意欲あるかぎり働き続けられる職場へ
ベテランを戦力化する高島屋の「再雇用制度」とは
株式会社高島屋 人事部 人事政策担当次長
中川 荘一郎さん
年金の支給開始年齢の引き上げに伴い、65歳までの雇用義務化を巡る議論が高まっています。すでに厚生労働省は、 2025年に全面導入(希望者全員を再雇用)する方針を発表しました。企業には人件費負担の増大を懸念する声も根強くありますが、労働力不足への対応とい う観点からすれば、高齢者の雇用促進はもはや避けて通れない喫緊の課題といえるでしょう。ベテランの暗黙知や熟練の技能を、人件費コストに見合う以上の “戦力”として活かすにはどうしたらいいのか――。いちはやく65歳までの再雇用制度を導入した高島屋では、社員が定年後も高いモチベーションをもって働 き続けられる環境を積極的に整備・拡充しています。同社人事部の中川荘一郎人事政策担当次長に、制度設計のポイントやベテランを活用する“秘訣”について うかがいました。
- 中川 荘一郎さん
- 人事部 人事政策担当次長
(なかがわ・そういちろう)●1991年株式会社髙島屋に入社。大宮店営業第4部(食料品)に配属後、総務部にて経理、人事、総務を担当。2000年3月百貨店事業本部関東事業部企画室にて店舗政策等を担当。2003年3月より現職。全社の人事政策(各種人事制度、要員採用計画、ワーク・ライフ・バランス等)の立案・推進を行う。社外においても「女性の活用」「パートの活用」「ワーク・ライフ・バランス」等のセミナー・フォーラムでの講演や寄稿を行う。
導入の背景は退職後の生活の不安と世代交代
まず中川さんご自身のキャリア、百貨店業界で仕事をしようと思ったきっかけなどについてお聞かせくださいますか。
入社して21年、人事としてはこの春でちょうど10年目になります。人事部へ来る前は3年間関東事業部の企画室で店舗政策等を担当していましたが、その前も店舗の総務として人事業務に3年ほど携わりましたので人事の経験としては13年目となります。もともと販売がやりたくて入社したんです。学生時代のアルバイトも接客でしたしね。就職は人と接する仕事ということで流通を志望し、それならやっぱり百貨店だろうと。根っから、人と接するのが好きなんだと思います。
たしかに百貨店の売り場というコンタクトポイントには、“人対人”が直接触れあうサービスの醍醐味が凝縮されていますね。
それだけに売る側も“人”の質や力量が問われます。お客様に選ばれ、信頼され、満足していただくために個々の人材が担う役割は、他業種以上に大きく、重要だといえるでしょう。われわれ高島屋グループの経営理念は、「いつも、人から。」です。ちょうど私が入社した年に策定されたのですが、以来、人事面のあらゆる施策はこの理念を具現化するために立案・推進されてきました。企業活動のベースはあくまでも“人”。人材への投資こそがすべての利益の源泉であるという考え方に則ってさまざまな取り組みを行い、現在、その一環として高齢者活用にも注力しているところです。
御社で、高齢者戦力化の取り組みとして、再雇用制度をスタートさせたのは2001年。中川さんも、導入時のプロジェクトには参加されたのですか。
いえ、直接には関わっていません。社内で再雇用制度に関する検討が始まったのは導入の3年前からで、私が本社人事部に配属される以前のことでした。ご存知のとおり、百貨店業界は昨年まで15年連続で売上が減少するなど厳しい逆風に晒され続けています。そうした環境にあって、総従業員数1万人余り(有期契約を含む)という弊社の雇用規模は業界内で比較的大きいほうです。経営環境が悪化しても、人にはむやみに手をつけない、つけるつもりがない。「いつも、人から。」の弊社にとって雇用を守り、社員の生活の安定を図るのは経営の大前提だからです。
御社が他社に先がけて再雇用制度の導入を検討されていた頃(1990年代末)も、経済状況は非常に厳しかったはずですが、にもかかわらず、こうした取り組みに目を向けられた背景にはどういう判断があったのでしょうか。
おっしゃるとおり、当時はバブル崩壊以降の景気後退が深刻化していました。業績も株価が低迷し、健康保険や企業年金などの財政悪化が進んでいたのです。そこで弊社では、福祉関連の施策・制度をすべてゼロベースから見直そうということになり、98年に労使で「総合福祉政策委員会」を立ち上げました。委員会での主な論点は「退職後の生活」「介護」「健康」の三つ。この頃、世の中では介護保険の議論が始まり、また公的年金の受給開始年齢が引き上げられるという大きな動きもありました。そうしたなか、従業員の「退職後の生活」に安定感、安心感をどう持たせるかという観点から、年金受給開始年齢引き上げに対応する働く場の確保として、再雇用制度を俎上に載せたわけです。
そしてもうひとつの要因が世代交代でした。当時の従業員の年齢構成では45歳以上の男性が全体の半分程度を占めており、彼らが相次いで定年退職すると、円滑な世代交代に支障をきたすのは明らかだったからです。ノウハウやスキルの伝承を促すためにもベテランに残ってもらおうと。制度導入は社員のためだけでなく、会社のためにも必要な決断でした。