いま人事労務部門には、企業の成長や変化に伴って、既存の人事制度を運用するだけでなく制度の見直しや新規での制度企画を行うことも求められています。従業員数が増えて組織の規模が拡大するなか、人事労務担当者はどのような考え方や視点が求められるのでしょうか。グローバル化を推し進め、現在進行形で大企業となりつつあるマネーフォワードで人事労務部長を務める兼松氏と、カゴメの人事最高責任者としてグローバルの人事制度の運用に携わる有沢氏が、両社の現状や具体的な取り組みを含めて、「これからの人事労務の在り方」について語り合いました。
- 有沢 正人氏
- カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO(最高人事責任者)
- 兼松 大樹さん
- 株式会社マネーフォワード People Forward本部 人事労務部 部長
人事部の組織づくりには「情報の透明性」と「日々のコミュニケーション」が重要
兼松:今回の対談では、人事労務担当者が抱えがちな課題に対して、解決のためのヒントをぜひうかがいたいと思っています。人事の仕事に求められる本質的な考え方をお聞かせいただけると幸いです。まず、カゴメがどのような人事体制になっているのかお聞かせいただけますか。
有沢:前提として、カゴメにはグループ企業全体のバックオフィス業務を集約するシェアードサービス会社が存在します。給与計算などのいわゆるオペレーション業務は、そちらで対応しています。
私は、これまで在籍していたほとんどの会社で、シェアードサービス会社を設立してきました。人事業務において企画とオペレーションを並行するのは難しいので、オペレーション機能を別会社に切り分け、それぞれの業務に専念してもらうことが狙いです。
ただし、シェアードサービス会社のメンバーの多くは、転籍ではなく兼務という形で勤務しています。そのため、人事部門全体で日常的にコミュニケーションが取れています。
兼松:日々、それぞれの役割を担う方々が業務を進めていくなかで、チームビルディングやコミュニケーションが難しいと感じることはありますか。
有沢:正直、あまり感じません。給与体系や報酬設定など、あらゆる人事制度に関して「なぜそうなるのか」というロジックや意思決定のプロセスを、全員に対して常に共有するようにしているからだと思います。同様に、健康衛生や労務管理も、会社が目指すべき方針に対して共通認識を持ってもらうことが重要だと考えています。
意識しているのは、情報の透明性を担保することです。情報を共有できると、組織の心理的安全性が高まるからです。人事部のメンバーに対しては、毎月必ず、月次の業績や今期の見通しなど経営状況をオープンに説明する機会を設けています。
もともとカゴメでは、個人情報を除いた各従業員の年間目標やKPI評価シートを社内イントラネット上で公開していて、社員なら誰でも閲覧することが可能です。私の目標設定シートも、全社員が見ることができます。カゴメが掲げる企業理念の一つである「開かれた企業」の言葉通り、役割にかかわらず、あらゆる情報が全員に同じレベルで共有されることを目指しています。
ビジネススキルを身につけるだけでなく、社内外の「今」に向き合う姿勢を
兼松:続いてお聞きしたかったのが、人事労務担当者に必要なスキルです。労務業務を行っていると、従業員の基本情報や勤怠状況など、さまざまなデータが集まります。従業員の数が増えるにつれて、それらのデータを統計学的な視点で分析することも求められます。個人ごとの対応を進める中では、心理学も重要になってくると考えます。
有沢さんは、人事労務を担当するメンバーにはどのようなスキルが必要だとお考えですか。
有沢:財務やマーケティングを学んで損をすることはまったくありませんから、意欲があればどんどん知識を身につけてほしいと思います。ただ、スキルの装着そのものはさほど重要ではありません。大切なのは、世の中の流れを知ることだと考えています。
たとえば今、国内企業では「賃上げ」が話題になっていますよね。この動きは、どのような社会背景が要因となっているのか。他社の動向はどうなっているのか。自社ではどのように対応していくべきなのか。世の中を見ていると、おのずと自社のあり方を考えるようになります。このような感度の高さは、従業員の働く環境を整備する人事労務の仕事において、非常に重要です。
