一人の時間がイノベーティブな発想を生む
あえて「孤独」を選ぶ社員が、企業にもたらす効果とは
明治大学 文学部 教授
諸富 祥彦さん
「孤独」と聞くと、よくないイメージを持つ方は多いでしょう。寂しくひとりぼっちで、頼れる人もいない。そんな状態は、仕事にも悪影響を及ぼすと感じるかもしれません。しかし、はたして本当にそうでしょうか。「あえて孤独な時間をつくることは、働く上でも大きな意味を持つ」と話すのは、明治大学文学部教授で心理学者の諸富祥彦先生です。日本企業に残る「周りと同じであること」を求める風潮は、従業員自身のストレスや組織の硬直につながってしまう。むしろ孤独な時間をとることで、新しい発想やイノベーションが生まれてくるというのです。今求められる「孤独」の力とは、一体どのようなものなのか。書籍『孤独の達人』の著者である諸富先生に、詳しくうかがいました。
- 諸富 祥彦さん
- 明治大学 文学部 教授
(もろとみ よしひこ)/筑波大学人間学類、同大学院博士課程修了後、千葉大学教育学部助教授を経て、明治大学文学部教授。教育学博士。日本トランスパーソナル学会会長。臨床心理士。日本カウンセリング学会認定カウンセラー。大学で心理学を教えるかたわら、精力的にカウンセリング活動を続ける。『孤独の達人』『生きていくことの意味』(共にPHP新書)『人生に意味はあるか』『トランスパーソナル心理学入門』(共に講談社現代新書)『「本当の大人」になるための心理学』(集英社新書)など、著書多数。(http://morotomi.net)
「孤独」な時間がクリエイティビティーをもたらす
諸富先生は著書『孤独の達人』の中で、孤独には3 種類あると説明しています。それぞれの違いを教えてください。
まず、一つ目は社会的孤立です。離婚や死別などの別れ、あるいは仲間はずれにされたり周囲となじめなかったりして、誰ともつながることのできない疎外感を味わう状態です。一般的に、「孤独」と聞いて皆さんが思い浮かべるのは、これかもしれません。こうした自分で望まない孤独はモチベーションの低下につながり、仕事においてはマイナスに働く要因といえます。
二つ目は自分の意思で孤独を選び、心理社会的に同調圧力やしがらみから解放された状態です。いわゆる“おひとりさま”で、孤独による自由を謳歌すること。人は所属する組織に縛られていると、息が詰まってエネルギーを奪われがちです。そのため、この孤独は英気を養い、やる気を起こすうえで大事になってきます。
そして三つ目の孤独が、ひとり静かに自分の内側と深くつながって、内面を見つめていく「深い孤独」です。この状態があることで、人は己を知り、自分という軸を持てるようになります。他者と比較することがなくなり、精神的に真の自由を手に入れることができるのです。
三つ目の孤独のような一人の時間を持てなければ、人は自分の中心を見失ってしまいます。周囲の評価が気になり、さまざまなしがらみに縛られてしまう。周りの目が気になって、一人でランチを食べることにストレスを感じる「ランチメイト症候群」という言葉もあります。日本人は特に「周りと同じであること」を好みますが、これでは、自分らしく生きることができません。
三つ目の「深い孤独」は、仕事にはどのような影響を与えると思いますか。
「自分の内側とつながる」というと、内発的動機づけを思い浮かべる人がいると思いますが、実際はもっと計り知れない作用があります。それは、クリエイティビティーの向上です。
自分の内面を見つめるとき、人は頭ではなく体、特に内臓で思いを巡らせます。このとき浮かび上がるのが、Implicit Knowing(暗黙なる知恵)です。簡単には言葉になりません。「この感じは何と言えばいいのだろう……」といった、モヤモヤに近い感覚です。しかし大抵の人は、そこで思考をやめてしまう。そしていつものパターンに絡め取られてしまうのです。
しかし、これからの時代に必要なのはThinking Beyond Pattern、つまりパターンを越えた発想です。何かの型になぞられて新しく“見える”仕事なら、誰にでもできます。パターンが決まっている仕事は、人工知能に任せておけばいいでしょう。人間には、これまでにない常識を超えた「ひらめき」が求められているのです。そしてひらめきは、Implicit Knowingに触れた時に浮かび上がるものです。これは孤独にならないと、出てきません。
簡単にできることではなさそうですね。
私たちは小さな頃から、知識重視の教育を受けて続けてきました。そのため自分の内面にあるImplicit Knowingに触れ、粘り強く対峙し、表現するといったトレーニングを重ねてきていないだけなのです。ですから訓練を重ねて習慣づけられれば、誰もが創造性を高めることができます。
訓練ではどのようなことを行うのですか。
本格的なトレーニングとなると、やはり専門家の力が必要です。しかし入口にあたるマインドフルネスやフォーカシングは、一人でも始めることができます。近年、GoogleやAppleなどが研修として取り入れていることから、マインドフルネスは耳にしたことがある方も多いかもしれませんね。これは、意識を過去や未来に向けず、“今”“ここ”という感覚に集中する思考法です。その際、思い浮かんだことがあってもそのまま受け止め、肯定も否定もしません。
フォーカシングでは、そこからもう一歩踏み込んで、ありのままの自分を認めたうえで自分の内面にやさしく問いかけます。例えば「今の、この仕事のアイデアについて抱いている違和感。いったい、これは何を意味しているんだろう」などと。このとき自分の内側の“感じ”に任せ、答えが返って来るのを辛抱強く待つのがコツです。そして答えが聞こえてきたら、今度はそれを内側に響かせる。この繰り返しにより、Implicit Knowingに触れることができます。突然ピタっと感覚が一致する瞬間があるのです。
確かに、これは一人でいるときでなければ難しそうですね。
ちなみに一人になる場所は、個室でなくてもかまいません。私はよく大学の近くのホテルにあるバーで、フォーカシングをしています。お酒をひと口飲んで、夜景を眺めながらボーっとするのです。「次はどんな本を書こうか」などと自分に問いかけて、浮かんだイメージを内側に響かせているうちに、お腹のあたりがグルグルと巡り出し、アイデアがふっと生まれるのです。
こうした時間は創造性の高い仕事に限らず、心の成熟にも欠かせません。ですから時に人は、意図的に孤独になることが必要なのです。近年はインターネットが発達し、一人でいても常に周囲とつながっています。意識的に周りの情報を遮断して、一人になる時間を確保することが求められます。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。