いま日本企業が求める「新規大卒者」の人材像
独立行政法人労働政策研究
研修機構(JILPT)主任研究員
松本 真作さん
景気が拡大の局面に入り、それとともに企業の求める新規大卒者の人材像が変わってきている、と言われます。不景気が続いていた数年前は、中途採用も含めて「即戦力」の能力を持つ人材に注目が集まる傾向がありました。最近になって、その傾向が後退し、企業は長期的に戦力となる人材を採用したいと考えはじめ、そのために学生の協調性や誠実さなどの「人間力」を重視するようになった、とされます。しかしその一方で、採用試験を受ける学生の側には「企業の求める人材像がすぐ変わってしまう」「基準がわからない」という戸惑いもあると言います。いま企業はどのような新規大卒者を採用したいと考えているのか。その採用基準を企業や学生はどのように考えればよいのか。労働政策研究・研修機構(JILPT)で、大卒採用に関する調査を担当してきた松本真作・主任研究員/大学校助教授に聞きます。
まつもと・しんさく●独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)、職務・キャリア分析部門主任研究員/大学校助教授。専門は産業組織行動、コンピュータによる各種システムの研究・開発。早稲田大学大学院卒業後、雇用職業総合研究所(現JILPT)の研究員に。1992~1993年、米国メリーランド州立大学経営学部客員研究員。主な研究成果に「大卒採用に関する企業調査」「組織の診断と活性化のための基盤尺度の研究開発-HRMチェックリストの開発と利用・活用-」『経営組織の診断と活性化のためのチェックリスト-HRMチェックリスト利用・活用マニュアル-』(以上すべて、労働政策研究・研修機構)など。
「独創性・企画力」より「協調性・バランス感覚」を求める
数年前、企業が新規大卒者の採用に極端に消極的だったころに比べると、現在は状況が変わった、学生の売り手市場になってきたと言われます。
さまざまな統計を見ると、企業の大卒採用は活発化しています。日本経済が回復し、団塊世代の大量退職も目前に迫っていますから、それが企業の採用熱に影響していると思います。団塊世代が抜けてしまうと、人員構成がすっきりする企業は少なくないので、この傾向はしばらく続くかもしれません。
企業の新卒採用の「量」は増えてきたと。では「質」についてはどうでしょう。いま企業は新卒の人材の「質」をどう考えているのでしょうか。
これまで「採用する人材の質は落とさない」と言う企業が大勢を占めてきました。就職の「超氷河期」と言われていたころ、採用数を絞っていた時期、企業は人材の質を重視していましたし、採用意欲が高まってきた今日でも「質は落とさない」という企業が多い。これはつい最近の統計上でもそうなっています。
JILPTでは2005年2月に1300以上の企業を対象に調査を実施しましたが、そこで「大卒採用の方針」について尋ねたところ、「水準の確保を重視する」が9割近くに達しました。「人数の確保を重視する」の約2倍という結果です。
ですから、新卒採用の量は増えてきていますが、企業は質を落としてまで採用したくはない、ということになります。しかしながら、統計よりも現実は少し先を行っていますので、そろそろ企業は「質を落としても採用しようかな」と考えはじめているのではないか、そう私は思います。
多少質を落としても数を採りたいと?
そういう傾向がこれから出てくるのではと思います。けれども、それを示すような統計はまだないということです。
いま企業は、新卒者としてどのような質の人材を採用したいと考えているのでしょう?