加えて、スタンスの面では、コミュニケーション能力や真摯に物事に向き合うことが求められます。人事労務担当者は、社内で起こるあらゆる問題にすみやかに対応していかなければいけませんから。
兼松:たしかに、時代や社会の動きに応じて、人事労務として臨機応変に行動する必要がありますね。業務の複雑性が増すなかで、「いろいろなスキルを身につけなければ」と不安になってしまいがちですが、まずは社会を広く見て、自社と従業員に向き合っていこうとあらためて思いました。
社員数が100人でも1万人でも、人事としての考え方は変わらない
兼松:続いて、人事労務として求められる従業員との関わり方について、お考えをうかがいたいと思います。
マネーフォワードは、この5年間で組織が急速に拡大し、社員数が約10倍になりました。100名、200名と新しいメンバーが増えてくるにつれて、一人ひとりとしっかりコミュニケーションを取ることがなかなか難しくなってきたと感じます。
異なる企業規模で労務担当を行なっていると、「事業の手触り感をもって、全員の顔が見えるなかで仕事ができる100〜150名の規模が一番楽しい」とよく聞きます。社内の環境が変わっていくとともに、従業員の働きやすい環境を整備する人事労務の立場からすると、悩ましい部分も出てきています。
そこで有沢さんにお聞きしたいのですが、会社の規模によって、人事労務として求められる考え方は異なるものなのでしょうか。
有沢:これはまったく変わらないと思います。100名規模の企業であれば100名分、1万人規模の会社なら1万名の従業員を知っているべきでしょう。銀行で人事を担当していたときの経験から、今でも大切にしているスタンスです。
当時の私が在籍した銀行の全行員は1万6000名ほどでしたが、人事部の先輩や上司からはすべての行員の職種や異動歴を覚えるべきだと叩き込まれました。「人事は、一人ひとりの人生に責任をもつ仕事だからだ」と。
この教えを受けて、本当の意味で個人を尊重することの大切さを学びました。人事は現場に行って、従業員のことを知ろうとしなければいけません。
兼松:1万6000名も……このエピソードで熱量が伝わってきます。有沢さんは、普段からどのように従業員の方々とコミュニケーションを取っているのでしょうか。
有沢:とにかく、現場や従業員とのタッチポイントを多くつくることが大切です。カゴメでは毎年、入社式で人事が新入社員に対して「数ある会社の中から、カゴメに来てくれてありがとう」という感謝の気持ちを伝えています。
過去に私が在籍した企業では、必ずしもここまで従業員と密な関係性ではありませんでした。人に対する思い入れや敬意の強さは、カゴメならではの良いところだと感じています。
兼松:社員数が増えるにつれて、自分自身が「顔と名前が一致しなくなってしまうのは仕方がない」と、どこか割り切ってしまっていた部分があります。しかし、2000名規模のカゴメで、とても血の通ったコミュニケーションを取られているとお聞きして、私ももっと従業員と向き合わなければならないと思いました。
「いかに従業員の負荷を減らせるか」という視点を持つ
兼松:ここまで、従業員との向き合い方やマインドセットについてうかがいました。実務上で抱えている悩みも相談させてください。
他社の人事労務担当の方に話を聞いても、同じ悩みを抱えていることが多いのですが、法令上の管理が必須な勤怠の申請などを、期日までになかなか協力してもらえず、人事労務者が催促するケースがあります。少人数かつ、ほぼ全員がオフィスに出社していると、直接の依頼や注意喚起が行いやすいと思いますが、規模が大きくなると、そうもいきません。他責にせずに取り組む必要性を感じていますが、どう向き合っていくのがいいのでしょうか。
有沢:カゴメでは、そういった事務的な手続きや申請は、システムを導入してできる限り自動化しています。勤怠入力も、パソコンのログイン履歴と連動する仕組みに切り替えました。
「人によらない業務の仕組みをいかに構築できるか」がポイントだと言えるでしょう。業務の効率化を図らなければ、従業員の残業時間など、働きやすさにも影響が出てしまいます。
兼松:「どのように工夫して従業員に依頼をするか」ではなく、「いかに依頼する業務そのものを減らしたりなくしたりするか」という視点を持っていらっしゃるんですね。
