世界的な企業間競争が激化する中、イノベーションの創出がますます重要になっています。そこには高度な専門性を持つ研究人材の活用が欠かせません。しかし、日本企業には博士号取得者らのポテンシャルを生かし切れていない例も多く見られます。どうすれば研究人材の活躍を促すことができるのでしょうか。研究人材にはどういった施策や制度が求められるのか、採用実績が少ない企業はまず何から取り組むべきなのかを、株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆さんにうかがいました。

- 伊達洋駆さん
- 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
(だて ようく)神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。組織・人事領域において調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知を活用した組織サーベイや人事データ分析を提供。近著に『イノベーションを生み出すチームの作り方』(すばる舎)など。
日本型雇用システムの難しさ
イノベーションの創出を目指す企業は、どのような課題を抱えているのでしょうか。
イノベーションの要件は大きく二つあります。アイデアを生み出すことと、そのアイデアを実現することです。どちらも難易度が高いうえ、社内常識とは違うところから生まれるものです。外部から専門性の高い人材を獲得し、自由な発想で活躍してもらう方法が有効です。
課題として挙げられるのが、いわゆる日本型雇用システムの難しさです。新卒を採用し、さまざまな部署をローテーションさせることで専門性を身につけていく従来型の人事システムは、博士人材にとっては高度な専門性を生かしにくく、処遇も十分に魅力的とはいえません。先端技術の研究開発を巡ってグローバルに競争する企業の中でも、研究人材を活用しにくい雇用システムの問題が意識されはじめています。近年、戦略人事という旗印のもと、大手を中心に各社がジョブ型雇用に取り組んだり、キャリア採用を積極的に増やしたりする背景の一つには、研究人材の活用というテーマもあるのでしょう。
研究人材市場の現状についてお聞かせください。

これまで民間企業では、新卒で採用して社内で専門性をつけていく仕組みが機能していたので、特定の領域を除いて、博士号取得者らへのニーズはそこまで強くはなかったと言えます。しかし、従来の方法では急激な市場環境の変化についていけない場合もありますし、今すぐ、または将来必要となる高度な専門性の獲得も難しいでしょう。企業からのニーズは増えているので、研究人材不足がより強くなると考えられます。
そこで重要なのが、企業と研究人材のマッチングです。研究人材の多くが、大学に残って研究を続ける道を目指しますが、希望通りのポストに就ける人は一部です。ところが、さきほど説明したように企業側の雇用システムが研究人材とフィットしていないため、研究人材にとっては民間企業で活躍するイメージが描きにくい。その結果、市場に人材はいるのに、求人を出しても集まらないというミスマッチさえ生じてくるのです。
海外では民間企業で活躍する研究人材が増えていると聞きます。どういった点が違うのでしょうか。
実は海外では、「大学に就職すれば研究を続けられるが給与はそこまで高くない。民間企業では研究以外の業務を担う可能性があるが魅力的な報酬を得られる」という図式があります。日本とは博士号の重みが違い、民間企業でも手厚く処遇されます。そういった背景があるので、大学院在籍中に希望するポストが狭き門だと認識した時点で、民間企業への就職に目が向くのが大きな違いだと思います。
人材を受け入れる企業側の雇用システムも異なります。職務内容に待遇などがひもづいており、そのポストに適した人材を探すジョブ型雇用であるため、研究人材の採用と活躍にも適しているといえます。
研究人材活用のカギは「健全な特別扱い」
日本企業における研究人材の活用の展望をどのようにお考えですか。
ポテンシャルは非常に大きいと思います。これまでは日本型雇用とのミスマッチがあったのですが、それが戦略人事に代表される改革で着実に変わりつつあります。採用だけでなく評価やポストの在り方も含めて、研究人材が活躍しやすい環境が整ってくるはずです。科学技術分野にとどまらず、例えば人事領域を専門的に研究してきた人やデータ分析ができる人材を雇用する例も増えてくるでしょう。今は想定していない形での研究人材の活用が広がるかもしれません。
人事が押さえておくべきポイントは何でしょうか。
一言で表すと「健全な特別扱い」をどのように認めていくか。日本型雇用では社内の従業員に対して統一的なキャリアマップを使ってきました。博士号取得者であっても、そのマップの中でどこに位置づけるか、という運用をしてきました。しかし、研究人材に本来の力を発揮してもらうには、マップそのものから変えなくてはいけません。人事制度上、難しくなるのはわかります。反発を生むこともあるでしょう。
ただし、すでに一部の企業はさまざまな取り組みを始めています。わかりやすいのは新卒採用の段階で処遇に差をつけていくやり方です。大企業でも広がってきました。富士通などが導入しているジョブ型雇用もよく知られています。タレントマネジメントや、年齢・属性を問わない昇進・昇格制度、抜てき人事なども特別扱いの一種でしょう。ただ、研究人材のマネジメントにはまだ十分な社会的ノウハウがあるわけではなく、これから人事同士で知見を交換しながら、解を探っていくことになると思います。
研究人材に活躍してもらうため、貴社ではどのような点に工夫していますか。

