日本の「人材開発担当者」に足りないものとは
~人材開発のプロになるために~
ASTDグローバルネットワークジャパン会長
中原 孝子さん
ASTD(American Society for Training & Development=米国人材開発機構)は、米国ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置く世界最大の人材開発・パフォーマンスに関する会員制組織です。日本企業の人材開発部門は、海外と比較すると人材開発への取り組みが不十分で、遅れていると言われています。そこで、ASTDの日本における賛同パートナーであるASTDグローバルネットワークジャパン会長の中原孝子さんに、日本企業の人材開発における課題を指摘していただくと同時に、日本企業の人材開発担当者は海外の人材開発担当者と比べて何が足りないのか。これから何をすべきなのか。人材開発のプロフェッショナルとなるためには何を身に付ければいいのかなど、具体的なお話を伺いました。
なかはら・こうこ●岩手大学卒業後、米コーネル大学大学院にて、教育の経済効果、国際コミュニケーション学などを学ぶ。外資系製造販売会社、金融機関、IT企業にて人材戦略部門のマネジャーを歴任後、2002年5月に株式会社インストラクショナルデザインを設立。インストラクショナルデザインによる効果的研修設計やOJTを含む研修設計の支援、パフォーマンスコンサルティング、人材開発機能の設計・支援、タレントマネジメントの運営支援などを提供している。現在、ASTDインターナショナルジャパン、米ASTDをはじめ、国際カンファレンスでのスピーカーを多数務めるなど、グローバルに活躍中。人材関連専門誌への寄稿記事も多数。2011年にASTDグローバルベーシックシリーズ『HPIの基本』(ジョー・ウィルモア)を翻訳。
拠り所となる「体系」を持っていない日本の人材開発部門
日本企業の人材開発部門の現状を、どう捉えていますか。
日本企業の場合、人事ローテーションでたまたま人材開発部門の担当になった人も多いと思います。特に教育や研修に関しては、人材育成に関して何らかの経験があって、プレゼンテーションがうまければ大概の人にできる、とそれくらいのレベルでしか、捉えられていないかもしれません。
しかし、諸外国では人材開発はプロフェッショナルが担当するという認識が浸透しています。グローバルビジネスを展開している企業では、大学院などで人材開発や組織論を専門的に学んだ後、企業で人材開発を担当することは、ごく一般的です。
それに対して、日本企業の担当者には人材開発を体系的に学ぶ場がないためか、話題となっている方法論や具体論に飛びつく傾向があります。例えば、コーチングが流行すればとりあえず導入してみるなど、戦略的な枠組みで考えたフレームワークや最終的なゴールを意識した人材開発の施策になっていない場合が多く見受けられます。
しかし、米国やアジアにおけるグローバル企業での人材開発に対するアプローチは違います。当たり前のことですが、まず、経営目標に基づき自分たちの事業や組織にどのような人材が必要か、必要人材を定義し、リーダー人材や専門職を含めたポートフォリオを設定し、キャリアパスやコンピテンシーモデルに基づき人材育成プランを練ります。その後、具体的な研修プログラムの選定や設計に入るわけですが、その際には、研修のニーズ(必要スキルや知識、考え方のギャップ)を特定し、研修に落とし込んでいきます。その専門分野を体系的に学んだ人が担当する場合が多いのです。一方、多くの日本企業では、人材開発の拠り所となる理論や方法論を体系的に学んだ人やその専門性を持った人を人材開発部門に配置するということがありません。この差は、非常に大きいと思います。
海外のASTDのカンファレンスでは、日本本社の現地法人の人に会うことがよくあります。そこで、「日本本社との関係をどのように築いていますか」と聞くと、「最初、自分がアサインされたころは本社の方針をよく聴くようにしようと思いました。しかし人材開発に関しての本社との共通言語もなく、また本社の日本の人事の人たちはあまり専門性がないので、適切なアドバイスを得ることもできません」と言うのです。
例えば、人材開発のアプローチを一つ取っても、ニーズサーベイはどういうフォーマットでやるのか。どういうプロセスでどんなことを報告しているのか。公式な基準がグループ全体として存在しないと言うのです。また、人事・人材開発部門の目指すべき指標に関して、共通尺度が示されていないので、結局は独自に行うことにした、というような現状だと話していました。
結局、本社、現地法人を問わず共通すべき仕組みやプロセスなどの共通言語を持たないと、グローバル本社としての人材育成方針の説明もできないばかりか、一貫性を保つこともできないのです。グローバル化を推進していくためには、ここがスタートなのに、まずベースとなる話ができない。挙句の果てには、「現地で勝手にうまくやってくれればいい」と投げ出される。これではとても日本本社と話をする気になれないでしょう。
決して誇張した話ではありません。このような現状が少なからずあります。この背景には、経験ベースによる人材育成が重視されてきたことが背景にあると思います。
人を大切にする、人の育成に力を入れるというのは、日本企業の特徴のはずですが……。
ASTDが毎年行っている調査によると、年間1人あたりの人材開発に関する投資額は、米国やアジアを含む企業では約1200ドル(約10万円)。総給与額(税抜)に対する割合で2%。一方、最近行われた産労総合研究所の調査によると、日本企業では3万4000円くらいです。これを見ても諸外国と比べ、かなり少ないことが分かります。2006年の通商白書によると、日本企業における労働費用に占める教育訓練費の割合は0.28%でした。この状況は10年以上大きく変わっていません。人材開発が大切だと言いながら、そのための投資金額は非常に少ないのが実情です。「投資」ではなく、「コスト」として捉えられているからかもしれません。
そもそも人材開発部門の存在意義とは、人材開発を通して業績に貢献すること。業績に貢献できるような人材開発や、そのための仕組みを構築していくことです。業績に結び付くような施策でないと、いくら研修をやっても意味がないのです。それが、HPI(ヒューマン・パフォーマンス・インプルーブメント)の考え方です。
その考え方に基づいて、いろいろな施策を練り、分析していく。単なる研修だけではなく、いろいろなソリューションを組み合わせて、そこから導き出される成果をきちんと定点観測していく。そういう戦略的なアプローチを行っているのが、韓国やシンガポールやインド、一部の東南アジアや中東諸国の企業です。残念ながら、日本ではこうしたことを行っている企業が少ないように思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。