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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第63回】
人的資本経営2025 :「導入から浸透」への戦略的な取り組み

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

2025年、明けましておめでとうございます! 本年もプロティアン・ゼミで一緒に、キャリア・リスキリングしていきましょう。ちなみにキャリア・リスキリングとは、キャリアに関する基礎的な考え方から最先端の理論動向を習得しながら、それぞれのビジネスシーンで組織開発や人材戦略、事業構築など、新たな取り組みにチャレンジしていくことを意味しています。

今年もプロティアン・ゼミでは、読んでくださる方々のキャリア・リスキリングにとって必要な情報を毎月、お届けしていきます。2025年の初回はやはり、「人的資本経営」を取り上げていかなければなりませんね。

人的資本経営2024の到達点と課題

2024年は、人的資本経営の導入が進んだ一年だったと振り返ることができます。多くの企業が人的資本経営に取り組み始め、社員のエンゲージメントや離職率の低下といった点では、スコアの向上が確認できるほどの成果を上げてきました。HRテクノロジーの導入による人材データの可視化や、AIを活用した適材適所の実現に向けた取り組みの入り口までたどり着いた企業もありました。一方で、以下のような点が2025年の課題として積み残されています。

  1. 短期的視点の優先:ROIを重視するあまり、人的資本投資の長期的な価値が十分に評価されないケースが多い
  2. 現場レベルでの浸透不足:経営層やCHROが掲げるビジョンが社内全体に伝わらず、具体的な行動変革につながらない
  3. データ活用の限界:収集した人材データの戦略的活用が見いだせず、意思決定に結びつけられない

これらの課題を克服するため、2025年は人的資本経営を単なる経営手法としてではなく、企業文化や日常業務の一部として浸透させることが重要になります。人的資本経営とは、社員を単なるコストではなく資産として捉え、一人ひとりの価値を最大化することを目的とする戦略的なアプローチです。今回のプロティアン・ゼミでは、最先端のキャリア理論を取り入れつつ、導入から浸透までの戦略的な取り組みについて、一緒に考えていくことにしましょう。

人的資本経営の背景と重要性

グローバル競争の激化やデジタル化の進展に伴い、企業は社員の能力やスキルを最大限に活かす必要性に迫られています。特にコロナ禍以降、多様な働き方や社員のウェルビーイングが注目される中、人的資本への投資が企業の成長に直結するという認識が広がりました。

なかでも、2024年に「人材ポートフォリオの可視化とモニタリングプロセスの導入」に取り組んできた富士通株式会社では、女性幹部社員の比率が2022年に15%、2023年に16%、2025年に20%、2030年に30%となることを目指し、その実現に向けて着実な成果をあげています。また、オンデマンド型の研修受講者数は2021年に26,485人、2022年に36,764人、2023年には63,683人と、より顕著な変化と成果をあげています。

図説:DE&I・リスキリング

ここで、さらに重要な人的資本経営の情報開示についても取り上げておきます。パーパスや組織文化への共感、仕事への熱意を示す従業員エンゲージメントスコアは、2022年に69ポイント、2023年も69ポイントです。この現在地を確認しながら、2025年に75ポイントへの目標値達成に向けた取り組みがなされています。また、流動性の成果として把握することのできるポスティング応募人数は、2021年に7,217人、2022年に7902人、2023年は7,582人です。

ここで、人的資本経営を語る上で非常に重要な点を確認することができます。人的資本経営の情報開示は、「常に右肩上がり」でなくても問題ありません。社員一人ひとりの状態を適切に把握して現状を公開し、その状況からどのように戦略的に取り組んでいくかの方が重要なのです。

2025年、私たちはこのことを肝に銘じて、人的資本の情報開示に取り組んでいく必要があります。より的確な表現で述べるなら、人的資本の情報開示とは、「人的資本の状況把握」がより本質的な役割なのです。