私の経営するビジネスリサーチラボでもJREC-IN Portalを利用することで、スムーズに採用することができています。採用時には「入社後も研究に触れることができる」点を強調しています。仕事をしながら研究にも関わり続ける環境であれば、職場としての魅力を感じてもらえるはずです。
もう一つは「その人の強みに着目する」こと。採用する立場からは、コミュニケーション能力や協調性もあった方がいい、自社への志望動機も明確であってほしいなど、あれもこれもと要求したくなります。しかし、専門性を発揮してくれれば良いと考えることも大切です。当社は社会科学系の採用が中心ですが、専門性を生かして活躍してもらうという意味では、他の領域にも通じるものがあると思っています。
JREC-IN Portalを使った採用では、どんな手応えがありましたか。
民間企業の求人も、大学や公的研究機関と差をつけずにフラットに扱ってもらえる点はとてもありがたいです。求人情報の掲載には審査が必要ですが、そのおかげで求職者も安心して情報収集できます。民間企業が直接、学会に求人情報を共有してほしいと働きかけても断られることが多いので、JREC-IN Portalの間口の広さを感じています。
研究人材の活用を考えている企業人事へのメッセージをいただけますか。
専門性を持った人材の採用にはダイレクトリクルーティングという選択肢もあります。求める専門性が明確ならば、広く募集をかけるのではなく、要件にマッチする人材に企業からアプローチした方が効率的です。このように研究人材を活用するため、すでに社内にあるノウハウが生きる場面もあるはずです。
高度な研究人材の獲得を支援「JREC-IN Portal」
◆概要と特長
JREC-IN Portalは、公的機関であるJSTが運営する求人情報提供サイトです。2001年、博士号取得者らの研究人材が就職できるポストを公開、透明化することを目的にスタートさせました。現在は年間約2万6000件の求人情報を掲載し、求職者の登録は約14万人にのぼります。また、求人側・求職側ともに無料で利用できるのも大きな特長です。
登録している求職者の58%が博士号(取得見込みを含む)を持ち、主にアカデミアに属しており、高い専門性を有しています。JREC-IN Portalに求人公募を掲載すれば、多くの研究人材が応募することが期待できます。また、求職者を検索し、スカウトメールを送信することもできます。JREC-IN Portalに掲載されている民間企業の求人で最も多いのは、ライフサイエンス分野で全体の59%を占めます。主に製薬企業等が博士・修士の新卒採用に活用しているようです。各製薬企業の採用担当が情報交換して、JREC-IN Portalなら無料で採用できることが広まってきました。次いで多いのは情報通信分野で24%。こちらもAIなどの専門知識を持っている人材を求める企業が増えていると思われます。これらの分野より求人数は少ないですが、環境分野やエネルギー分野が急増しています。
ライフサイエンス分野も情報通信分野も、求人が増えるにしたがってその分野の求職者の登録が増えてきました。また、人文・社会系は大学のポストが少ないこともあって、もともと企業への就職を視野に入れる人材が多いのが特徴です。人文・社会系研究人材の雇用を検討している企業にとっては、現時点でも採用しやすい環境があるといえます。
◆企業の利用状況
コロナ禍前の約600社から、現在は約800社が利用しており、利用企業は順調に増えています。また、人材紹介会社も専門性の高い人材を探すためにJREC-IN Portalを使っています。近年は、スカウトメールによるダイレクトリクルーティングが増えている傾向もあります。2023年にシステムリニューアルして、求職者が詳しいプロフィールを登録しやすくなったことで、スカウトメールの利用者は前年度比10倍程度になっています。
JREC-IN Portalに求人情報を掲載する際の審査は、労務条件に関してはハローワークと同一基準で、企業の安定性、労働条件、給与金額などを確認するものです。信頼性、セキュリティにも万全を期しており、ダイレクトリクルーティングが可能な自由度の高い仕組みも実装しています。ぜひご活用ください。
国の科学技術・イノベーション政策推進の中核的な役割を担う国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運営する研究人材のためのキャリア支援ポータルサイト「JREC-IN Portal(ジェイレックインポータル)」は、研究に関する職を希望する求職者の情報と、産学官の研究・教育に関する求人公募情報を掲載しています。求職者、求人機関双方がそれぞれのニーズに応じた内容を検索・閲覧することが可能であり、両者のマッチングを支援しています。自然科学や人文・社会学などの分野における研究人材の求職者と、大学・公的機関のみならず広く民間企業との架け橋として機能し、研究人材のキャリア形成に貢献していきます。

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