日本企業の課題を解決する特効薬
多様な人材が活躍する時代に欠かせない
「組織開発」の学び方と実践方法
立教大学 経営学部 教授
中原 淳さん
自組織の未来は「自分たちで決める」
日本の組織が抱えている課題として「エンゲージメントの低さ」があります。従業員が所属する組織にコミットしていなかったり、仕事に対して情熱を持てていなかったりするケースをよく耳にしますが、日本企業で組織開発を行う場合、「従業員の関心の薄さ」が課題となることはありますか。
組織開発の伝統的な手法に「サーベイ・フィードバック」があります。従業員調査の結果をもとにメンバー同士の対話を促し、組織を変えていくというものです。私も、サーベイ・フィードバックの現場に立ちあうことが多いのですが、ほとんどの組織では、うまくいっていません。なぜかというと、そもそも所属長と従業員のあいだでフィードバックをしたり、対話をしたりする信頼関係が築けていないからです。
まず、サーベイ・フィードバックのために集められたメンバーは、自分たちがなぜ今、どんな目的で集合させられたのかがわかっていない。一切説明されていないまま集められても、当然ながら主体性は出てきません。しらけたムードのまま、やらされ感満点で話が進んでいくようでは、組織は何も変わらないでしょう。
私が関わるときには、まず所属長に目的や必要性を話してもらいます。企業や組織の課題を、正直にわかりやすく伝えてもらうのです。そのうえで、お互いの関係性を深めるワークを行います。所属長を含めたメンバー同士で「どんな仕事をしてきたか」「どんなことに関心を持っているのか」などを話してもらったり、「相手の仕事ですばらしいと思うこと」などのポジティブなフィードバックをしたりします。場がほぐれてきたところで、所属長からメンバーに対して感謝の気持ちを伝えてもらいます。「いろいろな問題があるけれど、ここまで一生懸命に仕事に取り組んでくれて本当にありがとう。課題を解決して、もっといい組織にできるようにがんばっていこう」と。これまでの仕事へのねぎらいと感謝がなければ、その先へ進めることはできません。
人事施策を行う際、何をどのように進めていくかに意識が向いてしまい、「そもそも、その人事施策を行えるほどの関係性を築けているか」を考えきれていないのかもしれません。
極端な言い方になりますが、組織開発は「準備が8割・実施が2割」と捉えて、ちょうどいいくらいかもしれません。ある意味、心理戦だと思うんですよ。組織が変わらなければいけないときに、「君たちは、ぜんぜんダメだよ!」「ほかのチームみたいに、なぜできないの?」と言われたら、心のシャッターは閉まってしまうでしょう。 一度閉まったシャッターをこじ開けるのは大変です。
まずは、組織開発ができるだけの関係づくりや土壌づくりに力を注ぐべきです。従業員が課題に自覚的になって、マネジャーやメンバーと一緒に問題を解消していきたいという心持ちになれば、課題解決のアイデアはいくらでも出てきます。あとは、それを実施するだけです。
組織の課題が「見える化」され、課題について「対話」がなされたあと、いざ「実践」していくという過程で大切なことは何でしょうか。
私はいつも、組織開発のお手伝いをしている企業や組織に、「自分たちの未来は自分たちで決めてください」と言っています。時折、「先生がおっしゃることをすべてやるので、知見を教えてください」と言われることがあるのですが、それではうまくいきません。
たとえば働き方改革に取り組むとき、組織のなかで「無駄だなあ」と思うことをいちばん知っているのは現場の人たちなんです。組織に最もフィットするやり方がわかっているのも、現場の人たち。何より、自分たちで決めたほうが満足感があるし、幸せですよね。職場の満足度を高めるためには「半径5メートル以下」の人間関係や仕事のやり方を健全に保っていくことが肝心。自分たちの職場は自分たちでよくしていかないと、未来は変わりません。
最後に、これからの日本企業において、組織開発が担っていく役割や可能性について教えてください。
日本の組織は、本当に課題だらけです。数十年先のビジョンを描くことは難しく、事業も組織もどこに向かっていくのか、今私たちはどこに立っているのかを見失いがちです。ビジネスの厳しさやスピーディーな変化、多様化を前に、人のモチベーションが棄損されやすい時代だとも思います。
組織を健康的に保つのが難しいぶん、組織やチームの力を最大限に伸ばすことに投資しなければ、いい人材はどんどん離れていくでしょう。組織開発は、まさに経営の根幹。人材は振れ幅の大きい資源ですから、「この組織にいたい」「この職場で働きたい」と従業員に感じてもらえる組織をつくれたときの経営へのインパクトは大きなものです。組織開発の本質を知り、多様な人材がいきいきと働ける職場が増えていくことを願っています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。