何を評価して採用に至りましたか」という質問に対する回答の第1位は「専門職種の知識や経験」、第2位は「業界での知識や経験」でした。当然ながら専門性と経験が重視されるのです。否応なく文化適合度の優先順位は下がります。
意図的に社風と異なるタイプの人を採りにいくこともあります。その人に変革を託すのです。しかし、それは並大抵のことではありません。入社する側がきちんと腹決めをしていることと、経営者なり上司なりがしっかりと見守る約束なくして、成功する確率は低いといえます。
文化適合度は、採用される側だけの問題ではありません。受け入れる組織も文化適合度は問われます。さまざまな食文化が欧米から紹介され、洋食が芽生えた明治初期の日本。当時をうかがい知ることはできませんが、文化適合度が非常に高い社会だったのかもしれません。
文化適合度の高い企業組織は、中途採用者が組織になじんで力を発揮してくれる確率を高めるだけでなく、採用市場におけるマッチングの幅を広げます。実はダイバーシティへの取り組みというのは、単なるマイノリティ対策ではなく、この文化適合度を高める戦略なのです。
美味しい洋食をいただきながら考える、企業の中途採用とダイバーシティ戦略。いかがでしたでしょうか。洋食のように、したたかでありつつ魅力的で、万人に愛されるキャリアもいいですね。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会代議員。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。