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キーパーソンが語る“人と組織”

女性を活用できない企業は潰れる

辛淑玉さん

人材育成コンサルタント

募集・採用、配置・昇進、定年・退職などについて男女異なる条件を設けることを禁じた男女雇用機会均等法の施行から、ほぼ20年が経過しました。日本の経済構造は大きく変わり、今日では女性を活用できない企業は生き残れないとさえ言われています。しかし、その一方で、2003年版の『男女共同参画白書』によれば、日本企業の女性管理職の割合は8.9%で、欧米先進国の20~40%に比べるとかなり低く、また厚生労働省の調査では、最初の子供を出産した後に仕事を辞める女性は70%に上っています。セクハラ訴訟で使用者責任を問われる企業も後を絶ちません。男女均等処遇の取り組みが始まって久しいのに、それが必ずしも現場に深く浸透していかないのは、どうしてなのか。女性が働きやすい職場環境をつくっていくために、企業がしなければならないことは何か。人権や男女差別の問題に詳しい人材育成コンサルタントの辛淑玉さんにうかがいました。


Profile
しんすご●東京生まれの在日コリアン3世。1985年に人材育成会社「香科舎(こうがしゃ)」を設立。女性人材の育成に取り組み、96年には「辛淑玉人材育成技術研究所」を設立。管理職評価などのプログラム開発に携わるかたわら、企業、自治体、教育機関の依頼で人材育成、人権に関わる研修・講演を多数行っている。テレビ・ラジオでも活躍、ラジオ大阪「辛淑玉の言わせていただきます」のパーソナリティなども務めた。明治大学政治経済学部特別招聘教授。著書に『怒りの方法』(岩波新書)『愛と悲しみの韓国語』(文春新書)『辛淑玉の「男女平等免許皆伝」法律編・実践編』(人材育成技術研究所)『韓国・北朝鮮・在日コリアン社会がわかる本』(K・Kベストセラーズ)など。2003年第15回多田謡子反権力人権賞受賞。



1000万円台に跳ね上がったセクハラ裁判の賠償額

―― 今の企業の男女均等処遇などの取り組みをどう見ていますか。

男女雇用機会均等法は1999年4月に改正され、募集・採用や配置・昇進などの事項が努力義務から禁止規定へ変わりました(99年4月からの正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」)。さらに、セクハラ防止に関する事業主の配慮義務を規定し、罰則まで設けました。これをきっかけに、企業の取り組みは大きく変わりましたね。

90年代から、社会的に問題を起こした企業が公的機関の入札から外されるといった事例がぼちぼち出始めました。その流れもあって、女性差別で問題を起こしたり、女性の人権に鈍感であったりする企業に対しては、均等法の改正以前から風当たりが厳しくなっていましたが、改正後はそういった企業に対して「企業名の公表」といった具体的な罰則も与えられるようになりました。企業名が公表されるということは、たとえば女性差別を温存し勧告に従わなかった企業などが、公的機関の入札から外されるということ意味します。そんな羽目になったら企業は業績がいっぺんに悪化しますから、積極的に差別是正のために取り組まざるを得なくなりました。

国際社会の常識が日本でも浸透するにつれ、セクハラや人権侵害で訴えられる企業も多くなりました。いま女性差別に関する訴訟は、私が把握している限りでも百数十件もあるんです。表に出てこないものも含めたら、おそらく1000件を超えるでしょう。しかも、訴えられた企業側の約6割が使用者責任を問われて罰金を支払っています。今、セクハラの訴訟や人権侵害の訴訟、女性であることを理由にした賃金差別訴訟などで、声を上げた女性の被害者が負けるというケースは滅多にありません。企業側は和解に持ち込むのが精一杯でしょう。

―― たとえばセクハラ訴訟では、どのようなケースがありますか。

とてもたくさんありますが、象徴的な事例をひとつ挙げましょう。

1992年、出版社で働く女性が男性上司から、プライベートなこと(とくに異性関係がふしだらであるといったようなこと)を社内で吹聴され、社外の人にも性的中傷を流すなどの言葉によるセクハラを繰り返されたうえに、会社から退職を強いられた事件です。

