タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第4回】
本当は違う仕事をしたいとき、今の仕事とどう向きあい、何を準備すればいいの?
法政大学 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアン・ゼミ第4回です。質問ありがとうございます。質問をリストにまとめていますので、順番にお答えしていきますね。今回は、次の質問をとりあげてみたいと思います。
Q.家庭の事情などもあり転職は難しい、でも本当は違う仕事をしてみたいという場合、どういうモチベーションで仕事に取り組めばいいのでしょうか。どのような流動性をもって、自分を変化させ、前を向いていけばいいのでしょうか。
まず、プロティアン・キャリアでは、「外的な客観的評価」よりも、「個人の心理的成功」に重きをおいています。さらに、キャリアをビジネスキャリアのアウトプットだけではなく、ライフイベントとビジネスキャリアとの<関係性>の中で捉えていくことも大切にしています。
「本当は違う仕事をしてみたいけれど、家庭の事情があって難しい」
こういった悩みに直面する方も少なくないと思います。私も二人の娘を核家族・共働きで育てていますので、質問をしてくださった方の心境をリアルに感じ取ることができます。しかし、そんなときこそ、プロティアン。
家庭の事情はそれぞれに違います。それぞれが直面している境遇を、客観的に捉えてみましょう。私の場合は、これまでに14年間子育てをしてきました。次女の高校卒業までを子育て期として捉えているので、残り8年間は、この状態が続きます。できるだけ子育てを優先して、仕事を選択するようにします。人生100年時代のたった20年として位置付けることで、子育ての向き合い方ががらりと変わりました。
プロティアン・キャリアとして大切にしておきたいのが、下記の2点です。
(1)目の前の仕事を無駄にしない
違う職業に就きたいのに、家庭の事情でできない。だから、目の前の仕事を仕方なくこなす、という捉え方で仕事をしていると「心理的成功」は得られません。今の状況を俯瞰した上で、目の前の仕事をより良いものにしていく方法を見つけ出してみましょう。
(2)次のキャリア形成に向けて、準備をしておく
次のキャリア形成に向けての準備という視点では、「キャリア資本」という考え方があります。これまでのキャリア論は、「トランジション」にフォーカスをあてていた傾向があります。職場内での部署異動、昇進・昇格の垂直移動、転職などの物理的な移動などです。これからは、これまでの仕事でいかなる経験をして、いまの職場でどのような経験を蓄積しているのか。これからどのような経験を蓄積していくのかという「蓄積」で捉えるようにしてください。
キャリア形成時に蓄積されるのを「キャリア資本」と捉えます。キャリア資本は、(1)ビジネス資本、(2)社会関係資本、(3)経済資本の三つからなります。三つの資本の内訳は、次の通りです。
(1)ビジネス資本……スキル、語学、プログラミング、資格、学歴、職歴などの資本
(2)社会関係資本……職場、友人、地域などでの持続的なネットワークによる資本
(3)経済資本……金銭、資産、財産、株式、不動産などの経済的な資本
プロティアン・キャリアを、これら三つの資本の総体として捉えることができれば、社会や組織の変化にあわせて適応したことで、いかなる資本を形成することができたのか、よりクリアに理解することができるようになります。
また、プロティアン・キャリアで形成されるものを資本として捉えれば、環境に適応して変幻する行為や意思決定が一時的なものではなく、個人を軸とした長期的な資本であると客観視することができるようになります。
「プロティアン・キャリア」で形成する「社会関係資本(social capital)」と、リンダ・グラットン教授らが提起した「無形資産 (intangible asset)」はどちらも、経済的な価値に直接的には換算・還元されない継続的な行為になります。
ちなみに私は、「プロティアン・キャリア」の形成を通じて、ビジネス資本や社会関係資本を蓄積することで、経済資本も大いに変わってくると考えています。つまり再生産の範疇を超えた行動によって、資本蓄積に可能性を見いだしているのです。
次のようなシートを作成し、キャリア資本を「見える化」するワークもおすすめです。私も定期的に実施するようにしています。初期キャリア形成期、中期キャリア形成期の「区分」も、あなたの「キャリア年齢(career age)を書き込むようにしてください。つまり、初期キャリア形成期は、(22歳−30歳)というように、ビジネスパーソンに画一化したものではないのです。あなたにとっての働き方や働くステージでの「転機」でキャリア形成期の区分をもうけるようにしてください。
キャリア形成期 | 初期キャリア形成期 ( ) |
中期キャリア形成期 ( ) |
|
資本分類 | ビジネス資本 | ||
社会関係資本 | |||
経済資本 |
ここで次なるキャリア形成に向けたキャリア資本戦略を練っておくと、今の目の前の仕事への向き合い方も変わりますし、仕事以外の時間にどのような準備をしておくべきなのかも、みえてくるはずです。キャリア資本で捉えることのメリットは、キャリアを「蓄積と転換」で考えることができるようになるからです。
このように三つの資本を蓄積し、転換していくことが次なるキャリア形成につながるのです。質問にもあった「どのように変化していけばいいのか」については、次のように答えることができるでしょう。
組織があなたのキャリアを決めるのではありません。次なるキャリアステージに向けて、あなた自身がどのように変化していきたいのかを決めることが大切なのです。
これまでのキャリア資本を分析し、さらに、次なるキャリア形成に向けて不足しているキャリア資本を蓄積していくことが今、やるべきことだと言えるでしょう。
それでは、また次回お会いしましょう!
- 田中 研之輔
法政大学 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書23冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。社外取締役・社外顧問を14社歴任。最新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。