有沢:会社の規模や経営状況によっては、大規模なシステム化がなかなか実現できないところもあるでしょうから、ご苦労は痛いほどわかります。企業としてより優先順位の高い設備に投資されているといった可能性もあるでしょう。
企業が組織に対して行うべき投資はいろいろとありますが、カゴメでは「人」に対する投資が最重要だという考えから、その一環としてシステム化による業務効率の向上に取り組んでいます。システム化が難しい場合、数十名から百名程度の組織規模であれば、社長や経営陣が直接メッセージを発信するなど、マネジメントによって変えられる部分があるかもしれませんね。
人事や労務の手続きにかかわらず、本業以外の作業に時間を取られたり、業務を遂行するうえで非効率さを感じていたりすると、従業員のモチベーションはどうしても下がってしまいます。それは人事労務の方々の責任というより、仕組みの問題です。しかるべき方法で、根本的な仕組みの部分から変えていけるといいですね。
兼松:私も人事労務担当として、従業員が本業に集中してもらうためにどれだけの手間を減らせるのかには、日々頭を悩ませています。マネーフォワードは、プロダクトを開発している企業でもあるので、開発部門のメンバーとももっと話し合っていこうと思いました。
現場との接点を増やし、一人ひとりのキャリア自律を促す人事組織に
兼松:HRBPを設置する企業が増えてきています。HRBP設置の有無に関わらずですが、現場で何が起こっているのかを分析するため、人事労務部門が持つさまざまなデータの抽出を依頼される場面が増えてきているのではないかと思います。
人事マスタ情報の整備まで担うのか、必要なデータの抽出まで対応するのか、より効率的かつ成果を直接的に支援できるような関係を構築していくのか、会社の状況によると思いますが、HRBPとはどのような関わり方をしていくべきでしょうか。
有沢:たしかに、データをきちんと見ることは、現場や従業員を理解するために大切ですね。しかし、集計や分析はあくまで手段の一つであって、「そのデータを活用してどうしたいのか」という目的を忘れてはいけません。そうでないと、単なる事務作業に終始してしまいます。
カゴメにおけるHRBP(カゴメでは「人材育成担当」と呼ぶ)の役割は、従業員に対してのコーチングや動機づけを行うことです。たとえば異動などは、できる限り個人の希望を尊重したいと考えています。そこで、HRBPが現場に行き、異動希望者と「なぜこの部署が第一希望なのか」「異動してどんなことをしたいのか」を聞きます。やり取りの中で本人の気づきを促し、自律的なキャリア形成につなげてもらうことを狙いとしています。
キャリアは、人から何かを言われて決めるものではありません。個人が意思決定の権限を持っているのだと実感してもらうことが、HRBPが果たすべき役割だと考えています。そのため、カゴメのHRBPは、原則として人事経験者を任命しません。各部門の事業や内情についてきちんと理解している現場のプロフェッショナルに任せるようにしています。
兼松:従業員にキャリア自律を促す。とても大切な考えですね。 まずは現場とのタッチポイントを増やし、各事業部がどのようなことを実現したいのかを聞かなければいけませんね。そのうえで、私たちができる支援は何なのかをしっかりと考えていきたいと思います。
今回、有沢さんのお話をうかがい、全社の人事労務担当としてまだまだできることがたくさんあるはずだと痛感しました。企業が成長していくなかでも、従業員一人ひとりと対話をしながら向き合っていこうと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
有沢:まずは人に関心を持つこと。人事は、そこからすべてが始まると思います。現場や従業員のことを理解していくと、おのずと現状の課題や解決策が見出せます。企業の人事を担う方々には、本質的かつ創造的な仕事をすることが求められていると思います。
マネーフォワード クラウドは、 「人事管理」「給与計算」「勤怠管理」「年末調整業務」「社会保険手続き」「マイナンバー管理」など、人事・労務業務をシステム上で入力・管理・提出ができるサービスを提供することで、労務管理業務のミスを無くし効率化を支援します。