この、日本初のセクハラ裁判と言われる事件の判決の中で、「被告はやや内向的で家庭的であり、派手さはなく、私生活では真面目なほうで、女性のあり方や役割などについての女性観は旧来のいわゆる常識的な考えの持ち主である」と評されたことを見てもわかるとおり、加害者は特殊な女性観の持ち主ではなく、「ごく普通の男性である」とされているのです。

辛淑玉さん Photo

つまり、悪意によるものかどうかは問題ではなく、ごく普通の男性が今まで疑いもせずに持っていた価値観が女性の働く職場環境を悪化させ、性的な嫌がらせとなっていた、ということで有罪としたわけです。もっとはっきり言えば、男性一般の日ごろの認識や行為が、女性にとってはいかに犯罪的なことであるということが証明され、断罪されたのです。

この事例は改正均等法施行前のことだったんです。セクハラを軽く考えていた男性上司にとっては青天の霹靂だったでしょうね。この裁判をきっかけに社会の認識は大きく変わり、今ではセクハラ裁判の賠償額は1000万円台に跳ね上がっています。80年代までは強姦でも数十万円程度の罰金で済ませていたことを思えば隔世の感がありますね。

女性を積極的に活用して業績回復した松下電器

―― 女性を差別したり軽視したりする社風が残っていると、企業はセクハラなど問題を起こしやすいし、その結果、賠償などの報いを受けることになりかねない。女性軽視の男性社員が多い企業というのは、非常にハイリスクな状況にあると言えますね。

そう。セクハラの背景にあるのは、女性が嫌だと思っているのにそれに気づかない男性の鈍感さなんですよ。男性社員は上司の顔色をしょっちゅう窺っているのに、同僚の女性社員が何を望んでいるのか、全然理解しようとしません。中には、「あいつに触られるのはいいけど俺は嫌だというのは女性のわがままですよ。男を差別している」などと言う男性もいますが、それは「夫とセックスするなら俺にもやらせろ」と言っているのと同じです。好きな人なら嬉しい、そうじゃない人は嫌というのは、女性の当たり前の感情です。そういう感情を無視する鈍感さが問われているんですね。

―― 今後、女性の人権を軽視する企業はどうなっていくでしょうか。

日本の中だけでなく国際社会においても全く評価されなくなると思いますね。いま世界のマーケットは、企業の社会的責任を重要視するようになってきました。アメリカでは、企業投資全体の12%が社会的責任投資と言われています。これは企業の中で公平な労働環境や人事がきちんと守られているかということも投資の基準のひとつにするというもので、ベースにあるのは人権です。この流れはこれから、ますます国際的に加速していく。それは間違いありません。

なぜなら、人権に配慮した企業への投資効果が高かったという事実があるからです。経済界はその意味で合理的に動きますから。

辛淑玉さん Photo

逆に、人権を企業活動の中心に据え、女性を積極的に活用したり、女性管理職を大幅に増やしたりして業績を伸ばしていこうとしている企業もあります。たとえば、松下電器産業は以前に比べると大きく変わりましたね。松下のフィランソロフィー部は、企業は社会の財産だという発想で動いていて、市民活動との連携には目を見張るものがあるし、新潟地震でもすぐ動きました。また、女性の管理職登用にも積極的に取り組んでいて、女性が男性と対等に働ける、そんな土壌をめざして努力しています。松下は、業績が一時期どん底まで落ち込んで、思い切った改革をしなければ危ない、という状況になったこともあったのですが、根本に立ち返って創業者の理念を見つめ、人権を企業活動の中心にした経営トップの姿勢は評価すべきでしょう。

男性の働き方が変わらないと女性の活用は進まない

―― 女性を活用する企業が伸びる、そうでない企業は潰れる――そんな時代になっている、ということでしょうか。

そう思いますね。かつてのウーマンリブは女性が望んでしたことで、それによって時代の経済構造までが変わったわけではありませんでした。しかし今は、経済構造の変化が女性の社会進出を促しているという状況になっています。資源のない国が生き残ろうと思えば、知恵を使うしかありません。これを知価価値の時代と言います。知力とは、性差も民族差も越えていくものです。産業社会で使われていない知力、それはまさに女性だったのです。そこに経済が目をつけたのですから、この現実が後戻りすることなど決してありません。女性を活用できる企業風土がなければ、国際競争時代、生き残ることができなくなるのは自明の理です。