さきほどの調査(「大卒採用に関する企業調査」JILPT 2006年3月刊)の中には、「新規大卒者としてどのような人材を採用したいか」という設問もあり、企業に対して1998年と2005年に同じ質問をしています。それがこのような結果です(図表(1)参照)。
「エネルギッシュで行動力のある人」「協調性・バランス感覚がある人」が2005年の調査では最も多いですが、目立つのは「協調性」を重視する企業が1998年に比べて約8ポイント上昇していることです。逆に、「独創性や企画力のある人」は16ポイントも低下して、31%にとどまっています。
同様に、「誠実で、堅実に仕事をする人」を挙げる企業が増え、「専門分野の知識・技術の高い人」を挙げる企業は減っています。
たった7年で企業の採用基準が大きく変わったと言うことができるかもしれませんが、背景には企業を取り巻く環境が変化したことがあると思います。1998年ごろは不況の出口が見つからないという状況でしたから、新しいことで閉塞感を打破できるような、そんな人材を企業は強く求めていたのでしょう。しかし2005年になると日本経済が回復し、多くの企業はもう一度成長に乗れるような実感をつかんだ。そうなれば企業は、協調性とバランス感覚があって、組織の中でチームワークよくやってくれるような人材のほうが欲しくなってきたと、そういうことではないかと思います。
「CDEリスト」の基本要素(軸)で求める人材が理解できる
企業は「協調性のある人」や「誠実な人」を採用するために、具体的にどのような方法で採用活動をしていますか。
そこは、なかなかわからないです。採用方法というのは、基本的に企業秘密ですから。複数の立場の社員が面接をするようになったとか、ゲームを採り入れているとか、新聞などで表に出てくる程度の内容しかわかりません。しかも、今年はこうだったけれど、同じ企業が来年は違う方法をとるかもしれない。具体的な採用の方法は見えてこないし、採用の基準もはっきりとはしていません。
ただ、最近の企業は人材評価でコンピテンシーを重視していますし、また、その一方で、年功序列・終身雇用に代表される日本型の雇用システムが変容してくるにつれて、エンプロイアビリティにも注目が集まっています。いま企業がどのような新卒の人材を求めているか、あるいはどのような基準で採用をしているのか、を考えるときに、それらを考える枠組みが必要です。最近になって企業が重視したり、注目したりしているコンピテンシーとエンプロイアビリティを基に、企業はこの基本要素では高いレベルの人材を求めていて、その他の基本要素ではそれほど高いレベルを求めていないといった見方ができれば、わかりやすいと思います。そうした基本要素を示す具体的な枠組み、判断の軸があれば、企業が求める人材を明確にすることができます。
労働政策研究・研修機構では、これまでのコンピテンシーやエンプロイアビリティの指標を広範囲に収集し、検討・整理して、その枠組みを作成しています。「CDE(CareerDevelopmentcompetencE)チェックリスト」と名付けましたが(チェックリストは8分野72項目)、そこで8つの基本要素(軸)を示しています(表参照)。
これに沿って考えれば、ある時代の企業はコミュニケーション能力の高い人材を求めているとか、その半面、変化対応や自己学習の能力をあまり求めていないとか、人材像がある程度見えてくる。
企業の求める人材を個々バラバラに収集しても、なかなか全体像は掴めないのですが、この枠組みを使えば、企業の求める人材がこの基本要素(軸)の上で描けることになります。この8つの基本要素(軸)で求める人材像の大枠を押さえ、プラス、個別具体的な基本要素を加味することで、求める人材像が明確になります。
この枠組みで考えると、現在の企業はどういう人材を欲しいと思っているのでしょう。
Ⅰのコミュニケーションの能力が高く求められるようになり、Ⅶの変化対応の能力はそれほど求められなくなった、という状況にあると考えられます。
これからの時代は「採用して入社後に育てていく」方向に
さきほどの採用の量と質の問題で、統計には出ていないけれどこれから企業は量を優先して質には目をつぶる傾向が出てくる、と。そうだとすれば、このチェックリストの、どの基本要素に目をつぶって採用をすることになるでしょうか。
企業に聞くと「いや質は落とさない」と言うのですが、これからは「質を落として、中で育てる」という方向になっていく、つまり、ちょっとレベルが低い人材でも仕方ないと。とりあえず採用して、入社後に鍛え直そうということになっていくと私は思います。ただ、どの基本要素に目をつぶるかというと、それは判断がつきにくい。むしろ、Ⅰのコミュニケーションの能力があれば採用して、社内で育てていこうとか、Ⅷの自己マネジメントができそうな人を採用すれば入社後に鍛えられるとか、そこは企業の判断だろうと思います。このため具体的には「面接で話して人間味を感じる学生を求めている」とか、「採用基準として人間性を重視する」という声が企業から出てくるのでしょう。
バブル絶頂だった1990年前後、企業が採用数を増やしたときに質の低い学生もたくさん採ってしまって、その後苦労したという話もありました。そのときの状況と今は似ていませんか。
