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『ビジネスガイド』提携

「配転命令権」行使の有効性判断が必要
人事異動に応じず、従来の職場に出勤する社員への対応 (2/6ページ)

ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 山田 亨

(3) 配転命令権の濫用

会社に配転命令権があるとしても、配転命令権は無制約に行使することができるものではなく、濫用と認められるときは違法、無効となるというのが、最高裁の判例の立場です。

東亜ペイント事件(最判昭和61年7月14日)では、71歳の母親、無認可保育所の運営委員を務める妻および2歳の娘と同居する社員に対する転勤命令が濫用に当たるか否かが争われ、最高裁は、家族と別居を余儀なくされる社員の不利益を重視して濫用に当たると判断した大阪高裁の判決を破棄し、別居による家庭生活上の不利益は「転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである」と判断しましたが、その中で、以下のような場合が権利濫用に当たるとしています。

  1. 当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合
  2. 当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき
  3. 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき

ただし、上記1ないし3のうち、3については、どの程度の不利益を「通常甘受すべき程度」と評価するか、という政策的判断を要する基準となっており、実務的に濫用に該当するか否かを一義的に判断することには困難が伴います。

東亜ペイント事件において、最高裁は、高齢の母親や就学前の娘を含む家族との別居について、「転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」と判断しました。

その後の裁判例でも、単に単身赴任となる転勤命令については、「通常甘受すべき程度」と評価されていますし(東京地判平成11年7月13日(ソフィアシステムズ事件)、静岡地沼津支判平成13年12月26日(山宗事件)、東京高判平成20年3月26日(NTT東日本(首都圏配転)事件)等)、保育園児を持つ母親に対して子供の送迎等に支障を生じさせることになる異動も、「通常甘受すべき程度を著しく超えるとはいえない」と評価されています(最判平成12年1月28日(ケンウッド事件))。

photo

しかし、疾病、障害等のある複数の家族を支える社員の転勤については、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を認定しています(大津地決平成9年7月10日(フットワークエクスプレス事件)、札幌地決平成9年7月23日(北海道コカ・コーラボトリング事件)等)。

これに加え、平成13年の育児・介護休業法の改正による配転の際の「子の養育又は家族の介護」への配慮義務の明定や、最近のワーク・ライフ・バランスの配慮に関する議論に鑑み、今後の「通常甘受すべき程度」の判断基準は、『「仕事と生活の調和」の方向へ修正されていくことが予想され』る(菅野和夫「労働法」第9版445頁)との考えが示されるようになっています。

したがって、今後は、育児や介護に支障が生じる場合の濫用該当性について、より慎重な見極めが必要と言えるでしょう。


(4) 懲戒処分としての配転命令

なお、人員の適正配置という観点からの配転命令とは別に、懲戒処分の業務停止に絡めて、停止期間中の一時的な配転命令がなされることがあります。懲戒処分の一環としての配転命令の有効性を検討する際には、人事権の行使としての配転命令の有効性とは異なる観点から検討する必要があります。

一般に懲戒権の行使については、

  1. 懲戒権について就業規則に規定されていること
  2. 就業規則上の懲戒事由に該当すること
  3. 懲戒処分が実質的にも手続き的にも社会通念上相当であること

が必要とされていますので、懲戒処分の一環としての配転命令の有効性を確認する際にも、これらの要件が充足されているか否かを確認することになります。


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