キャリア理論の視点から見る人的資本経営

人的資本経営2025の全社員への浸透の鍵を握っているのは、プロティアン・キャリア理論の活用です。プロティアン・キャリア理論では、個人が自らキャリアを形成することを重視します。組織にキャリアを預けるのではなく、キャリアのオーナーとして、個人と組織のより良き関係性を創出していきます。企業は社員がそれぞれの価値観や目標に基づいてキャリアを設計できる柔軟な環境を整えることが重要です。

図説:プロティアン・キャリア理論の活用

【出典】一般社団法人 プロティアン・キャリア協会

プロティアン・キャリア理論は、ポータブルスキル、リテラシー、テクニカルスキルの持続的な習得の土台になります。e-ラーニングでのリスキリング環境を整えているが一部の社員しか実施していない、受講が継続しないといった問題が起きるのは、仕事へのスタンスが従来型の「組織内キャリア」型であるからなのです。目の前の業務に向き合っているのに、今は必要だと感じられない、それ以上のことはできない、と判断してしまうのです。

そうではなく、変化の激しい状況を乗り越えていくためには、一歩も二歩も先を進んで変化を読み解く必要があります。自らリスキリングしていくという仕事のスタンスを構築することで、行動が持続します。自律型キャリアが、持続的な行動のエンジンとなるのです。

HRテクノロジーとキャリア理論の統合

HRテクノロジーとキャリア理論の融合も、人的資本経営2025の重要なポイントです。すでに開発は進んでいます。私がプログラム開発に携わっている「キャリアワークアウト」は、プロティアン・キャリア理論をAIに搭載し、プロトタイプの開発工程を終え、2025年には正式にローンチしていきます。プロティアンAIやデータ分析を活用することで、社員のキャリア形成をよりパーソナライズされた形で支援できます。

キャリア開発診断で状況を把握し、プロティアンAIで社員の過去の経験や現在のパフォーマンスを分析することで、次に取るべきキャリアステップや必要なスキルを伴走型で提案できます。こうしたHRテクノロジーの日常的な運用とキャリアコンサルタントやキャリアアドバイザーによる1on1フィードバックにより、人的資本経営を自分ごと化できていない社員の方々にも、当事者意識を持ってもらえるようになるでしょう。リアルタイムでのキャリア・フィードバックが可能になることで、社員はキャリアに悩む状態からキャリアを考える創造的なフェーズへとトランジションし、自身の成長を即座に確認しながら、自己効力感を高め、キャリアオーナーシップ行動を持続させることが可能となるのです。

さらに、人的資本経営を全社員に浸透させるためには、組織文化の変革が不可欠です。社員が自己成長を実感し、企業のビジョンに共感できる環境を整えることが重要です。

人的資本経営2025の展望

2025年は人的資本経営のさらなる進化が期待されます。これまで述べてきたように、「人的資本経営の導入」から「人的資本経営の浸透」へとフェーズが変わり、それぞれの組織状態と社員のキャリアコンディションに基づき、戦略的に取り組んで成果につなげることが進化となります。例えばポスティングなどでも、AIを活用して社員の潜在能力を分析し、新たなキャリアパスの可能性を提示すことが可能です。HRテクノロジーを用いた革新的な手法が、社員のモチベーションを高め、企業全体の競争力を向上させる可能性を秘めています。

また、「地域版人的資本経営」も発展していくことでしょう。地域の中小企業が連携して人材プールを形成し、AIを活用して地域内での最適な人材配置を実現する。これにより、地方創生と人的資本経営の融合も視野に入ってきます。

人的資本経営とキャリア理論の接続は、企業と社員の双方に大きな価値をもたらします。これまでそれぞれの分野で取り組まれてきた地道な実践が、最先端のテクノロジーとキャリア知見との連動により、総合的かつパーソナライズに対応した「人的資本キャリアドック」とも呼べるものへと発展していくことでしょう。今年も私は机上からではなく、企業の現場で共に切磋琢磨し、そこから紡ぎ出される個別具体的なソリューションを、最先端のキャリア知見にマージさせていく役割を担っていきます。

それでは、2025年、どこかの現場で皆さまとお会いできるのを楽しみにしています!

田中 研之輔氏
田中 研之輔氏
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル 経営

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