どうでしょう。企業側の対応は変わらないと思うのですが、当時も質が多少低い学生を採っても中で育てていこうという考えだったと思います。問題は学生の側にあったのかもしれません。いわゆるバブル世代は、仕事に対する考え方に甘い部分がある人が多いと指摘されています。それで企業の人材育成がうまくいかず、苦労することになったケースもあると思います。バブル世代の学生に比べると、今の学生はかなりしっかりしています。数年前まで氷河期だったわけですから、そうは簡単に就職できないと危機感を持ったことがあったでしょうし、そういう背景もあって仕事に対してしっかりした考え方を持っている学生は意外に多い。ですから企業がきちんと教え込めば育っていくと思います。この差はあると思います。
学生の人間力――コミュニケーションの能力とか誠実さを見ると言いますが、それを面接で見抜くのはかなり難しいしいようにも思います。面接の専門的なツールはいろいろありますし、ツールを利用して採用活動をしている企業もあります。でも、実際、学生の人間性みたいなものはどこまでわかるでしょうか。
客観的に言えば、なかなか見抜けないでしょう。その仕事ができるかどうかという基礎的な適性にしても、採用活動の中で判定するのは難しいものです。適性診断の研究は100年以上も昔から行われているものです。この人がこの仕事をできるのか、できないのか、それを見分けることはできないか、という研究ですが、長年の研究の成果を踏まえても的中率は6割ぐらいしかありません。
4割のケースでは外れてしまう。
というのは、仕事の側が人材の側に要求するものが変わってしまうからです。今はこういう人材が必要だけれども、5年、10年経ってみたら企業をめぐる環境が変わり、仕事も変わり、そのときに必要な人材も変わる、ということが起こるわけです。人のほうも、能力が伸びたり、伸びなかったり、どんどん変わっていくわけですから、企業が採用というある時点でその学生の適性や人間性を判断して、仕事とマッチングしても、時間とともにずれていくことになります。
学生は主体的に自分を磨いていくほうがいい
学生の側からすると、企業の求める人材像がころころ変わるのでは、大変ですね。
それに自分を合わせていくのは大変ですから、やめたほうがいいと思います。学生は、企業の求める人材像がどういうものになっても、自分の長所はこれで、自分のやりたいことはこれなんだと明確にし、それを伸ばしていく、より確かなものにさせていくのがいいと思います。そして学生側が、自分のどこが優れているかを考える枠組みとしても、さきほどのCDEチェックリストの8つの基本要素が使えると思います。この枠組みで自分の強み、伸ばすべき点を確認してはどうでしょうか。
協調性とか誠実さとか、コミュニケーションとか、ある意味であいまいな基準で企業の評価を受けている学生は、いったい自分のどこを見られているんだろうと思うかもしれません。
そうですね。企業が学生のどこを見るか、またどうやって見るかも隠されていますので、学生はもうそんなことを気にしないで、自分のやりたいことを示して、長所を伸ばしていったほうがいいのではないでしょうか。個々バラバラな企業の求める人材を気にするよりも、先の8つの基本要素で自分の力を整理し、プラスアルファ、ユニークな点、個性的な点、人にはない点を考えてはどうでしょうか。
それでは、学生の4年間の学業の成績は、どの程度重視されるのでしょうか。
企業は学業の成績を足切りの基準に使っているようですが、重視の度合はそんなに高くありません。さきほどのJILPTの調査では「採用面接に先立つ応募者の絞り込みで、何を重視したか」という設問もあります。その結果では、「大学の成績」は「筆記適性試験」「履歴書」「エントリーシート」よりも下、かなり低いです。
学生の本分とは勉強のはずですから、その成績が軽んじられているというのは、不自然な気がしますが。
大学のレベルが違いますから、その成績をもって違う大学の学生を比べられないということもあるのだと思います。だから同じ土俵で比べられる、採用時点での筆記試験を重視するのでしょう。
もう一つ、大学の成績が重視されないのは、企業は大学に期待していない、という背景もあると思います。大学は学生を鍛えてくれていないと。理科系の学生については、企業は大学できちんと勉強をしてきたかというのを見ています。しかし、文科系の学生で成績が良いとしても、それをどのように解釈すればよいか、わからない。ちょっと成績の良い学生よりも、何かに打ち込んだ学生のほうが、後々、伸びるかもしれない。企業はそのように感じていると思います。
人材育成について、企業と大学のコミュニケーション、連携はうまくいっていないのでしょうか。
改善されているとは思いますが、どちらかというと大学の先生方はあまり対応が早くないのです。企業がこういう人材を求めている、これからの世の中ではこういう人材が必要になると言われても、大学の先生方が自分の教育をそれに合わせて変えられるかというと、なかなか変えられない。大学ではレベルの高い研究、レベルの高い教育が必要とされますが、そのようなレベルの高い研究、レベルの高い教育の「専門分野」は、そう簡単には変えられません。
日本では、大学の先生は研究に対する評価を受けますが、教育に対する評価はあまり受けません。
そうですね。その教育の評価というのがまた難しい問題で、教育の効果が上がっているか上がっていないか、それをどう評価するのか。そこのノウハウや仕組みが今の日本にはないのだと思います。米国のように、このような分野の研究者や専門家の分厚い層が必要です。そのような層の研究の蓄積によって、教育とその効果の因果関係が明らかになっていくものと思います。因果関係がわかれば実践に生かすこともできます。このような研究の蓄積とその実践は、企業にとっても社会にとっても有益なものと言えます。
(取材・構成=辻敏浩、写真=菊地健)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。