辛淑玉さん Photo

雇用機会均等法、改正均等法、育児介護休業法、男女共同社会参画基本法など、この十数年の間にいろいろな法律が整備されましたが、これらを「女のための法律」と見るのは違うと、私は思うんです。逆に、これらの法律は「男のための法律」であって、「男よ、金を稼ぐだけがお前の価値ではないんだよ!」と言っている気がします。毎日毎日、朝から晩まで会社に拘束されるような生活を見直して、育児をしたり、地域の活動にかかわったり、もっと潤いのある生活をデザインする権利があるんだということに気づきなさい、と男性に教えているところがあるんじゃないでしょうか。企業側から見ても至極当然で、だって、生活感のない人が生活者に何を提供できるのですか? 遠回りだけれど、それが、最終的には社会全体を豊かにし、生産性をあげるベースなのですよ。

たとえば今、育児休暇をとる男性社員は1%にも満たない程度です。共働きの夫婦でも、夫が仕事だけに力を注いでいる半面、妻は仕事のかたわら育児も家庭のことも切り盛りしている――そんなパターンが多い。これでは女性は自分の能力を100%仕事に発揮できないと思うんですね。逆説的ですけど、男性がこれまでの古い価値観を捨てて、社会に広く参画していける新しい働き方を見つけたときに初めて、女性は社会へ進出できるようになるし、企業も女性を取り巻く環境を整えて、その能力を活用しようと本気になるんだと思いますね。男性の側がこれまでみたいな家庭や地域を顧みない働き方をしながら、女性を活用しようというのは絶対に不可能なんです。

「専業主婦願望」は一生懸命に働ける環境がないから

―― 企業の女性活用が進まない半面、若い世代の女性に「専業主婦願望」が強くなっていると言われています。会社に入って一生懸命やろうという気がどれくらいあるのか、企業の側にしてみれば気になると思うのですが。

一生懸命やろうとする気があるかどうか、というよりも、一生懸命に働くことができる環境がないことが、女性には早くからわかっているのだと思います。社会も経済構造も変わってきたけれど、企業の体質はそんな簡単に変わらないんですね。それが変わるまでにはものすごく時間がかかる。「改革」のスピードがあまりに遅いので、女性は疲弊してしまうんですよ。

とくに若い女性に共通しているのは、男性を中心とした企業社会の中で、「骨の髄まで絞られたくない」という気持ちが非常に強い、ということです。「あんなに働いても結局は疲弊して、酷い目に遭うんだったら、さっさと結婚したほうがいいわ」となるわけですよ。仕事の能力よりも外見を磨いて、自分のために稼いでくれる男性をつかまえたほうがよっぽどいいと思っている。

―― 女性が働きやすい企業はどれくらいありますか。

少ないですね。ないわけではないですけど、トップエリートの人材しか入れないところばかりですよ。私が仕事で関わっている企業は約200社ありますが、その中で「これは」と思うのは5、6社程度です。女性の待遇を改善しようと努力をしている企業はかなりあるんですよ。でも、その努力が成果につながるまでは時間がかかるし、それまで女性は我慢しなければなりません。

辛淑玉さん Photo

だから今、会社でいい仕事をしている女性でも、過去には何度も本気で辞めようと思った経験があるはずです。でも、周囲に支えられて思いとどまり、やっと自分の能力を十分に発揮できるポジションをつかんでいる。どんなに働いても女性であるがために賃金が男性の6割程度しかもらえないのなら、結婚して男性に働いてもらうほうがいいという考えが出てくるのは当然です。専業主婦願望というのは、日本の企業が変わらない限りなくならないのではないでしょうか。

稼いでくれる男性と結婚すれば未来永劫にわたり安泰かというと、今やそうでないことも女性はわかっているんです。夫が失業しない、離婚しない、家にずっとお金を入れてくれる。その3条件があって初めて専業主婦の安定は成り立つのですが、日本の企業社会は終身雇用ではなくなり、夫が失業しないという条件は崩れてしまった。専業主婦を続けてきた女性が急に仕事をしなければならないケースも出てくるでしょうし、「専業主婦」という生き方を選んだ女性は、いつ生活が大きく変わるかわからないというリスクを覚悟する必要があると思いますね。

(取材・構成=天野隆介、写真=中岡秀人)


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