意欲あるかぎり働き続けられる職場へ
ベテランを戦力化する高島屋の「再雇用制度」とは
株式会社高島屋 人事部 人事政策担当次長
中川 荘一郎さん
「この道ひと筋」から幅広い経験をもつ新しいベテランへ
経営環境の厳しさは当然、社員にも伝わるわけですから、当時の社内には少なからず「自分たちの今後はどうなるのか」といった不安があったでしょうね。
そうだと思います。会社としては、企業の存続を第一に目指さなければいけないと同時に、そうした社員の不安にもきちんと答えていかなければなりません。だからこそ会社側が決めて、上から社員に施策を押し付けるやり方ではなく、先ほど触れたように、「総合福祉政策委員会」という忌憚のない議論のテーブルを労使で立ち上げたんです。以後、制度改正のたびに案を創る段階から組合に入ってもらいました。労使の協働で最善策を導き出していくのが、弊社の特徴といえるかもしれません。
福祉関連全般をゼロベースから見直し、「退職後の生活」「介護」「健康」に重点が置かれたということは、一方で削減された部分もあったわけですか。
もちろん社員にとっていいことばかりではありません。たとえばいくつかの手当や慰労金の類は、見直しを経て廃止になりました。たとえば昔、弊社には「時間差慰労金」という制度があり、私も食料品売り場にいた頃、その恩恵を受けていたんです。食料品の売り場は、他の売り場よりも閉店時間が遅いでしょう。その分、月何万円か慰労金がついたのですが、いまはありません。結果的に、一部の社員にとっての利益を削ってでも、社員全体の「退職後の生活」の不安を払しょくするために再雇用制度の導入を進めたことになります。
そもそも御社にとって、あるいは百貨店という業態にとってベテラン人材を活用する意義とは何でしょうか。経験の豊かさ、それに伴う技術の熟練といった価値をどのようにとらえていらっしゃいますか。
ベテランとは何か、ベテランをどう定義するか、弊社でもじつは議論が尽きません。仕事を通じて実体験を積まないと身につかない、研修などで教えようと思っても教えられない、そうしたベテランならではのスキルや暗黙知というものがあるのは確かで、企業にとっても大変重要な財産だと認識しています。メーンの業務である販売では、特にそうした技能の有無が成果を左右します。私にも経験がありますが、「売る」という仕事は、入りやすいといえば入りやすい。しかし簡単に見えて、とても奥が深いんです。お客様に対する的確なアプローチの仕方やタイミング、商品への造詣に裏付けられた効果的なコンサルティング、そしてそれを購買にどう結び付けていくか。経験が求められます。
百貨店ならではの、売りの現場に息づく一種の“職人気質”ですね。
昔はそうした技能を持つ、「この売り場ひと筋」といった人材が多くいましたが、平成に入ってからは、弊社でもいろいろな職場を経験させた上で、適性を見て配置するという方針に転換したため、ひと筋タイプのベテランは少なくなりました。たとえば婦人服というジャンルでキャリアアップを目指そうと思ったら、売り場での販売業務だけでなく、販売計画や商品開発、仕入れといった関連業務の経験もないと、部門全体をマネジメントしていくことは難しくなっています。この道ひと筋というより、さまざまな経験を幅広く積み重ねた上での「熟練」というものが、今後求められる新しいベテラン像なのかもしれません。
50歳代の働き方や仕事内容で60歳以降の処遇が決定
では、再雇用制度の具体的なしくみについてお聞かせください。
高島屋の再雇用制度は、60歳以降の再雇用についてだけ制度化するのではなく、50歳の段階から65歳までを見据えて、ベテラン社員をサポートするしくみとして位置づけられています。「ゴールデンエイジプラン」として2001年に導入した当初の制度では、5つのコースを設けて再雇用していました(図1)。概要は次のとおりです。「スーパーセールスコース」とは、販売の“エース”として際立った成果を上げられる社員のためのコース。「技術・技能キャリアコース」は、たとえば紳士服の仕立てや修理を専門に扱うような、手に職のある社員のコース。「専門嘱託員コース」は、法務や財務などの高度な専門知識を持つ社員を対象に、会社側から残ってほしいと依願して任用するコースです。対象のグループ会社でそのまま再雇用されるのが「グループ内再就職支援コース」。それ以外の、再雇用者の九割以上が該当したのが「ワークシェアコース」でした。
再雇用のコースはどのようにして決まったのですか。
この時点では、50歳から60歳までの働き方や就いていた仕事の内容によって、再雇用のコースが決まるしくみでした。したがって60歳を迎えてから、それ以降の身の振り方を考えたのでは遅いわけですね。たとえば「技術・技能キャリアコース」で再雇用されたいと思っても、手に職がなければできません。ですから50歳以降の段階で申告し、就きたい仕事を何年以上か経験して、必要な技術を修得してもらう。60歳になってそのコースを選べるように、前もって準備できる“助走路”を用意したわけです。
06年、09年と二回、制度改正が行われました。そのねらいは?
06年には高年者雇用安定法の改正もあり、それまで正社員だけを対象にしていた制度の適用範囲をパートなど有期契約の方々にまで広げて、パート社員はそのままパートという元の働き方で再雇用しました。同時に、当初の制度で九割以上が該当した「ワークシェアコース」の区分を、有期社員も含めて、より経験が活かせる「キャリアコース」と企業運営をサポートする立場の「サポートコース」とに分けることにしました(図2)。従来のワークシェアコースではいろいろな仕事に就いてもらいながら、給料が一律に同額だったため、再雇用者のモチベーションや配置の面で必ずしもうまく回っていなかったのです。
そうした課題を踏まえ、仕事の内容でコースを分けて、処遇に差をつけたわけですね。
そうです。さらに09年の改正では、コース設定のベースを仕事の内容や難易度から、働き方へとシフトしました。06年の改正から09年の改正までの間にリーマン・ショックが起き、会社の業績も低迷するなかで、いかに雇用を維持するかという問題が再浮上してきたのです。世間では希望退職を行う企業が続出し、中高年に激しい逆風が吹いていました。しかし弊社では、一人でも多くベテラン人材の雇用が守られるように、再雇用制度のコース分けをワークシェアリングの要素を強めた形に再編し、今日に至っています。要はフルタイムか、短時間勤務か――前者を「キャリアコース」、後者を「シェアードコース」と整理し、基本的にはこのシェアードコースをメーンのコースとして運用しています(図2)。同じフルタイムの働き方のキャリアコースの中でも、より高い役割を担う社員がマスターコース、それ以外はレギュラーコースと細分化されています。